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synthesis_to_analysis - hellog〜英語史ブログ

最終更新時間: 2012-05-22 17:34

2012-02-23 Thu

#1032. -e の衰退と -ly の発達 [suffix][adverb][systemic_regulation][synthesis_to_analysis][flat_adverb]

 「#40. 接尾辞 -ly は副詞語尾か?」 ([2009-06-07-1]) や「#981. 副詞と形容詞の近似」 ([2012-01-03-1]) で述べたように,副詞接尾辞 -ly は,中英語期に生産力を高めた.従来の同機能の -e 語尾が音声的に摩耗しつつあり,副詞を標示するには頼りなくなっていたところで,形態的,音声的に明確な語尾 -ly が,有効な副詞接尾辞として機能するようになってきたものと思われる.-e の摩耗と -ly の発達の因果関係は,OED "-ly" suffix2 でも支持されている.

In ME. the number of these direct formations was greatly increased, and when the final -e, which was the original OE. adverb-making suffix, ceased to be pronounced, it became usual to append -ly to an adj. as the regular mode of forming an adv. of manner.


 この一連の過程に,関連する出来事をもう1点付け加える必要がある.それは,副詞接尾辞として活躍するようになった -ly が,従来もっていた形容詞接尾辞としての役割を減じていったことである.-ø と -e の対立が失われると,本来 -e のもっていた副詞標示の役割を -ly が肩代わりするようになった.ところが,-ly が副詞標示の役割を本格的に果たそうとすれば,従来の形容詞語尾としての働きがかえって邪魔になる.そこで,形容詞マーカーとしての役割を捨てていった.これを図示すれば,以下のようになる.

Adverb with -zero, -e, -li, and -lie

 狭い体系ではあるが,-ø, -e, -li(c), -li(c)e からなる1つの形態的な体系を考えるとすれば,ほんの小さな -e 語尾の揺らぎという出来事が,体系をがらっと組み替えたことになる.言語は体系であり,言語変化が体系の変化であることがよくわかるだろう.また,英語史のより大きな潮流を意識した視点から見れば,屈折語尾を利用した synthetic な副詞化から,派生語尾を利用したより analytic な副詞化への方針転換とみることもできる.
 もっとも,-e 語尾の摩耗を受けた後も,形容詞と副詞が同形のまま共存する flat_adverb は少なからず残ったし,副詞接尾辞としての -ly が発達したからといって,形容詞接尾辞としての -ly が完全に死に絶えたわけでもないことは付け加えておきたい.

Referrer (Inside): [2012-02-27-1]

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2011-11-10 Thu

#927. ゲルマン語の屈折の衰退と地政学 [germanic][inflection][synthesis_to_analysis][contact][geography][map][dutch][german][faroese][icelandic][danish][afrikaans]

Map of Germanic Europe

 中世のゲルマン語派の話者の分布を地図に示すと,北東端を Continental Scandinavian,南東端を High German,南西端を English,北西端を Icelandic にもつ四辺形が描かれる.この地図が示唆する興味深い点は,青で示した English と Continental Scandinavia は歴史的に屈折を激しく摩耗させてきたゲルマン語であり,赤で示した Icelandic と High German は歴史的に屈折を最もよく残してきたゲルマン語であるという事実だ.そして,革新的な北東・南西端と保守的な北西・南東端に囲まれた,緑で示した四辺形の中程に含まれる Faroese, Dutch, Frisian, Low German は,屈折をある程度は摩耗させているが,ある程度は保持しているという中間的な性格を示す.この地理と言語変化の相関関係は見かけだけのものだろうか,あるいは実質的なものだろうか.
 この点について好論を展開しているのが,O'Neil である.

