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居丈高な仮想論難者と戸惑うソクラテス(1/3)

─『大ヒッピアス』篇の一解釈─

『紀要』第42号(1999年、中央大学哲学科)
土橋 茂樹

0 序
 一連の美の定義の試みと失敗を描き、真贋問題および著作年代画定の問題に曝され続けたこの対話篇『大ヒッピアス』(註1)を本稿が考察する直接の動機は、実は、そうした美の定義問題や真贋問題を解明し、さらにはプラトン哲学の発展を跡付けるという本対話篇が孕む主要問題の正面突破にあったわけではない。それは、本対話篇の主題となるであろうアーギュメント全体から見れば、むしろ付け足しのようにみえる、また現にそうみなされて多くの解釈者に行き掛り上のコメントしか付されてこなかった、以下に挙げる二つの問題に根ざしている。

0・1
 美に関する対話が始まる以前の、一見、不必要に長過ぎるようにみえる導入部(序幕的対話部分)では、いったい何が準備されていたのだろうか(註2)。全体の五分の一を占めるその導入部が、本対話篇全体の構成にほとんど寄与するところのない冗漫な箇所であるとするならば、それはたとえプラトンの真作であるとしても、既に失敗作の誹りを免れないであろう(註3)。

0・2
 また、その導入部の直後すぐにソクラテス自身によって仮想された論難者の登場の場面は、我々読者に強い印象を残す。とても居丈高に傲慢な調子でソクラテスを問い詰める仮想論難者、その前でアポリアに陥り、何一つ答える術もなくただ戸惑うソクラテス。この鮮やかな対比は何を意味しているのか。仮想論難者という仕掛けは本対話篇の中で一体どんな役割を担っているのか。本対話篇の結構を形作るヒッピアス・ソクラテス・仮想論難者の三つ組みのもつ意味あいが解き明かされない限り、やはり本対話篇の本当の理解は得られないであろう。
 したがって本稿では、この二つの問題をまず1と2で考察した上で、そこで得られた見通しに基づいて、3において『大ヒッピアス』における美の探究の意味を検討していくことにする。

