加藤 敏 著『創造性の精神分析 ルソー・ヘルダーリン・ハイデガー』

『中央評論』242号(2002年、中央大学出版)掲載
土橋 茂樹(つちはし しげき)


 かつてスラヴォイ・ジジェクは、「サドと共にカントを」(サドの倒錯した視線を通してカントを読む)というジャック・ラカンの言葉をほかならぬラカン自身に当てはめ、ヒッチコックを始めとするサブ・カルチャーの面々と共にラカンを読む、というすこぶる愉快な一書(『斜めから見る』)をものしたことがあった。その伝でいくなら、本書はさしずめ「カント(を始めとする思想家たち)と共にラカンを」ということになるだろうか。

 本書のキーワードはズバリ「狂気内包性思想」。まな板の上には、副題からもわかるように哲学思想家たちがズラリ。しかし、そもそもなぜ精神科医である著者が「思想」、それも「哲学思想」にかくも強くこだわるのだろうか。単なる個人的思い入れなのか。もちろんそれもあるだろうが(なにしろ著者は医学部最終学年という大事な時期に、わざわざ留年して他大学の哲学科へと内地留学したのだから)、実はむしろ、精神医学そのものに哲学親和性とでもいうべき動機が深く根差しているからである。精神障害、とりわけ分裂病の病態は主体構成の問題、すなわち自分はなにものであるか、自分は生きるべきなのか死ぬべきなのか、といった哲学的問いに深く関わっていると言われる。そういった問いを共に問い、患者さんの謎めいた、時に形而上学的ですらある言辞に耳を傾け、理解の道筋を探ることが求められる以上、精神科医は「哲学的たらざるをえない強制」(ブランケンブルク)にさらされているのである。 

 加えて著者には、「天才、あるいは創造活動と狂気の関係を研究する病跡学」という従来は詩人や画家などの芸術家を中心に研究されてきた分野において、特に哲学思想に踏み込んだ考察を試みようとする固有の関心があった。そうした関心に基づく成果を下敷きにして成ったのが本書である。

 かくいう次第で、哲学的創造活動すなわち哲学思想の内にどれだけ狂気の次元が組み入れられているか、という病跡学的考察のキーワードとして「狂気内包性思想」という概念が登場することとなったわけだ。

 では、創造活動と狂気とは一体どのような関係をもつというのだろうか。あの難解なラカンの理論に依拠しつつ著者の説くところを、紙幅の都合から思い切って簡略に述べるなら、こうなる。ラカンによれば、人間主体とは自分の一番大切な中心をそっくり欠いている存在だという。だから私たちには、欠けてしまった穴、裂け目としてしかそれは現れない。そんな裂け目をなんとか繕うにはどうしたらいいのか。そこで私たちは、自分の一番大切な中心となる<もの>の絶対的不在を回避し相対化するために、<言葉>を使ってその<もの>をせめて象徴的なレベルで保持しようとした。しかし、その限りで言語とは喪失した<もの>との出会いの完全な断念に他ならない。もしこのようなプロセスが主体の確立であるなら、誰であれ「主体は喪失として自己実現する」ことになる。著者はこの<もの>の喪失を「構造的メランコリー」と呼ぶが、その限りで「正常」とみなされる主体は誰であれ皆神経症を病んでいるということになる。

 さて、私たちの日常生活の場を<生の領域>とするならば、そのまったき外部にあって喪失された<もの>の位置する場は<死の領域>である。日常的な言葉では接近不可能な言語の彼方の次元であるこの<死の領域>は、言語の媒介なしにいわば剥き出しの存在に主体が晒される限りで天才的創造の源泉となるが、それは主体の死や狂気という自己破壊とトレードオフの関係にある。だから、「正常な」人は「死の欲動」に抗して<生の領域>に留まるのだが、優れた創造と引き替えに<死の領域>へと飛びこえた天才は狂気に至らざるを得ない。本書第一部では、そのようにして狂気と引き替えに優れた思想を産み出した思想家として、ルソー、ヘルダーリン、アルトー、ニーチェらのケースがあくまで精神病理学の見地から考察される。

 この限りで創造行為というのが何らか狂気と内的連関をもつものである以上、「正常な」人の創造行為にも何らか狂気が関与するはずである。天才の狂気的想像力に「不気味なもの」を感じながらも、そこに自らの内なる狂気を転移し、そのことによって自己探求的思索を紡ぎ出すようなタイプの思想も、その意味では「狂気内包的」である。本書第二部では、こうしたいわば「狂者の秘書」として、ヘルダーリンに対するハイデガー、ルソーやスウェーデンボルグに対するカント、キルケゴールに対する西田幾多郎が、専らその狂気内包的な思想系譜の面から考察される。

 人間の創造行為がたえず孕まざるを得ない狂気を、人間の生の内に正当に位置づけようとする著者の熱意と手腕が冴える、(私のように天才ならぬ凡人には)面白くて読み応えのある一書である。

Copyright : Shigeki Tsuchihashi 2002