徳の再生
アリストテレス的伝統における習慣、情念、熟慮
M.Nussbaum, Virtue revived―Habit, passion,reflection in the Aristotelian tradition
Times Literary Supplement, July 3, 1992, p. 9.

マーサ・ヌスバム(土橋茂樹訳)

 英米系道徳哲学は、普遍性をもった啓蒙の理念に基づいた倫理学から伝統と特殊性に基づいた倫理学へ、原理原則に基づいた倫理学から徳に基づく倫理学へ、体系的・理論的正当化の彫琢に邁進する倫理学から理論に懐疑的で地域的な知恵を尊重する倫理学へ、孤立化した個人に基づいた倫理学から協調と配慮に基づく倫理学へ、没歴史的に遠巻きに眺める倫理学から歴史の具体性に根ざした倫理学へと転回しつつある。そして、この新しい反理論的倫理学は、特定の共同体内での徳の伝統的理解に根ざしている以上、ある種の政治的保守主義、さらには啓蒙派が求める民族、国民性、階級、性、人種の違いを横断する人間の平等への根本的要求を放棄する動きと多分に結びつく可能性がある。

 英米系道徳哲学における現況に関してしばしば語られる筋storyとはこのようなものである。啓蒙派の大それた抽象的理論を拒絶することの内に、実在論的で歴史に基礎づけられた、五感に訴える此岸的な倫理学への最善の希望を見出す人々には、この物語は満足をもって語られる。しかし、現在の国際的舞台における民族的特殊性の多用な形態、人種差別主義、性差別主義の隆盛の内に、共同体と歴史的基盤への熱狂的願望が抱える闇の面を見る人々には、この物語は深刻な警戒の念をもって語られる。しかし、既にみたように、この物語は多くの意味で語られ混乱しており、また人々を面食らわせている。それは、必ずしも結びつく必要のない、それどころか互いに正反対だと後でわかるような道徳的生活の諸要素を一つに結び合わせる。そして、そのように十分に議論されることなく強引に結びつけられた諸要素を受容することによって、我々は、友愛を大切にするためには普遍的な正義を放棄せねばならないとか、歴史に十分な配慮をするためには一般的な理論を捨てねばならないとか、個々人の性格を扱う複雑な心理学に関して適切な配慮を行うためには理性的な反省を放棄せねばならない、などと思うようになるかもしれない。しかし私の思うには、こうした対立の一切は、このように単純に捉えられる限り、不当で誤解を招くものである。確かに徳の倫理学は、古代ギリシア人がそれを理解したように理解される限り、友愛の重要性、情緒における道徳的意味合い、文脈的な特殊性への精確な目配りを強調するだろう。しかしそれは他方、人間が担う普遍性、広範な適用可能性に備わる規範的原理原則性、人間の幸福に必須の物質面、そういったものへの強い関心へもまた我々を導くだろう。こうした二組の関心は、正しく理解される限り、決して両立不可能なものではなく、むしろ互いに補強し合うものである。しかし、まずはともあれ、古代ギリシア倫理思想の新たな研究が、なぜ、ある倫理思想家たちにとって、現代における重要な試みと思われてきたのか、それを理解せねばならない。

 20年前、倫理思想の二つの派、すなわち功利主義とカント主義が英米系道徳哲学においては真剣な考察に値するものとみなされていた。もちろん、その両者のおびただしい派生態があったが、その両派の間の闘い、たとえば正義と善追求への拘束とをめぐって、行為と実践理性の本性をめぐって、選好と満足の評価をめぐってなされた両派の争いは、その領域での主要な活動であった。しかし同時に、両派のいずれかへの異論という形でいくつかの問題が提起された。それらは、多くの場合、最終的にその両派を越えて、もう一つ別の選択肢の探索に向けて哲学を導くものとなった。これらの問題は、とりわけ、人間の善のいわゆる多元性や共約不可能性、道徳的推論における情緒の役割、倫理的規範の歴史定位的性格、さらに行為者が自身の「企図」に特別の関心を抱くことの重要性に関わる。こうした領域すべてにおける中心的な問題提起者は、バーナード・ウィリアムズであった。彼は功利主義とカント主義双方への指導的批判者であるばかりでなく、最終的には古代ギリシア思想のある種の再生に関する指導的擁護者でもあった。そして同時に、倫理学における一切の体系的理論化が果たす役割への懐疑者でもあった。