1 導入部(281a1-286c3)の解釈
1・1
 本対話篇は、久し振りにアテナイを訪れたヒッピアスを迎えたソクラテスに対して、その無沙汰の言い訳として、自国エーリスで他のポリス、とりわけラケダイモーン(スパルタ)との外交折衝の使節として多忙をきわめている、と語るヒッピアスの公的な事柄(外交使節としての)に関わる有能さへの自負・自慢から始まる。ところが、それを受けたソクラテスは、ヒッピアスが外交的な業務の有能さとして語っているものを、私的な場面での有能さと公的な場面での有能さというように、すなわち、私的には(idiai)若者から金銭を受け取り、その報酬以上の利益を相手にもたらすのに有能であるが、公的には(demosiai)多くの人々のなかで、軽蔑されることなく、評判を得ようとするものが(彼らに対して)当然そうするように、自分のポリスに恩恵を施すことにおいて有能である(281b6-c3)、という仕方で公私二分する。その上で、七賢人を含む古の知者たちを、実際、通常の意味での公事にかかわっていたと思われる者たちをも含めて、つまりそれが事実に反するにもかかわらず、「明らかに公的政治活動を遠ざけた」(281c7-8)者たちとみなし、その原因をヒッピアスに問う。公事・私事の両面にわたって彼らの思慮が及ばなかったからだ(281c9-d2)、とすっかりいい気になったヒッピアスは答える。
 ここで既にソクラテスの仕掛けが始まっている。ヒッピアスは、ごく普通の意味で、つまり外交的・政治的意味あいで、自身の公事・公的活動を語り出すのに対して、ソクラテスはヒッピアス言うところの公事・公的活動を、金銭取得(私的場面)と大衆への評判とり(公的場面)とが合体したものと察し、それと等値してしまう。したがって古の知者たちは、その意味での、つまり金銭取得と大衆迎合の合体したものとしての限りでの、ヒッピアス言うところの公的(=公私合体的)活動を遠ざけたことになる。つまり、ここでのソクラテスの狙いは、彼ら古人が公的政治活動に携わらなかったという事実に反する主張をヒッピアスに認めさせることによって彼の自惚れぶりを馬鹿にすることにある(註4)というよりは、むしろ彼らの活動をヒッピアスの基準(金銭取得+大衆迎合)に照らす限り、正当には評価できない、つまり古の知者の活動を評価するにはヒッピアスのとは別様の基準が必要となるだろうという、ただそのことの示唆にあったのではないかと思われる。もちろん、自らの優位を信じて疑わぬヒッピアスに、この仕掛けは見えていない。この仕掛けはさらに続く箇所で補強される。
 ソクラテスは、諸技術の進歩と類比させて、ソフィスト術も進歩し、ヒッピアスたち現在の知者に比べたら昔の知者は劣るのではないか(281d3-7)、とさらにヒッピアスの増長を促しながら、同意を得る。しかし、同意が得られるや否や、ソクラテスはまたもや、この技術の進歩を、公的、私的両面の進歩(282b3-4)と捉えなおす。公的には、使節としてやってきて公事をもっともすぐれてなし、また民会や評議会で評判をとるという点で、私的には自らの知の演示(epideixeis)を行ない、若者と交わり多額な金銭を取得するという点で(282b4-c6)、ヒッピアスら現在の知者(ソフィスト)の術は進歩した、というのである。対して、古の知者は誰ひとり、金銭を報酬として要求することも、雑多な人々の中で自らの知恵の演示を行なうことも、認めなかった(282c6-d1)、そうソクラテスは言う。ここでも金銭取得と大衆への評判とりという対が強調される。ソクラテスはこれらを一応、私的、公的とわけてはいるが、もちろんその両者を厳密に区別しているわけではない。その証拠に、282b7-8及びc4-5では私的なものとして語られていた「自らの知の演示」が、282c7-d1では「雑多な人々の中での自らの知の演示」というかたちで公的なものとして語られている。金銭の授受契約を結んだ特定の若者への知の演示は私的、不特定の多数者の中での知の演示は公的、という区分なのだろう。
 このことの真意は、大衆への評判とりとその見返りとしての金銭取得とが渾然一体となったものをなし崩し的に「連続した全体」(cf. 301b2-3,6-7)として把握しているヒッピアスの立場を、「自らの知の演示」という同一なものを、各人へは「私的=個別的に(idiai)」、雑多な人々には「公的=共通に(koinei)」、という形で(cf. 300a10-b1)「切り分けていく」(301b5)ことによって批判吟味していこうとするソクラテスの戦略(後に美の最終=第七定義の批判吟味において採られるのと同じ戦略)の予示にあったと私には思われる(註5)。したがって、古の知者がこの対のどちらも認めなかった、ということの意味を、ヒッピアスにとってのこのような公私混合的な(なし崩し的連続説の)場面とは異なる、もう一つの何らか公共的な(評価の基準が何らかの仕方で各人に共有されているという意味で公共的な)場面が存するということの示唆とみることも、以上のようなソクラテスの意図的かつ執拗な対比を顧みると、あながちあり得ないこととは思われない。
 いずれにせよ、本対話篇はヒッピアスにとっての公私混合的な場面とソクラテスにとっての公共的な場面とが、微細なズレという以上の何か決定的な異なりを示唆しているかのようにして始まるのである。
 
1・2
 法(nomos)はポリスに有害なものか有益なものか、とソクラテスに問われ、ヒッピアスは「法は有益であるべく制定されるが、もし、悪しく制定されるならば害になる場合もある」(284d2-3)と答える。法には良法もあれば悪法もある、というこのごく常識的なヒッピアスの考え方に対して、ソクラテスが示唆する法習観はきわめてラディカルなものである。法制定者は、法をポリスにとって最大の善なるものとして制定する(284d4)。つまり、その善なるものなしには、法に適う統治は不可能である。