Now from the point of view of their inflectional systems, it is in the languages of the extreme southwest and northeast areas, among the Scandinavians and the English, that things are farthest from the state of the old languages, where --- in fact --- the old inflectional system has become so simplified that the languages can barely be said to be inflected at all. It is in the other two areas, in the northwest in Iceland and in the southeast among the High Germans (but most especially in Iceland) that an older inflectional system is best preserved. Between these two extremes and their associated corners or areas and languages, lie other Germanic languages (Faroese, Frisian, Dutch, etc.) of neither extreme characteristic: i.e. not stripped (essentially) of their inflections, nor heavily inflected like the older languages. (250)


 地理が直接に言語の変化に影響を及ぼすということはあり得ない.しかし,地理が言語話者の地政学的な立場に影響を及ぼし,地政学的な立場が歴史に影響を及ぼし,歴史が言語の発展に影響を及ぼすという間接的な関係を想定することは可能だろう.
 屈折が大いに単純化した英語の場合,古ノルド語 (Old Norse) との接触が単純化の決定的な引き金となったという論は,今では広く受け入れられている([2009-06-26-1]の記事「#59. 英語史における古ノルド語の意義を教わった!」を参照).一方で,アイスランド語 (Icelandic) が地理的に孤立しているがゆえに,古い屈折を現代までよく残しているということもよく言われる([2010-07-01-1]の記事「#430. 言語変化を阻害する要因」を参照).いずれも歴史的に経験してきた言語接触の程度との関数として説明されているが,その言語接触の歴史とは地政学上の要因によって大いに条件付けられているのである.ここでは言語変化が地理的条件により間接的に動機づけられているといえるだろう.
 では,英語やアイスランド語以外のゲルマン諸語についても,同様の説明が可能だろうか.O'Neil は,大陸スカンジナビア諸語の屈折の単純化も英語のそれと平行的な関係にあると主張する.この場合,大陸スカンジナビア諸語が接触したのは低地ドイツ語 (Middle Low German) である.

It is clear then that Continental Scandinavian is inflectionally simple like English, with --- however --- its idiosyncratic sense of simplicity. The reasons for its simplicity seem to be exactly those that led to the development of the neutralized northern Middle English inflectional system: language contact between Middle Low German and Danish in the countryside and between Middle Low German and all Continental Scandinavian languages in the centers of trade. (267)


 さらに,英語や大陸スカンジナビア諸語と同じように単純化した屈折をもつアフリカーンス語 (Afrikaans) についても,同様の議論が成り立つ.ここでは,オランダ語 (Dutch) と低地ゲルマン語 (Low German) との接触が関与している.

. . . the original population that settled Capetown and then the Cape was not a homogeneous Dutch-speaking population. The group of people that arrived in Capetown in 1652 was first of all predominantly German (Low German mercenaries) and the Dutch part of it was of mixed Dutch dialects. Thus just the right conditions for the neutralization of inflections existed in Capetown at the time of its settlement. (268--69)


 他にも,フリジア語 (Frisian) とオランダ語 (Dutch) とが都市部で言語接触を経験した結果としての "Town Frisian" (268) の例も挙げられる.
 反対に,複雑な屈折を比較的よく保っている例として,アイスランド語の他に挙げられているのが高地ドイツ語 (High German) である.ここでも O'Neil は,高地ドイツ語もアイスランドほどではないが,地政学的に見て隔離されていると論じている.

. . . High German has not been so completely isolated as Icelandic. But then neither is its inflectional system as conservative. Yet in fact the area of High German has been generally isolated from other Germanic contact --- the sort of contact that would lend to neutralization, for the general motion of High German has always been away from the Germanic area and onto its periphery among non-Germanic peoples. (277)


 最後に,地図上の四辺形の内部に納まる中間的な屈折度を示す言語群についても O'Neil は地政学的な相関関係を認めているので,指摘しておこう.以下は,フェロー語 (Faroese) の屈折の中間的な特徴を説明づけている部分からの引用である.

. . . the Faroese fished and worked among the Icelanders and still do, at the same time being administered, educated, and exploited by continental Scandinavians. Thus for centuries was Faroese exposed to the simplified inflectional systems of continental Scandinavia while in constant contact with the conservative system of Icelandic. Unless this conflict was resolved Faroese could neither move toward Continental Scandinavian, say, nor remain essentially where it began like Icelandic: neither completely neutralize its inflections, nor simplify them trivially. The conflict was not resolved and as a consequence Faroese moved in a middle state inflectionally. (280)


 ・ O'Neil, Wayne. "The Evolution of the Germanic Inflectional Systems: A Study in the Causes of Language Change." Orbis 27 (1980): 248--86.