 こうした批判期に続く時期、道徳哲学における最良の書物のいくつかは、相変わらず(大ざっぱに言って)カント主義的および/あるいは功利主義的パラダイムの範囲内に登場した。ここでは(あくまで倫理思想に絞り、政治思想を無視するなら)、クリスティーヌ・コースガードやバーバラ・ハーマンの最近のカント的書物や、R・M・ヘアやシェリー・ケイガンの功利主義的書物、そしてとりわけ、確かに功利主義的思想を根底から革新し攪乱をもたらす方向へと押しやったデレク・パフィットの素晴らしい作品が挙げられるだろう。ごく緩い仕方で従来のパラダイムの範囲内にあるのだが、他の観点からの批判に極めて敏感であるため、単純にカテゴライズするのが難しいような良書もある。ここでは特に、帰結主義思想の精妙な解説としてジェイムズ・グリフィスのWell-Being(1986)、帰結主義批判としてサミュエル・シェフラーのThe Refection of Consequentialism(1982)、そしてアマーティア・センの様々な著作における感銘深い提案(異なった目的の多元性を含み、なおかつ促進されるべき諸目的の内で選択する権利の保護を具体的に実現する帰結主義のための提案)が挙げられるだろう。しかし、この種の内在的な批判は、批判に対する応答としては不十分だ、そうみなす哲学者もいた。こうして他の選択肢が求められ始めた、特に古代ギリシアから。

 同時に、いくつかの関連した分野での発展が後押しする格好で、倫理学は、古代ギリシアにおける「よき生活」の理論を再吟味する方向へと向かった。まず第一に、実用倫理学(practical ethics)のめざましい発展が挙げられる。そのおかげで道徳哲学者は、医者や弁護士やビジネスマンと緊密に協力しあって倫理的領域における差し迫った具体的な問題に対処することができた。こうした仕事自体には、理論的に独創的なものはほとんどないが、最良の、たとえば医療倫理におけるジョナサン・グローバー、アラン・ブキャナン、ダン・ブロックの仕事のような成果が、理論と実践がどのようにすれば豊かに互いを伸ばしあっていくことができるかを教えてくれる。第二には、道徳心理学の諸問題、たとえば情緒や欲求の理解への関心の復活が挙げられる。そのような仕事の最良のもの、たとえば、ロナルド・デ・スーサの情緒に関する優れた著作において、道徳理論の適用範囲に変更を加え、さらに豊かにせざるを得ないような仕方で、内面的生の複雑さや、時には悲劇的暗闇をさえ把握できるようになるために哲学者が持ち出した新しい解決を見出すことができる。第三に、道徳哲学が時に「所与の」「自然な」ものとして取り上げてきたもの、たとえば情緒や欲求の経験や、おそらく合理性の本性自体さえ、それらを形成する際に歴史的・社会的要素が果たす役割への新たな意識が見出される。ミッシェル・フーコーの仕事は、たとえ厳格な哲学的観点からは必ずしも十分な確信が得られないとしても、道徳哲学に奥深い挑戦的批判を残した。ヒラリー・パトナムやチャールズ・テイラーは、倫理学は人間の歴史にとって内在的なものであるが、理論的進展をも許容し得ると主張し、この挑戦的批判に創造的な仕方で応じた。この点と密接に関連して、第四に、科学と倫理学の両分野における実在論をめぐる問題をいかに理解していくか、という点で現代哲学には進展が見られた。この問題をめぐっての実りある議論の応酬は、科学においても倫理学においても、その判断が徹底した超-歴史的実在に訴えることによって正当化されることはあり得ない、しかしそれにもかかわらず、人間の経験と歴史の範囲内で、ある理論が他方よりよく、ある立場が他方より適切である、という議論に両領域とも多大な余地を残している、ということを示しているように思われる。