「だから、法を制定しようとする者が、善を捉え損なうとき、法に適うことも、法自体も捉え損なっているのだ。」(284d6-7)

〈ある何かが善なるものでないならば、それは法ではない〉、この対偶をとれば〈ある何かが法であるならば、それは善なるものである〉となる。つまり、法が法である限り、決して悪法は存在しない、という極めて強い主張をヒッピアスに同意させようとしているのである。しかし、そのようなことを知る由もないヒッピアスの答えは、両者の考え方の相違を際だたせるものといえる。すなわち、

「厳密な論に従えばそうなる。しかし、人々にはそういう言葉遣いをする習慣はない。」(284e1-2)

ヒッピアスは、ここで一種の二元論的な立場を採っている。厳密な論による真実の場面での法と、多数者・大衆にとっての法、ソクラテスの二分法(284e3)を用いるならば、真実を知っている人にとっての法と知らない人にとっての法。しかし、彼にとっての「真実を知っている人」とソクラテスにとっての「真実を知っている人」とは異なる。つまり、知られている真実が何を意味しているか、が異なるのである。ソクラテスの場合は、先ほどの「法であれば、必ず善い」というラディカルな真実であるのに対して、ヒッピアスの場合は、ソクラテスの巧妙な仕掛けによって次のように明らかにされる。
 ソクラテスはヒッピアスにまず次の点を認めさせる。

「知っている人は、より無益なものよりも、より有益なものを、〈すべての人にとって〉、〈真実に〉、より法に適ったものとみなす。」(284e5-7)

これに対し、ヒッピアスは、自らの二元論の一方、つまり真実の場合ならそうだ、と条件付きで同意する(284e7-8)。しかし、次にソクラテスは、ヒッピアスが了解していると思い込んでいる「すべての人にとって」「真実に」という限定句をヒッピアスが実はどのような意味で解しているか、その実相を明らかにする。

「もし、ヒッピアスによって〈真実に〉ずっと多くの益がラケダイモーン人の子息にもたらされるならば、〈その当の子息たちにとって〉は、ヒッピアスに  よって教育されることはより法に適ったことであり、彼らの父親によって教育されることはより法に適わぬことである。」(285a4-7)

すなわち、ここで「真実に」とは「実際に益を彼らにもたらすならば」を意味し、「すべての人にとって」とは「その利益を享受する限りでのすべての人にとって(つまりラケダイモーン人の子息たちにとって)」を意味している。とすれば、ヒッピアスにとっての「知っている人」が知っている真実とは、〈当該の事柄が自分に真に(実際に)有益である〉ということであり、〈そうした真に益を受ける者たちすべてにとって、その事柄は法に適ったものである〉ということになる。自分の息子が外国人による教育を受けることが真に有益かどうかわからない父親たちは、その限りで「知らない者」であり、そうであるがゆえに従来の(外国人からの教育を禁ずる)習わしに従って自分たちが教育するほうがより有益であり、したがって法習にも適っていると考えるだろう。つまり、ヒッピアスの教育が仮に実効あるものだと仮定すれば、その教育の益を享受する子息たちにとってヒッピアスの教育は父親の教育より有益であり、それがためにより適法であるのに対して、父親たちにとっては自分たちの教育のほうがヒッピアスのよりも有益であり、それがために適法でもある。ここにヒッピアスの二元論的態度が見事に具現化されている。ヒッピアスは、ラケダイモーン人の父親たちに真実を説得しようなどとは微塵も思わない。それどころか父親たちの(実は誤っている)適法性を、悪法といえども法、郷に入らば郷に従え、といわんばかりに尊重しさえする。「それは彼らの法ではないのだよ」(284c5, 9)としたり顔で諭すヒッピアスにとって、ラケダイモーンという土地は、私的な場面での金もうけさえ我慢すれば、もう一方の公的場面での評判とりは自由に行える土地なのである。「彼らは自分の話を喜んで聞き、賞賛してくれる」(284c8)と得意げに話すヒッピアスに、ソクラテスのラディカルな法意識は理解できない。そもそも、ソクラテスが示唆する主張においては、法である限り、善であり、有益なものであるのだから、すべての人にとって有益であることは、すべての人にとって法に適っているのである。対してヒッピアス的二元論的構図にあっては、法をそれ自体として善であるか否かと問う姿勢が皆無であり、むしろ当事者は常に相関項との比較において、相関項よりは有益である/より法に適っている、と比較級で語らざるを得ない。つまり比較級表現には、子息にとってはヒッピアスの教育のほうが父親のそれよりもより有益だが、父親にとっては自らなす教育のほうがヒッピアスのそれよりもより有益だ、というように「誰にとって」という対人相対性がつきまとうのである。
 以上より、ここでもソクラテスの示唆する場面と、ヒッピアスの立つ場面の異なりが明らかになったと思う。ただし、我々にとってより身近な立場がヒッピアスのものであることをここで銘記しておきたい。あくまでもヒッピアスは大衆の考え方、我々の日常のものの見方を代表する者としてここにいるのである。

