7回 多摩哲学会

 

 下記の要領で第7回多摩哲学会を開催いたします。春休み中とはいえ、平日の開催であり、しかも多摩哲としては初めての会場でもありますので、日時、場所に関しては、よくご確認ください。今回ご発表いただく各テーマに関心のある方なら、会員、非会員を問わず大歓迎ですので、なるべく多くの方々に奮ってご参加いただきますよう、どうぞよろしくお願い申し上げます。

 

*日時:2012 323日(金)午後1時〜5時(会場は12時から入室できます)

*場所:専修大学神田キャンパス 7号館3階731会議室

最寄駅

神保町駅(地下鉄半蔵門線・都営地下鉄新宿線・三田線)2A出口より徒歩3

九段下駅(地下鉄東西線・半蔵門線・都営地下鉄新宿線)5出口より徒歩3

水道橋駅(JR中央線各駅停車)西口より徒歩7

   なお詳細は以下の大学ホームページを御参照下さい。

http://www.senshu-u.ac.jp/univguide/campus_info/kanda_campus/

*参加費:500

*プログラム(敬称略):

1.午後1時〜210

小林 剛 「アルベルトゥス・マグヌス  感覚論から知性論へ」

15分休憩)

2.午後225分〜335

酒井 潔 「ライプニッツの正義論」

15分休憩)

3.午後350分〜5

村岡 晋一「フランツ・ローゼンツヴァイクの対話的言語論」

 

*発表要旨:

アルベルトゥス・マグヌス 感覚論から知性論へ

小林 剛(明治学院大学・中央大学 他)

 

 アルベルトゥス・マグヌス(12001280)は彼の『霊魂論』第三巻第二、三論考の中で、知性単一説の問題の解決を試みました。この問題は、個々人に知性(つまり人格)を認めることができるかどうかをめぐる問題で、13世紀当時の西欧が、キリスト教から自律した哲学・学問(具体的にはアリストテレス哲学)を受容することができるかどうかを決める最も重大な問題の一つでした。この問題の解決の中でアルベルトゥスの感覚論、特に触覚論と視覚論が重要な役割を果たします(拙書『アルベルトゥス・マグヌスの感覚論』では第三章と第一章をご参照ください)。本発表ではここにスポットライトを当てるとともに、アルベルトゥスがこの議論の基礎として、ローマ帝国からイスラム世界へと到る様々なアリストテレス注釈家たちの知性論について詳細な哲学史理解を展開しているところも見てみたいと思います。

 

 

ライプニッツの正義論

酒井 潔(学習院大学)

 

今日指摘されるところの、社会の増大する格差や、或る種の閉塞状況のその原因は、(唯一ではないにしても)、一層グローバル化される市場経済に、また、これまでは比較的安定していた伝統的な社会システムの急激な諸変化に見出されるであろう。こうした自由経済というものは、それの思想的ルーツを「リベラリズム」の系譜の内にもっている。リベラリズムといえば、17世紀のイングランドとアメリカにおいて個人の無制限な経済活動を擁護したジョン・ロックにその典型を見ることができる。しかし、まさにこれとは対照をなすのがライプニッツの政治哲学であって、彼は、ロックが「自由」を〈行為が妨げられていない状態〉と解し、これを〈意志の〔理性と一致した〕あり方〉から切断した点を批判する。それとともにライプニッツは「正義」(justitia)の概念に間主観的ないし社会的な観点を入れ、正義を「智者の慈愛」(caritas sapientis)、あるいは「普遍的な善意」(benevolentia universalis)と定義するのである。このようなライプニッツの正義論は、単に各人の権利の量的な平等にとどまらず、この世界におけるかけがえのない個人の個性多様性を、そしてそれゆえにこそ調和をつよく示唆するものでもある。そしてこの議論は根本的にはライプニッツ自身のモナド論の形而上学の上に基礎づけられているように思われる。

 

【参考テクスト】

ライプニッツ『人間知性新論』U

ジョン・ロック『統治二論』U

 

 

フランツ・ローゼンツヴァイクの対話的言語論

                村岡 晋一(中央大学)

 

ローゼンツヴァイク(18841927)は、ユダヤ系ドイツの哲学者。ヘーゲル研究者としての将来を嘱望されていたが、伝統的な西洋哲学に疑問を抱くようになり、ユダヤ教の哲学ともいうべき『救済の星』(1921)を執筆した。ドイツに生きるユダヤ人である彼にとってもっとも切実な問題は、ユダヤ教徒とキリスト教徒といった異質なものどうしが異質なものであるがままにいかにしてたがいに関係しあい、共存することができるかということであった。彼によれば、こうした共存の思想は、「言語への素朴な信頼」を取りもどすことによってはじめて可能になる。というのも、言語とは、それが日常的に使用されるばあいには本来「対話」だからである。そこで、彼はこの「対話としての言語」を手がかりとして、人間や世界のありかたやその相互関係を問い直していく。彼の対話的言語論は西洋の伝統的な言語哲学とはかなり異質なものである。今回はその基本的な特徴のいくつかを取り上げることにしたい。

 

【参考文献】

フランツ・ローゼンツヴァイク『救済の星』(みすず書房)

拙著『対話の哲学―ドイツ・ユダヤ思想の隠れた系譜』(講談社選書メチエ)

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