 最後に、この時期に、フェミニズム倫理学において多くの新しく価値ある仕事、すなわち功利主義とカント主義の双方に対してしばしば大いに批判的な仕事がなされた。それは、協調とケア、情緒、よき選択のコンテクスト依拠性への関心を復活するよう駆り立ててきた。そのような立場は、フェミニズムとは独立に擁護され得るものだろうし、フェミニズムの規範的結論もそれが真実であるなら、全人類にとっても真実であるべきだと思われる。しかし、近代の英米史において、道徳的生活上のこうした特徴に注意を向ける機会が男性たちよりずっと多くなるように女性たちが育てられた、ということは否定のしようがない。だからこそ女性たちの経験は、そうした特徴を調査研究する際に貴重な出発点を提供し得るのである。

 以上のような諸理論によれば、人間の選択の目的はエウダイモニアすなわち人間の幸福、人間にとってのよい(完全な)生活である。そして、そのような理論の大部分において、エウダイモニアとは、多くの互いに相関しながらもそのそれぞれは異なる部分(その各々がそれ自体で選択され価値づけられている諸部分)が絡み合うことによって構成された全体とみなされている。普通こうした部分に該当するのは、諸種の活動、たとえば各々の徳にしたがった活動、反省や観想活動、さらには友に対する/と協力しあう活動のことである。このことが意味しているのは、義務論や帰結主義的な理論のごくありふれたタイプに対して、それらとは異なった選択肢を幸福主義的な理論が提供しているということである。確かにこの理論は、有徳な行為がそれ自体で選択されるものであって、もしただ単に上位の目的の手段としてだけ選択されるなら、決して有徳な行為とは数えあげられはしない、とみなす点で義務論に似ている。だが他方で、〔この理論による限り〕行為者は、義務論的な主張ではほとんど想像されもしないような程度で、自分自身の生全体の目的やそれに相関する到達目標について考えることができる。また、この理論が欲求や情念の正しさということを強調する点で、多くのカント主義者は疑いを差し挟むであろう。しかしまた幸福主義的倫理学は、行為者が適切に自身の行為について、それが何らかの目的を目指したものだと考えるという意味で、すなわち行為の正しさはその目的との関係に依拠するという意味では、確かに帰結主義的な理論に似ている。しかし、その目的自体が諸種の有徳な行為によって構成されていることに注意せよ。つまり人は正しい行為を選択する際に、ただ単により上位の目的に至るための道具的手段を選択しているわけではないのだ。熟慮が一般的な目的の具体的特殊化にかかわる一方で、選択は道具的手段ばかりでなく、目的の構成要素についてもかかわることができるのである。さらに目的は、今まで述べてきたように、それぞれが等しくすべて他と異なり、生の充足と完全性にとって本質的であるその部分の多様性を保持している。これが意味するところは、功利主義的すなわち帰結主義的方法で、つまりある単一の目的ないし善の量を最大化するという方法で、選択の働きを考えることは不適切である、ということである。実際、〔功利主義的に〕ひとはある目的成分を他の目的成分と取り替えることによって善へと至る一本道を前進し得ると考えることは極めて理に適わないことであろう。目的(成分)はすべてそれぞれ必要なものであり、互いに共約不可能な(代替不可能な)ものである。このことは、人間のよき生が時には悲劇的選択をも含み得ることを意味している。なぜなら、生活環境が必ずしも常に、我々のもつ個々多様に異なる目的すべてに調和のとれた実現を促進してくれるとは限らないからである。