1・3
 ソクラテスの誘導によって明らかにされたところでは、ヒッピアスは、私的には自らの知の演示を若者に対して行なうことによって多額の金銭を取得し、公的には自らの知の演示を雑多な人々に対して行なうことによって評判を得る、という点で有能であった。しかし、ラケダイモーンでは、自分たちの息子の教育に関するラケダイモーン人たちの遵法的な(ヒッピアスに言わせれば、彼の教育の有効性を知らぬがゆえの真実には違法的な)態度によって、私的な活動=金銭取得活動は自粛せざるを得ない。かくして、彼の地では、多くの人々の前で自らの知を演示し評判を得る、という彼の公的な面での有能性がクローズアップされることになる。
 では、一体彼の地で彼は何を行なうのであろうか。彼が行なう知の演示とはどのようなものであるのか。それは、世間が彼に帰するところの様々な学術知(cf. 285b7-c3)の教授でも専門的技能の授与でもない。実は、ただひたすら当地の人々が喜ぶこと、すなわち「昔語り」(285d8)をするのである(註6)。それはちょうど、子供たちが快い物語を語ってくれるがゆえに老婆に接するのと同じだ(286a1-2)、とソクラテスは言う。ヒッピアスは、物語上手の老婆のように、おそらく身ぶり手ぶりを交え、服装にまで気を遣いながら(cf. 291a6-7)、見ても聞いても快い、視覚と聴覚に訴える仕方で語るのであろう。そして、それこそが人前でなされる彼の知の演示、自らが知者であることの誇示なのである。その意味では、演説や講演というよりも、むしろ大道芸人の演し物に近いといえよう。では、その演目は何なのか。
 それが「立派な(美しい)(註7)公的行為(kala epitedeumata)とはどのようなものか」(286b1)なのである。当地で最近大当たりをとったというこの演し物は、公的な場面で評判を得ることにかけては天下一を自負するヒッピアスが、どうすれば、公的な場面で「立派だ」と人々から評価してもらえるか、といういわば秘伝を「極めて美しい(立派な)法に適った事例を数多く」(286b3-4)枚挙していくことによって細大漏らさず語る、という代物である。

1・4
 以上、導入部のやや立ち入った読みから、ヒッピアスの本対話篇における位置付け、性格付け、さらには彼の信念傾向が幾分かは明らかになったものと思われる。同時に、それと対比されるべきものが漠然とであれソクラテスによって示唆されているようにも思われる。以下にその対比リストを挙げる(ヒッピアスの信念はHで、それとの対比でソクラテスが示唆していると思われるものはSで表す)。

【公共評価(註8)および公共評価の場面に関して】
 H1:公共評価とは、公的な場面すなわち雑多な人々の前で、彼らを喜ばせることによって得られる人々からの賞賛、評判のことである。
 S1:そのような意味での公共評価の場面が、真の意味での公共評価の場面と言えるのだろうか。またそこでなされる評価が真の意味での公共評価と言えるのだろうか。