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2011-07-25 Mon

#819. his 属格 [genitive][synthesis_to_analysis]

 屈折語尾によらず,人称代名詞の属格形を並置して所有を示す his-genitive という独特な用法が,古い英語で知られている.用例は古英語から見られる.Mustanoja (159) が挙げている次の古英語からの例では,Enac his cynren は "Enac's posterity" の意を表わす.

we gesawon Enac his cynren (Ælfric Num. xiii 29)


 このような用法の動機づけは理解できる.固有名詞は一般名詞と異なり明確な屈折語尾を取らないのが普通であり,属格を明示したい場合には,人称代名詞の属格を用いるのが便利だからだろう.属格以外にも,格を明示したい場合に,対応する人称代名詞の格形を並置するという例は古英語にいくらでもあった( he Ninus, hym Olofernus など).
 中英語でも,his 属格の用例はいくつも見つけられる.Mustanoja (159) に挙げられている数例を示そう.

- þe cnapenchild hiss shapp (Orm. 4220)
- Hengest his sone (Lawman B 16772); þat wes Hengest sune (A)
- Loth his eldeste sone (Lawman B 23248)
- ine Winchestre his toun (Lawman B 19630); Winchastre tun (A)
- Felyce hir fayrnesse (PPl. B xii 47)
- sche hadde be kyng Alexandre his lemman (Trev. Higd. I 155)
- þe whiche kyng his prayers to God þat day were moche worthy (Trev. Higd. VI 349)
- Gwenayfer his love (Lawman B 22247)
- at þare ditch his grunde (Lawman B 1589)


 最後の2例は,his に先立つ名詞がそれぞれ女性,無性を指示する点で特異である.例からもわかるように,Lawman B と Trevisa による Higden の Polychronicon のテキスト(両方とも南西方言)では用例が多いが,それ以外では15世紀までこの構造は稀である.15世紀以降になると,この構造は頻度を高め,17世紀まで存続する.なお,女性を指示する名詞に後置される her 属格は少ないながらも例証されるが,複数形に対応する属格の例 *her や *their はない.
 中英語の his 属格の起源には諸説ある.

 (1) 古英語の所有の与格 (possessive dative) の特殊構文に基づく類推.例えば,her Romane Leone þæm papan his tungan forcurfon (OE Chron. an. 797) では,所有の与格 þæm papan がかかってゆく tunganhis による修飾をも受けている.
 (2) his はその弱形 is が属格語尾 -es, -is と同形となるので,属格語尾が語幹から切り離されたものと解釈できるのではないか.
 (3) 古英語にも上掲の Enac his cynren のように対応する構文があったことから,分析的な表現を用いる傾向が中英語以降に継続・発展したものと考えられるのではないか.
 (4) フランス語の対応する表現 (ex. pour escaper de Deu sen ire [Gilles de Muisis i 20]) の影響.しかし,フランス語でも用例は多くない.

 Mustanoja (161--162) は,(4) は排除しながら,(1), (2), (3) の組み合わせ説を支持している.
 英語史の全体的な傾向,総合から分析 (synthesis to analysis) への潮流を考えれば,his 属格の発生と発展はまったく驚くべきことではないだろう.むしろ,なぜ近代英語期に廃れていったのか,そちらの問題のほうが興味深い.

 ・ Mustanoja, T. F. A Middle English Syntax. Helsinki: Société Néophilologique, 1960.

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2011-04-20 Wed

#723. be nihtes [pchron][synthesis_to_analysis]

 中英語の形態論や統語論を扱う場合,英語史上のより大きな問題である「総合 (synthesis) から分析 (analysis)」 への類型変化を視野に入れていることが多い (see synthesis_to_analysis) .大まかに言えば,総合とは屈折に依存する性質を指し,分析とは語順や前置詞・助動詞の使用に依存する性質を指す.純粋に synthetic あるいは analytic な言語(の段階)はないとすると,マクロにみて,どの言語も synthesis と analysis を両端とする線上のどこか中間に位置づけられることになる.古英語から中英語にかけては,この中間点が analytic の方向へ大きく動いたものとしてとらえられる.一方,ミクロにみると,ある表現を観察するとき,その表現の内部に synthetic な手段と analytic な手段が混在していることに気づく.初期中英語から取られたその興味深い例の1つが,標題に掲げた be nihtes である.
 連日取り上げている,East Midland 方言で書かれた重要な初期中英語テキスト The Peterborough Chronicle の1137年の記述から,次のような例文を示そう(引用は Clark 版より;赤字は引用者;現代英語の拙訳つき).