 大部分の幸福主義的な理論にとって基礎となるのは、様々な友愛と協調への強調である。実際、友愛と協調は、徳の発達や実践のための手段として、さらにはそれ自体がよき生を構成する価値ある部分としてばかりでなく、極めて精妙な仕方で、生きることのありとあらゆる目的の内に見出される要素として、よき生の構成そのものに関わっている。なぜなら、アリストテレスが強調するように、有徳な行為はすべて、他者のための、他者に向けての行為であるからであり、ディカイオシュネー・正義が正しく徳の全体と見なされ得るのも、まさにこの意味でである。そうなると、たとえ有徳な行為者であっても、よき(友愛関係を)選択することなしには孤立せざるを得ないのだ。だがもちろん、同時に、それぞれ一人一人独立した人間の送るよき生は、それぞれ独立した価値と重要性をもつこともまた、主張されねばならない。プラトンと違ってアリストテレスは、身体の各部分が互いに有機的に依存しあうような仕方で、個人個人が互いに依存し合って、全体として一つの共同のよき生を構成していく、という考えを拒否する。カントと同様に、しかし大部分の功利主義者とは違って、アリストテレス主義者は、協調にアクセントを置く一方で、なお個々の人格の独立性を倫理学の根本となる事実とみなすだろうし、「一人一人すべて」が各々別個の生においてそれぞれの幸福(エウダイモニア)を達成できるようなそういう社会的解決を求めるであろう。つまり以上の限りでアリストテレス主義は、功利主義とカント主義のどちらとも異なる価値ある選択肢を提出している、すなわち、一方では功利主義が個々様々な人生の間でのそれぞれの満足を一つの満足へと代替できることを強調する点に対して、他方では、カント主義がそのいくつかの亜流において、愛と協調の力を計り損ね、不当にも軽視しているように思われる点に対して、アリストテレス主義はそのいずれとも異なる第三の途を見出しているように思われる。

 カント主義および功利主義(ないしは帰結主義)への現在も進行中の批判と結ぶかたちで、以上のような展開の一切が、とりわけここ十年間にもたらしたものが、徳概念に対する関心の復活であり、徳概念が中心的役割を果たすようなタイプの倫理説であった。こうした動きを形成し、推進していったのが、フィリッパ・フットの諸論文であり(それらは論文集『徳と悪徳』Virtues and Vices (1978年)に纏められた)、またそれとは違ったかたちで、アイリス・マードックの重要な著作『善の至高性 The Sovereignty of Good 』(1970年)である。そこには、〔当時、既に隆盛にあった行動主義に対して〕内的生がいかに適切に道徳性を高めていくか、という点に関わる有力な議論が見出される。しかし、その領域でもっとも洗練された極めて啓蒙的な作品が、概して、プラトン、アリストテレス、さらにヘレニズム期の思想家たちの倫理学説の研究によって哲学史的・文献学的な研究に専ら寄与している哲学者たちから生み出されてきた、という点を言い添えなければ公平を欠くことになると思われる。そうした哲学者の列に誰を入れ誰を落とすにせよ、不公平の誹りを免れないが、以下の顔ぶれはおそらく共通するであろう。すなわち、ジョン・アクリル、ジュリア・アンナス、サラ・ブローディ、マイルス・バーニェット、ジョン・クーパー、テレンス・アーウィン、リチャード・クラウト、アレクサンダー・ネハマス、ナンシー・シャーマン、ジゼラ・ストライカー、そしてグレゴリー・ブラストス、こういった面々の仕事に加えて、これらと関連のある、しかしそれほどテキスト密着型ではないジョン・ケイジー、アメリー・ローティ、マイケル・ストッカー、デイヴィッド・ウィギンスらの仕事、こういったところが、性格、徳、友愛に関する仕事のもっとも良質の事例として、また近年になって形成されてきた「幸福主義的」倫理学のラインナップとして、おそらく選抜されることだろう。現代道徳理論において最も影響力の大きな二人、バーナード・ウィリアムズとアラスディア・マッキンタイアーもまた、自ら古典学の訓練を受けると共に、古典文献学の専門家たちから多大な恩恵を受けてきた。厳密な哲学史的研究が、道徳哲学という領域全体にわたって指導的で創造的な力を発揮した、英米系道徳哲学史上、数少ない時期の一つ、それがこの時期なのである。