【法に関して】
 H2:法には良い法も悪い法もある(公共評価の場面の規範・基準は相対的なものである)。
 S2:ポリスに最大の善をもたらす限りで法は法であり、善なるものでなければそれは法ではない(公共評価の場面の規範・基準は絶対的である)。

【真実を知っている人に関して】
 H3:真実を知っている人と知らない人の区別は、H1と抵触しない。また、たとえ何らかの点で悪い法だと知っている者にとっても、それを知らない者にとってと同様に(その悪しき)法は法として機能する。
 S3:法が法である限りそれが善なるものであるということ(S2)を知る者、ひいては善を知る者が真実を知っている者であり、その限りでの知っている者が立つのはH1の公共評価の場面ではあり得ない。また真実を知っている者にH2はまったく容認できない。

 公的場面における評価すなわち公共評価(大衆における評判)を得ることにかけてはもっとも有能だ、というヒッピアスの自負、および、公共評価(美しい公的行為)という主題に関して彼が自らの知の一端を演示することによって、大きな公共評価(評判)が得られたという自画自賛、そのどちらもH1~3の信念に裏付けられたものである。ではS1~3にコミットするのはソクラテス自身なのであろうか。

2 「仮想論難者」という仕掛け
2・1
 美しい公的行為に関するヒッピアスの話を、相応の人物を伴って聞きに来い、という誘いを適当に受け流したソクラテスは、ヒッピアスに質問するという形で、自らも美に関する話をし始める。もちろん、ソクラテスはそれをヒッピアスの話に意図的に重ねようとしているのであるから、当然、公的場面での評価〈何かを醜いとして非難し、美しいとして賞賛する(286c6-7)こと〉が問題となる。しかし、注目すべきなのは、その問題を居丈高な調子で(hybristikos)切り出し、ソクラテスをアポリアに陥れた「ある者」(仮に「仮想論難者」と呼ぶ)がここ(286c5)でソクラテス自身によって語り出され、以後、ある箇所を除いて最後まで本対話篇を引っ張っていく、という、おそらくプラトンによって何らかの対話劇上および哲学上の効果を期待されたこの仕掛けについてである(註9)。
 導入部の末尾から間髪を入れずに登場したこの仮想論難者の本対話篇における位置付けは、明らかにヒッピアス、ソクラテス、仮想論難者という三つ組みの中に見て取ることができる。その動きを美に関する七つの規定(B1~B7と表示)と共に以下に示す。
 
・居丈高な仮想論難者と戸惑うソクラテス(286c5-d3)
  再度論戦し相手の論破を狙うソクラテス(286d3-e1) 
  →争論的語彙の頻出(286d7, 287a2,4,6-7) 
・仮想論難者 対 ソクラテス=ソクラテス 対 ヒッピアス
 ソクラテスが仮想論難者の真似をしてヒッピアスに答えさせる(287a3-4, b5)
 ・B1 美しい乙女が美である
  B2 黄金が美である
  B3 ・金持ち、・健康、・尊敬、・長生き、・両親を弔い自分の子供による自らの埋葬、という条件を充たしたものが美である。
  〔以上すべてヒッピアスが提示する〕
・仮想論難者の不在(293e5-298a5)→ソクラテスとヒッピアスの直接対話
 ・B4 ふさわしいものが美である
  B5 有用・有能なものが美である
  B6 有益なものが美である
  〔以上すべてソクラテスが提示(ただしB4は仮想論難者が示唆)〕
・仮想論難者の再登場(298a5-300b2)
 再登場後は仮想論難者 対 ソクラテス・ヒッピアス
 ・B7 見ることと聞くことを介した快が美である
  〔ソクラテスが提示〕
 〈仮想論難者の二度目の不在(300b2-303d11)
               →ソクラテスとヒッピアスの直接対話〉
・ヒッピアスと仮想論難者の両方から責められるソクラテス(304b7-e5)
 そのことを自らの為になることとして耐え忍ぼうとするソクラテス(もはや報復論戦を望まない)(304e5-9)