Þa namen hi þa men þe hi wenden ðat ani god hefdeˈnˈ, bathe be nihtes 7 be dæies, . . . (year 1137, lines 17--19)

PDE translation: "Then they took the men that they thought had any property, both by night and by day, . . ."


 問題の箇所 be nihtes 7 be dæies で両名詞の -es 語尾は起源としては複数語尾ではなく単数属格語尾である.[2009-07-18-1]で話題にしたが,現代英語の once, twice, always, sometimes, nowadays, besides, else, needs などの /s/ 語尾も,起源は単数属格語尾である.古英語には「副詞的属格」 ( adverbial genitive ) と呼ばれる属格の用法があり,主に時間を表わす名詞に -es を付加して副詞相当語を作った.単独で副詞として機能したので,前置詞は必要なかったのである.古英語では,「夜に」は nihtes,「昼に」は dæges だった.ところが,中英語にかけて英語の分析的傾向が強まってくると,現代英語の "by night" や "by day" に相当する前置詞を用いた表現が現われてくる.このように言語類型の推移していた時期に,古英語的な総合性と近代英語的な分析性を兼ね備えた中英語的な混合形 be nihtes 7 be dæies が現われたのである.
 ちなみに,古英語の副詞的属格に由来する nights は現在でも特に《米略式》として用いられている.

 ・ Clark, Cecily, ed. The Peterborough Chronicle 1070-1154. 2nd ed. London: OUP, 1970.

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2011-04-19 Tue

#722. The Peterborough Chronicle の統語論の革新性と保守性 [word_order][syntax][synthesis_to_analysis][pchron]

 昨日の記事[2011-04-18-1]で,初期中英語テキスト The Peterborough Chronicle が英語史上の大変化を垣間見せてくれる貴重な資料であることを紹介した.それぞれ筆記した写字生こそ異なるが,The First Continuation と The Final Continuation のテキストを隔てる20年ほどの短期間に顕著な言語の違いが見られることから,当時,言語変化が激しく生じていたことを疑わざるを得ない.ことに語順において革新性が指摘されることが多い.編者 Clark によると,The Final Continuation の "modernity" は疑い得ないという.

The modernity of this language [The Final Continuation] appears also in its syntax. In studying the morphology we have already noted the great simplification of the case-system, in particular the disuse of the dative, and the corresponding adjustments in syntax, including a great increase in the use of analytic constructions. And Rothstein demonstrated how frequently certain constructions typical of Old English, such as inversion of subject and verb after an introductory adverbial phrase, are here abandoned in favour of word-order nearer to that of Modern English. (lxvi)


 しかし,昨日の書誌に挙げた Mitchell の研究によると,PChron の後半部分の言語の "modernity" は過大評価されているという.Mitchell は彼一流の緻密な語順タイプの場合分けにより,語順で見る限り,特に際だって modern である証拠は少ないと論じる.

The word-order of the two Continuations therefore contains much which is common to Old and Modern English, much which cannot occur in Modern English, and nothing which cannot be paralleled in Old English. (138)


 もちろん,Mitchell はある語順タイプが例証されるかしないかという binary な問題ではなく,各語順タイプの相対頻度の問題であることは認識しており,全体としては確かに "modern" な方向に進んでいるとは認めている.また,主節において,目的語が代名詞でなく名詞である場合の SOV 構文が The Continuations では皆無である点を指摘し,唯一の際だった "modernity" であるとも認めている.しかし,あくまで Mitchell は古英語からの断絶ではなく連続性のほうを重視している.
 進行中の大きな言語変化を体現するテキストとしての PChron の評価は,このように議論含みである.しかし,古英語の最後のテキスト,中英語の最初のテキストとも言われるように,区分線上にあるような資料の評価が様々なのは理解できる.線をまたぐことに関わる問題は,線がどこにあるかという問題と切り離せない.[2009-12-20-1]の記事で Sweet による英語史時代区分を紹介したが,PChron の属する時代を "Transition Old English" と呼びたくなる気持ちが分かる.
 古英語から中英語への語順の発達過程については[2009-09-06-1]の記事を参照.