 では一体なぜ、古代の徳倫理説が、今まで慣れ親しんできた理論に代わる理説として、かくも魅力的なものにみえたのだろうか。私が思うに、まず第一に、古代徳倫理説がその主題として、特化した道徳的義務という狭い領域にとどまらず、生の営み全体を取り上げたという事実が挙げられるだろう。その出発点は、「ひとはいかに生きるべきか」という問いである。それに答える形で人生全体に、すなわち人生を構成する価値あるものごとの一切にかかわる関係性、価値ある生を生きるようになっていく発達の過程、またそのように時間的に拡張された人生全体としての生の形と構造、そういったものに徳倫理説は考察の目を向けていく。このことが意味するのは、それが正義と同様に友愛を、市民であることばかりでなく自己であることを、勇気や節制と同時に歓待や寛大さや慈悲深さを考察していくだろう、という点にある。そして、人間生活におけるこうした個々の領域一つ一つにおいて、徳中心的な理論は行為者がなすその当の行為ばかりでなく、そこから様々な行為が生まれてくるその行為者の人間としてのあり方全体をも吟味するだろう。その際、カント主義者も当然そうするように、行為の動機や意図を問われるだろうが、しかし同時に、その行為者が感情や情緒面で一体どのような反応をしたかも問われるだろう。そのことは何を主張しているかと言えば、大した苦労も努力もなしに或る行為が選択されるのでなければ、つまりその種の行為を選択する確固たる傾向性が明らかに備わっているのでなければ、その行為は真に有徳な行為ではない、ということである。人間としてのあり方(性格)全体が、人を倫理的に陶冶するために役立つとみなされている。つまり、人間としてよくあるためには、単に或る外在的な規則に従うことばかりでなく、人生全体を包括しその都度行為者に働きかけるような仕方で、彼の選択、欲求、感情、配慮を形成することもまた必要なのである。

 こうしたよき生には、物質面でもまた手段の点でも諸々の必要条件がある。アリストテレスの倫理説もまた、こうした物質的条件とその配分の問題に独特な仕方で取り組んでいる。カント主義を採るものの大半とは異なり、アリストテレスは徳を行使するための物的資源の必要性を主張する。アリストテレスの政治思想においても、市民たちが、自らが幸福であるためには何が必要かを考え、そのために市民として自ら何をなすべきかを選択できるようにすることに専ら焦点が合わされていたのも、同様の理由による。アリストテレスの倫理説では、功利主義のように満足を結果としてもたらすだけでは事足りない。なぜなら、彼は動機と欲求を精緻に分析することによって、欠陥のある教育が人々の満足というものをいかに容易く歪めてしまうか、ということを明らかにしていたからである。彼が主張しているのは、人生におけるもっとも重要な機能をまず枚挙し、しかる後に、どうすれば市民たちがそれを実際にうまく実行に移すことができるかを問うべきだということである。現代カント主義諸派が長引かせてきた議論に、こうした立場も加わって、人生において道徳的に最大の重要性をもつ選択にまだ十分な余地が残されていることを立証する必要があるだろう。しかし、私が思うに、この(現在も続行中の)論争は、アリストテレス説が学界のみならず、公共政策や開発研究にも創造的な寄与をなし得ることを立証して余りあるものである。

