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 ラジオ「PLATOn」出演記

【ラジオ番組「PLATOn」に出演】
 2008年6月23日(月)、FMラジオJ−WAVEの番組「PLATOn」に出演しました。
 番組名「PLATOn」は哲学者のプラトンから名付けられたようです。「哲学しよう」を合い言葉に、毎回決められたテーマにしたがって、ゲストと語り合うという趣向の番組。ナビゲーターはアンジャッシュの渡部建さんです。

   (記念写真はこちら → 「PLATOn2008年6月23日」
 と書きましたが、申し訳ないことに私はこの番組出演の依頼をもらうまで、この番組を聞いたことがありませんでした。ただ、この番組を聴いていないというよりも、ここ数年あまりラジオというもの自体を聞いていませんでした。しかし、若い頃はかなりのラジオファンだったのです。

(J-WAVEスタジオは六本木ヒルズの33階)  

【私のラジオ聴取歴】
 ラジオを聞くようになったのは、他の多くの方と同じように受験生時代です。高校3年生で部活を引退するまでは、ラジオを聞く余裕などなかったのですが、部活を引退してからは深夜ラジオを聞きながら、宿題をしたり受験勉強をするようになりました。
 ちなみに、その頃デビューしたのが中島みゆきでした。彼女の曲の中ではあまり有名とは言えない「アザミ嬢のララバイ」という曲がラジオから聞こえてきたときの衝撃は今でも忘れられません。私はその後彼女をスターにした「時代」のようなコンテスト向きの曲よりも、「アザミ嬢のララバイ」のようなとことん暗い曲がその頃は好きでした。ですから、中島みゆきのデビューが何年のことかは、いつまで経ってもけっして忘れることがありません。
 また、その頃よく聞いていたのが「コッキーポップ」というヤマハ系の深夜音楽番組でした。大石吾郎の司会で、テレビにあまり出ない若手の曲をよくかけていて、私は、谷山浩子・NSP・麻里絵・因幡晃・柴田まゆみ・ベルといった人たちが好きだったように記憶しています。
 また、その頃私は仙台(宮城県)に住んでいたので、ローカル放送もときどき聞いていて、特に日曜深夜0時から放送される「AMO」(エーエムオーと読む)をよく聞きました。ローカル放送なので、クラスメートの葉書が読まれたりといった身近なこともこの番組ではよくありました。
 大学生になってからはあまりラジオを聞かなくなりましたが、大学院に進んでからはまた深夜放送「オールナイト・ニッポン」を聞くようになりました。今の若い人は知らないでしょうけど、月曜日から土曜日まで毎深夜午前1〜3時の第1部と午前3〜5時の第2部があり、すべて別の人がDJを担当していました。
 私がよく聞いたのは月曜深夜第1部の中島みゆきと、木曜深夜第1部のビートたけし(北野武)でした。中島みゆきの曲が好きだった私は、その曲と語りのあまりのギャップに戸惑いながらも、その豪放磊落な彼女の語りを楽しんでいました。また、リスナーに1対1で語りかける形のDJがまだ多かった時代に、放送作家(高田文夫)や弟子たちと大騒ぎしながらラジオのDJをするビートたけし方式の番組も、笑いネタ満載で喜んで聞いていたのを覚えています。
 そんな私なのですが、そのうち次第にラジオそのものを聞かなくなっていきました。それが今回ラジオ出演の依頼をされたことで、またあらためて「ラジオも面白いじゃないか」と思うようになってきました。

【構成作家さんの重要性】
 さて、今回のラジオ出演。いくら若い頃からラジオが好きだったと言っても、出演する方になるとは思っていなかったので、いろいろと新しい体験をさせてもらいました。
 まずは事前の打ち合わせ。番組に構成作家さんが必要なことはわかっていましたが、自分がかかわってみてその重要さがよくわかりました。今回の構成担当者は放送作家・小山薫堂氏率いる「N35」の塩村航さんという方。塩村さんは、番組より数日前に中央大学まで来てくれて、当日テーマの「村上春樹」に関して私と詳しい打ち合わせをしてくれました。その際には番組コーナーのそれぞれの基本テーマを候補として持った上で、私の話をいろいろと聞いてくれました。そして今度はそれを大まかな構成台本にして、翌日にはメールで私に送ってきてくれました。
 もちろんトークは生放送で生きているものですから、必ずしも台本通りにはなりません。しかし、およその構成がわかっているおかげで、当日スタジオに入る前には基本的な内容が頭に入っており、ラジオ初出演の私もスムーズに番組に入ることができました。
 また構成担当の塩村さんは、事前の打ち合わせや台本作成で終わりではなく、放送中も収録スタジオの中にいていろいろな指示を出してくれます。特に司会の渡部さんは話の内容だけでなく、時間のことや曲のことなどあれこれ考えなければいけないので、構成担当の方に一緒にいてもらえるのはおそらくたいへん心強いことだろうと思いながら見ていました。