 ・ Clark, Cecily, ed. The Peterborough Chronicle 1070-1154. London: OUP, 1958.
 ・ Mitchell, Bruce. "Syntax and Word-Order in The Peterborough Chronicle 1122--1154." Neuphilologische Mitteilungen 65 (1964): 113--44.

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2011-04-18 Mon

#721. The Peterborough Chronicle の英語史研究上の価値 [word_order][syntax][synthesis_to_analysis][pchron]

 英語史では,古英語から中英語にかけてとりわけ大きな言語変化が生じていたことが強調される.言語の類型が synthesis から analysis へと大転換し ( see synthesis_to_analysis ) ,印象としては前後の時代の間に連続性よりも断絶が強く感じられるからである.いや,印象だけでなく,客観的にも確かに断絶を認めることができるのである ([2009-11-04-1]) .文書でしか残されていない当時の言語資料から進行中の言語変化を直接に観察することは難しいが,テキストの言語を慎重に分析すれば言語変化の進行に迫ることができる例もある.そのようなテキストの1つが,The Peterborough Chronicle (以降 PChron )という年代記だ.
 PChron は,Bodleian, Laud Misc. 636 に所収されているテキストで,1154年までのイングランドの歴史が年代記として綴られている.King Alfred の治世 (871--99) に編纂の始まった The Anglo-Saxon Chronicle の1ヴァージョン(一般にEヴァージョンとして言及される)である.1121年までの記録を伝える The Copied Annals ,1122--1131年までを記述する The First Continuation ,1132--1154年を扱う The Final Continuation の3部分からなる.後半の2部分は,Peterborough 出身の写字生が同時代の言語で同時代の出来事を記したテキストであり,言語研究上 holograph としての価値がある.そのため,英語史研究でも重要なテキストとしてしばしば取り上げられる.PChron の英語史研究上の価値は,編者 Clark (1958) が次のように的確に表現している.

These Peterborough annals are not merely one of the earliest Middle-English documents: they are also the earliest authentic example of that East-Midland language which was to be the chief ancestor of our modern Standard English. (lxvi)


 The Continuations の言語の新しさは,随所に見ることができる.格の体系は古英語のそれから確実に衰退しており,与格は消えつつある.性の体系も同様に崩れてきている.拙論によれば (Hotta 109--15) ,名詞複数形態全体で現代風の -s 語尾をとる割合は,The Copied Annals で4割,The First Continuation で6割,The Final Continuation で8割となっており,変化が目に見えるようだ.統語的には分析的 (analytic) な傾向が強く見られ,古英語に見られた語順のタイプからの逸脱が観察される.重要な語でいえば,PChron の1140年の記録に,人称代名詞 scæ "she" が英語史上初めて現われていることを指摘しておこう( she の語源は不詳であり,諸説紛々としている.[2010-03-02-1]の記事を参照.).
 この重要なテキストについては刊本,研究書,論文などがたくさんあるが,Web上でアクセスできるものも含めて,何点か重要と思われるものを示す.

1. Editions

 ・ Burrow, J. A. and Thorlac Turville-Petre, eds. A Book of Middle English. 3rd ed. Malden, Mass.: Blackwell, 2005.
 ・ Clark, Cecily, ed. The Peterborough Chronicle 1070-1154. 2nd ed. London: OUP, 1970.
 ・ Earle, John and Charles Plummer, eds. Two of the Saxon Chronicles Parallel with Supplementary Extracts from the Others. London: OUP, 1892. 2 vols.
 ・ Garmonsway, G. N., ed. and trans. The Anglo-Saxon Chronicle. London: J. M. Dent, 1972.
 ・ Irvine, Susan, ed. The Anglo-Saxon Chronicle: A Collaborative Edition, Vol. 7, MS. E. Cambridge: Brewer, 2004.
 ・ Jebson, Tony, ed. "The Anglo-Saxon Chronicle: An edition with TEI P4 markup, expressed in XML and translated to XHTML1.1 using XSLT." Available online at http://asc.jebbo.co.uk/. Accessed on 18 April 2011.
 ・ Whitelock, Dorothy, ed. The Peterborough Chronicle. Copenhagen: Rosenkilde and Bagger, 1954.