 あらゆる意味でではないにしろ、いくつかの意味では、古代徳理論の研究が現代倫理に関する議論を実り豊かなものにしている、と言い得る。しかし、この時点で徳理論のうちで意見が分かれ、徳に定位した理論の少なくとも二つの非常に異なったタイプが現代倫理学シーンに登場することとなる。その一方は、啓蒙派の最も中心的な理念を鋭く批判するが、それに対してもう一方は、徳倫理学をあくまで啓蒙派の内在的批判因子、活性要因とみなしている。そもそもこの両者の袂を分かつ元となったのは、とりわけ以下の問題、すなわち、普遍性、そして反省の役割、この二点である。

 反啓蒙派徳倫理学は、アラスディア・マッキンタイアーの『美徳の時代』(1981)および『誰の正義、どの合理性』(1988)がもつ際だって論争的なその姿勢から大きな影響を受けて発展してきた。ギリシア人の、あるいはそれ以上に中世におけるその後継者の洞察力に依拠して、マッキンタイアーは、普遍的に正当化可能な原理原則への啓蒙派の希求をそれ自体一貫性をもたぬものとして否定し、道徳的正当化は常に具体的な伝統が備える規範に内在し、かつ相関するものである、と主張する。彼は明らかに、役割のヒエラルキー、つまり権威に大きな役割を配し、社会的諸機能を割り当てていってできあがったヒエラルキーを殊の外、好むように思われる。そうした役割のヒエラルキーにあっては、何をなすべきかをほとんど反省する必要がない。そこでは、ちょうどアイスホッケーの選手がゲーム終了間際に的確なプレイをする、まさにその際の熟達した滑らかさと確信をもって正しい選択がなされるのである。正しい習慣によって反省は必要のないものとなるし、当然、反省が習慣を損なうこともあり得る。(この後者の論点は、バーナード・ウィリアムズが『倫理学と哲学の限界』(1985)において理論化した啓蒙派へのずっと精緻で哲学的に強力な批判によって強調されている)。

 マッキンタイアーは倫理学の内に宗教的な基礎を強く求め、現実社会にも十分機能し得る徳の伝統、という彼の理念にも宗教的権威という理念が組み込まれている。政治学的な面でも、彼の見解はヒエラルキーの存在を認め、根底的な社会批判が首尾一貫したものとして成り立つということに疑念をもつもののように思われる。実際、彼の見解はアメリカの保守的な思想家たちによって広く利用されてきた。伝統的な「家族というものの価値」を強調し、女性や同性愛者の平等を問題視し、さらに人種的平等の擁護に関してはどう見ても熱意の見えない、アメリカ保守政治内でのそうした「共同体主義的」な考え方の復活に、彼の見解は見事に適合している。(マッキンタイアーは、個人的には女性の権利平等に賛成するが、しかしそうした対応があくまで伝統重視の彼の見解からどのようにして出てきたのかを理解するのは容易ではない。その点に関しては『正義・ジェンダー・家族』(1989)におけるスーザン・オーキンの優れた批判的仕事が十分納得いく仕方で立証した通りである。)幾人かのフェミニズム系思想家たちが見出したように、この種の共同体重視の見解には訴求力がある。たとえばアメリカ法理論界においては、徳、友愛、習慣の観念に訴え、こうした観念を権利や普遍性に関する「家父長的な」観念と置き換えるよう我々を促すフェミニズム系の著作群が最近つとに膨れ上がったきた。しかし、この点に関してもオーキンが正しいように思われる。そうした運動が実際に女性あるいは何であれ虐げられた人々のための正義を促進するだろうという考えは、ひどく疑わしいものである。