 ・では、ソクラテスと仮想論難者が強い対比の内に置かれている。仮想論難者の傲慢な態度に対して、ソクラテスも「再度論戦する」(286d7)「(相手を議論で)打ち負かす」(287a2)「(相手の議論のあらを探して、そこを突いて)反論する」(287a4,6-7)といった争論的な態度を露にしている。しかし、実際にはソクラテスがこの論難者を模倣して問い、それにヒッピアスが答え、その答えに論難者を模したソクラテスがさらに反論を加えていく、という形をとることによって、第三者の立場にいたはずのヒッピアスが、本人もそれと気付かぬまま、ソクラテスを介して、つまり直接に仮想対話内に入ることなく、仮想論難者と強く対比されることになるのである(・→・)。しかしその後、しばらく仮想論難者が姿を消す。つまり、ソクラテスが仮想論難者に成り変わって問答を主導することをやめ、ソクラテスとヒッピアスとが直接の対話相手となる。そして、再び仮想論難者がソクラテスによって呼び出された時、三者の関係は・とは異なり、・となる。初め、あたかも論敵であるかのように対比された仮想論難者に自らを模すことによって、自分が仮想論難者から問い詰められている側でありながら、同時に仮想論難者の立場にも身を置くことができるようにし、そのことによってヒッピアスその人を仮想論難者と向き合わせようとしたソクラテスが、ここではヒッピアスと組んで(自らは「我々」と自称し、論難者には「君たち」と呼ばせて(註10))仮想論難者と対峙しているかのような構えをとっている。そこには一体どういう意味があるのだろうか。
 そして、最後に・において三者の位置付けをだめ押しのように打ち出す際には、ソクラテスはヒッピアスと仮想論難者のどちらに与することもない第三の位置に置かれるが、もはや・の時のように荒らぶる姿でではなく、穏やかに耐え忍ぶ姿で対話を締めくくる。敢えて図式化すれば(もちろんそれは、あくまでソクラテスの仕掛けの中においてであり、仮想論難者とは常にソクラテスによって語られる限りでの虚構的存在に過ぎないのではあるが)、〈ヒッピアス〉対〈仮想論難者〉、〈ソクラテス〉対〈ヒッピアス〉、〈ヒッピアス+ソクラテス〉対〈仮想論難者〉、というように対話者の組み合わせが移り変わっていく。この推移と美をめぐる対話の推移は何らかの呼応関係をもっているのだろうか。