2. Modern English translations

 ・ Killings, Douglas B., trans. The Anglo-Saxon Chronicle: Online Medieval and Classical Library Release #17. Available online at http://www.omacl.org/Anglo/. Accessed on 18 April 2011.
 ・ Whitelock, Dorothy, trans. The Anglo-Saxon Chronicle: A Revised Translation. London: Eyre, 1961.

3. Monographs and articles

 ・ Behm, O. P. The Language of the Later Part of the Peterborough Chronicle. Diss. Upsala, 1884.
 ・ Kubouchi, T. and K. Ikegami, eds. Language of Peterborough Chronicle 1066-1154. Tokyo: Gakushobo, 1984. [in Japanese]
 ・ Mitchell, Bruce. "Syntax and Word-Order in The Peterborough Chronicle 1122--1154." Neuphilologische Mitteilungen 65 (1964): 113--44.


 ・ Clark, Cecily, ed. The Peterborough Chronicle 1070-1154. London: OUP, 1958.
 ・ Hotta, Ryuichi. The Development of the Nominal Plural Forms in Early Middle English. Hituzi Linguistics in English 10. Tokyo: Hituzi Syobo, 2009.

Referrer (Inside): [2011-04-19-1]

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2011-03-14 Mon

#686. なぜ言語変化には drift があるのか (2) [drift][synthesis_to_analysis]

 昨日の記事[2011-03-13-1]の続きで,言語変化の drift の不可解な性質について.drift という用語は明らかに通時的な次元の用語だが,生成文法家をはじめとする共時言語学者はあくまで共時的な観点から drift の謎を解決しようとしてきた.印欧諸語のたどってきた synthesis から analysis への言語変化の drift は紛れもない事実であり ([2011-02-12-1]) ,現在も同じ流れが続いていると考えられる以上,それを動機づける共時的な規則を見いだすことが言語学者の務めである.しかし,今のところ共時的な立場から説得力のある説明は出されていない.もし共時的な説明を諦めるとすれば,言語は "of its own accord" 「それ自身の力によって」 (Sapir 154) 話者の意識を超えたところで変化を生じさせるという説を受け入れざるを得ない.しかし,言語が話者から独立した有機体であるとする説は,筋金入りの通時言語学者であっても(かつての苦い経験も手伝って)受け入れるのに抵抗が伴うのではないか.『新英語学辞典』でも「今のところ,このドリフトも一つの有力な仮説とみておくほかはない」 (348) ともどかしい口調でこの問題を評している.
 drift に関して Lakoff の論文を読んだ.ラテン語からロマンス諸語への言語変化を中心に,印欧諸語の synthesis から analysis への drift を生成文法の立場から共時的に論じることができるかどうかについて論じている論文である.具体的には,主語代名詞の使用の義務化,定冠詞・不定冠詞の出現,格屈折から前置詞使用への転換,動詞における迂言形の時制・相の発達,助動詞の発達,副詞や比較表現の発達という個別の漂流的変化が,印欧諸語に共通して生じている事実を取りあげている.Lakoff はこれらの変化を synthesis から analysis への変化としてまとめる代わりに,"segmentalisation" (104) として言及している.では,これらの segmentalisation を示す drift をどう解釈すればよいのだろうか.Lakoff は以下のような諸仮説を提示しては排除してゆく.