 欧州本土でもまた、共同体主義的な考え方、すなわちマッキンタイアーと同じ系譜に連なる考え方の復活が見出される。そうした動向において、マッキンタイアーの伝統概念とピッタリと一致するのが、共同体と詩的思考に関するハイデガー的な理想である。他方、その論敵は、ユルゲン・ハーバーマスが展開したことで知られている民主的な(理想的)言説状況に関わる啓蒙派的見解である。最近フランクフルトで開催された共同体と正義に関する学術会議では、歴史的記憶を最近の世界規模での出来事と結びつけることによって、若手ドイツ人哲学者たちのほとんどが、伝統や共同体に解決を見出そうとすることに対して極めて懐疑的になっていたし、おそらく多くのアメリカ人ほどにはこの共同体主義的な観念に感傷を覚えず、またそのために平等や権利といった概念を放棄してしまうようなこともなかった。わけても、ベルリンのHinrich Fink-Eitelによる共同体主義的な協調の心理学に対する精緻な研究と、ザグレブ大学のGvozden Flegoによる共同体主義的な思考のもたらした政治的遺産に対する痛烈な告発が印象的であった。

 しかし、徳倫理学が何であるかを語ろうとする場合、マッキンタイアーや共同体主義的な思想家たちが展開しつつある筋だけが唯一の語り方なのではない。それどころか、現代の倫理学説を豊かにしたのは古代ギリシア、とりわけアリストテレスの学説なのではないか、そう我々が思うとき、その多くは決してマッキンタイアーたちが語る筋を念頭に置いてはいない。我々の見解がどれほど多様なアリストテレス解釈に拠り来たっているかを試しに挙げてみればよい。たとえばマッキンタイアーがトミズム的なカトリックの伝統に依拠するのに対して、多くの英米系の若手研究者たちは、デイヴィッド・ロス卿を始め、自己および共同体の完成態を強調するT・H・グリーンやアーネスト・バーカー、もっと最近では、古代の諸テクストの読みと密接に繋がる仕方で急進的なキリスト教的社会主義について書いたグレゴリー・ブラストスらの主要な人物を含む伝統に拠り来たっている。いずれにせよ、我々が古代ギリシアのテクストから読みとってしまいがちなのは、いくつかの領域において啓蒙思想への強い批判を示唆する倫理的・政治的な見解ではあったが、それでも普遍性や公平性という啓蒙思想の理念を全面的に拒否するよう我々に求めたりするところまでは至らなかった。それどころかむしろ、そうした理念をよりよく擁護するために、それらに再解釈を施してさえいた。それはたとえば、協調性、特殊性、コンテクストに沿った判断、感情といったものに関わるが、しかしそれらの重要性を論ずるのにかなり多くの時間を割いてきたにもかかわらず、こうした議論がいまだに啓蒙思想、そして体系的な倫理学説という全体的な理念を打ちのめすための棍棒として利用されているのを見ると、(少なくとも私の感じでは)不愉快な驚きに襲われてしまう。それというのも、人間の善さに関わる普遍的な理論を獲得するということは、ギリシアの主だった思想家たちが唱える倫理学説が専らその一事に関わってきたとさえ言い得る、まさにその当の事柄だからである。

 ギリシアの思想家たちは、倫理学を徳と性格(人柄)によって基礎付け、さらに徳が様々な家族的および共同体的な協調に基づくと主張してはいたけれども、こうした見解が普遍的な人間性を放棄させ、人間生活をもっとローカルで伝統的な基盤へと移し替えることを示唆していようなどとは思ってもいなかった。彼らの誰一人残らず(おそらくもっとも際立つのはストア派であるが、プラトンやアリストテレスさえも)、徳に関する適切な説明は、全人類の必要性に応えるはずのものであり、万人にとって善きものとして擁護され得るものであるとみなしていた。多くの点でこの説明は、現在、伝統的規範となっているもののほとんどを根本的に批判することになるだろうが、人間生活において金銭、財産、地位が果たす役割の点では特にそうである。なぜなら、この説明はそうしたものがそれ自体で何の価値もなく、せいぜいが人間らしい働きのための手段に過ぎないと論じているからである。かくして人生における徳の探求は、その探求に従事する者が自らの共同体およびその伝統的な了解事項と相対立するようにし向けることになるだろう。 (以下、準備中)