2・2
 そもそもソクラテスはなぜ最初からヒッピアスと直に向き合おうとしなかったのか。言い換えれば、仮想論難者という仕掛けがソクラテスにはなぜ必要だったのだろうか。ここで1・4の最後の問いを思い出してほしい。ヒッピアスの立論を支える信念群H1~3に対比されたS1~3に果たしてソクラテスはコミットしているか、という問いである。以下でその点を検討してみたい。
 まず、真実を知る者は何を知っているのか、ということを語り得る限りでS3に相応しいのはやはり真実を知る者でなければなるまい。然るにソクラテスは、仮想論難者との鮮やかな対比によって、美に関する真実を知らない者の側にいることは明らかである。よってソクラテスはS3にはコミットできない。また、『クリトン』篇のソクラテスを思い起こすなら、不正なことを命じる法はもはや法ではない、とは必ずしも言い得ない場合がある(cf. Cri. 54b)、という彼の基本姿勢が窺え、その限りでS2をそのままソクラテスに引き受けさせることはできない。最後にS1は、そもそもそれがH1に対する疑念でしかないので、ソクラテスがS1にコミットすることには別に問題はないものの、少なくともS2とS3にコミットできない以上、S1~3を一まとめのものとみなす限り、ソクラテスがS1~3にコミットしている、と言うことはできない。
 とすれば、S1~3にコミットし得る登場人物(?)は仮想論難者しか残っていない。逆にいえば、ソクラテスは自らがS1~3にコミットし得ないが故に仮想論難者を立てた、とい言い得るのではないか。この点をさらに2・1で考察した・の場面、すなわちヒッピアスと仮想論難者が強く対比される場面のもっている本対話篇における意義と絡めて若干の説明を加えたい。
 そもそも、仮想論難者という仕掛けによって目論まれていたことは何だったのだろうか。少なくともそれは、今見たように、導入部において漠然とした形でではあれ、ヒッピアスのH1~3という信念群の対比項として示唆されたS1~3という信念群が帰属すべき主体として想定されたものだ、と私は思う。また、大衆にとっての(つまり我々にとっての)美(公共評価)の基準がそこにおいて機能している公共評価の場面(これを〈公共評価の場面・〉と呼ぶ)がH1~3と整合的な関係にあるのと同様に、真実を知っている者の美(公共評価)の基準がそこにおいて機能する公共評価の場面(これを〈公共評価の場面・〉と呼ぶ)はS1~3と整合的な関係にあるはずである。ヒッピアスは前者の場面におり、仮想論難者は後者の場面にいる。この両者は確かに対比されているかのようにみえる。しかし、厳密に言えば、この両者を直接対比させることは不可能である。なぜなら、それら両方の場面とは、それぞれの特定の公共評価を可能にしている諸条件である以上、そうした可能の制約の上に生じた結果としての特定の公共評価から事後的にしか語り得ないのだが、それぞれの場面の特定の公共評価は、その両方の評価を比較するための、いわば共通分母としての第三の場面を持たない限り、いずれもそれぞれの場面とは整合的な、つまりそれぞれの場面では妥当な公共評価であって、その上でさらにどちらがより妥当な評価であるか、と問うことはもはやできないからである。
 では、・の場面で何がなされようとしているのか。それは、ヒッピアスが立つ公共評価の場面・で機能している美(公共評価)の基準を、その場面から引き離してそれ自体として、仮想論難者が立つ公共評価の場面・に置き移すことの試みではないだろうか。もちろん、自らの公共評価の場面を離れた美(公共評価)の基準はその効力を失うのであるから、この試みはヒッピアスにとっては明らかに不当である。しかし、自らの美(公共評価)の基準が無効となるような別の公共評価の場面が存在することに思い至らぬヒッピアスにとって、この試みの不当性はまったく見えていない。では、ここでの対話は自分の美(公共評価)の基準が絶対だと思い込んでいたヒッピアスの思いの錯誤を暴露するためのものなのか。その線は薄いと思われる。むしろ、大衆にとって(つまり我々にとって)身近な美の基準に対して、その機能を可能にする公共評価の場面・からではなく、その機能への〈批判〉を可能にする公共評価の場面・から、いわば、公共評価の基準のさらなる評価をここ・では行なおうとしているように思われる。逆にいえば、仮想論難者が登場している時は常にこの批判的評価がなされている場面である。
 ・と・の違いは、その間に仮想論難者の不在場面・が挟まれることによって説明がつく。つまり、・の批判的評価に基づき、自らの公共評価の場面・、つまりはH1~3の中でどこまで美の基準としての機能をそれ自体として(S1~3との対比においてではなく)考察できるか、といういわば場面・内考察・の後、今度はそのような場面・内考察による美の基準の洗練化がどこまで可能かという点に関して、再び仮想論難者の立つ場面・からの批判的評価を受ける(・)(註11)、という筋になると思われる。
 以上の解釈は、・~・の対話者の組み合わせの変化とも調和するように思われる。すなわち、・では、ソクラテスの手ほどきによってヒッピアスの美の基準が仮想論難者の批判的評価の対象となり、・ではその批判に基づきソクラテスとヒッピアスが直接に対話しながら特にB2の美の基準をソクラテスが主導する形で公共評価の場面・の内部で考察し、・ではソクラテスとヒッピアスが行なったような場面・の内部での考察の洗練化の可能性自体が(つまりその限りでソクラテス+ヒッピアスが)再び仮想論難者の側から批判的に評価されるのである。
 さて、ここまでの1と2の予備的考察に基づいて、『大ヒッピアス』篇での美の探究を見直してみるとどうなるであろうか。
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