【ディレクターさんたちの心遣い】
 ところで、番組に出演する私には大きな心配ごとがありました。それは、番組放送を六本木ヒルズのかなり上の方の階でおこなっているということでした。というのも私は
高所恐怖症!事前にディレクターさんに、「収録はまさか窓際じゃないですよね?」とメールで尋ねたところ、「窓際です。すみません」という返事があり、実はちょっとびびっていました。
 ところが、当日スタジオに入ってみると、私が入る前に既に窓にはブラインドが下ろされており、そこが何階なのかよくわからないようにしておいてくれていました。おかげで、六本木ヒルズの上の方だということを忘れるくらい、話に専念することができました。
 もっとも、J−WAVEの収録スタジオというのは見晴らしがいいことで有名なのだそうで、そんな見晴らしのよい景色をちらりとも見なかったのは本当はもったいないことをしたのかもしれません。それでも、どこへ行っても(エッフェル塔でも、ロンドンBAアイでも、フィレンツェの鐘楼でも)、上に昇らずに下で待っていた私にとっては、景色よりも安心して放送に参加できたことが何よりありがたいことでした。

【いよいよ生放送開始】
 番組「PLATOn」は22時ちょうどから23時45分までの生放送。開始30分ほど前からディレクターさん、構成作家さん、ナビゲーターの渡部さん、もう一人のゲストのYO−KINGさん(真心ブラザース)と打ち合わせ。そして、いよいよ生放送開始です。
 放送中はラジオで流れた通りなのですが、曲がかかっている間やCMの間ってどうしているんだろうなあと、昔からラジオを聞きながら思っていました。今回の場合は、打ち合わせをするというよりも、けっこう3人で気軽に雑談をしていることが多かったように思います。
 YO−KINGさんは音楽畑の方なので、私に「どんな音楽を聴くんですか?」とか話しかけてくれましたし、私の方からも「YO−KINGさんが影響を受けた人は誰ですか?」とか尋ねました。そうしたら、YO−KINGさんが影響を受けたのが吉田拓郎というシンガー・ソングライターで、私が中学生頃のスーパースター。私も仙台へ来た吉田拓郎のコンサートに行ったことがあり、そんな話を放送の合間にしていました。
 また、アンジャッシュの渡部さんは中央大学がある八王子市の育ち。高校生の頃は中央大学の図書館に勉強しに来ていたという話を合間にしてくれました。年齢を計算してみると、渡部さんが中央大学の図書館で勉強していた高校生の頃というのは、私が中央大学に赴任した頃くらいです。とすると、図書館でよくすれちがっていたのかもしれません。
 ちなみに、今の中央大学図書館はカード式になっていて、外部の人は入れません。しかし、私が赴任した頃はのどかな時代で、中央大学関係者でない人も図書館で勉強していたのでした(中央大学には司法試験などの資格試験受験者が多いので、勉強に集中できる環境は以前からありました。関係者以外は本を借りられませんが、勉強するのは誰でも自由にできた時代だったのです)。
 それから途中にニュースの時間があるのですが、これを読んでくれるのがフリーアナウンサーの戸丸彰子さん(→ 「戸丸さんのブログ」 )。戸丸さんとも曲の合間に少し小説の話をしたところ、戸丸さんは江國香織がお好きだとのことでした。家に帰ってからネットで見てみたら、戸丸さんはなんと女子大の国文学科の卒業! それなら文学に詳しいわけです。またミュージカル・演劇ファンとのことで、『オペラ座の怪人』を10回は見たとか。私もそれには負けますが、国内でもロンドンでも見て、音楽CDも映画DVDも持ってる『オペラ座の怪人』ファンですので、下調べをしていけばよかったと思いました。
 放送の合間にはそんな世間話や思い出話をしていたのですが、ディレクターさんから「あと20秒です」といった声がかかると、渡部さんの表情がさっと真剣なものに変わり、CM明けや曲明けのコメントに集中するのがわかりました。そんな姿を正面で見られたのも、ラジオの放送側に座れたからこそ。聴いている側では知ることのできないことをたくさん知ることができた気がしました。

【放送が終わってから】
 そういった感じで放送が過ぎていき、放送終了。渡部さん、YO−KINGさんだけではなく、ディレクターさんや構成の塩沢さんも含めていろいろ気遣いをしてもらい、私はたいへん楽しく話をすることができました。なんだか終わるのが残念なくらいでした。
 終わってからYO−KINGさんからは、真心ブラザースの新しいCD『LOVE ME LIVE』をプレゼントしていただき、こちらも感激でした(私もなんか持っていけばよかった。「中大まんじゅう」とか……)。また、放送が終わって携帯を見ると家族や知人からのメールも入っていましたし、翌日の大学では、学生や院生からも「聴きましたよ」といった声をかけられました。短時間で自分が研究していることを手短に話さなければいけない難しさを痛感し、もっと簡潔に話す訓練が必要だということは感じましたが、総じてこれまでできない体験をした楽しいラジオ出演でした。
 もう何年もラジオを聴いていませんでしたが、若い頃を思い出して、これからちょっとラジオを定期的に聴いてみようかという気にさせてくれた今回の「PLATOn」出演でした。

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