 (1) synthesis から analysis への変化を言語に普遍的な規則として設定する universal rule 説.しかし,世界の言語を見渡せば逆方向の変化はいくらでもある (104) .印欧語族内ですら,共通ロマンス語時代には迂言的に表現されていた動詞の未来形が後に屈折語尾で表現されるようになったという反例があり,この説は受け入れられない (112) .同様に,人間の心理傾向に基づく同様の universal な仮説も排除される.
 (2) では,少なくとも印欧諸語という限られた範囲においては segmentation は universal rule あるいは "métacondition" と考えることができるのではないか.しかし,そのような metacondition を特徴づけ,動機づけているものが何であるかは依然として不明であり,説得力のある説明とはなりえない.
 (3) 印欧諸語に共通してみられる segmentalisation 傾向は,実はそれぞれ独立して生じたとする説.この場合,不可解な drift を想定する必要はない.しかし,現実的には偶然の一致の可能性はきわめて少ない.
 (4) 不可解であれ何であれ,drift という通時的な力を認めるしかないという説.(結局 drift は謎のままということになる.)
 (5) 現在の共時言語理論ではいまだ扱えない現象だが,理論の発展によりいつかは解決できるはずだと考える説.

 Lakoff の結論の1節を拙訳とともに引用する.Lakoff は (4) と (5) の狭間で揺れているようだ.

Dans cet article j'ai présenté un certain nombre d'exemple de changements qui ne peuvent pas être compris par l'examen des seules règles de la grammaire synchronique. Puisqu'ils ne sont probablement pas universels, on ne peut pas non plus les expliquer en ayant recours à des concepts de meilleure compréhension, ou à d'autres notions pertinentes de psychologie. A quel niveau se situe cette métacondition n'est pas clair du tout : ce n'est ni comme partie de la grammaire ni comme condition universelle des formes des grammaires. Comment une contrainte de changement à l'intérieur d'une famille de langues, une contrainte qui n'est pas absolue mais qui néanmoins est influente, doit-elle être considérée? Le problème n'est pas clair. Mais it n'y a pas d'autre façon de concevoir les choses : ou bien une telle métacondition existe, quelle qu'elle soit, ou bien toutes les langues indo-européennes ont été soumises à une serie extraordinaire de coïncidences. Rien dans l'état actuel de la théorie transformationnelle ne nous permet de caractériser la métacondition ou de la justifier. Si l'on accepte les faits tels qu'ils sont donneés, ou bien une autre explication doit être postulée, ce qui paraît tout à fait improbable, ou bien nous devons accepte l'idée que pour comprendre les changements syntaxiques nous devons arriver à une meilleure compréhension de la théorie syntaxique du point de vue synchronique. (113)

この論文では,共時的な文法の規則のみを調べても理解するのことができない変化の例をいくつか提示した.これらの変化はおそらく普遍的ではないから,理解が容易になるという考え方や他の関連する心理的な概念に訴えかけて説明するとことはもはやできないだろう.この共通条件がどの次元にあるのかは全く不明である.文法の一部としてあるわけではないし,文法形態の普遍的条件としてあるわけでもない.語族内部での変化の制約,絶対的ではないが影響力のある制約とはどのように考えればよいのだろうか.問題は明瞭ではない.しかし,事態を理解するには次のいずれかしか方法はない.それが何であれ,そのような共通条件が存在するのだということ,あるいは,すべての印欧諸語は偶然の異常なまでの連鎖に従っているのだということである.変形理論の現状では,その共通条件を特徴づけたり正当化することはできない.もし所与の事実を認めるということであれば,(まったくありそうにないが)別の説明を提示するしなければならない.あるいは,統語変化を理解するのに共時的な観点から統語理論をよりよく理解しなければならない.


 ・ Sapir, Edward. Language. New York: Hartcourt, 1921.
 ・ Lakoff, Robin. "Regard nouveau sur la <<dérive>>." Langages 32 (1973): 98--114.

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2011-03-13 Sun

#685. なぜ言語変化には drift があるのか (1) [drift][synthesis_to_analysis][grammaticalisation][unidirectionality][teleology]

 言語変化の drift 「ドリフト,駆流,偏流,定向変化」について,本ブログの数カ所で取り上げてきた (see drift) .英語の drift はゲルマン語派の drift を継承しており,後者は印欧語族の drift を継承している.英語史と関連して指摘される最も顕著な drift は,analysis から synthesis への言語類型の変化だろう.これについては,Meillet を参照して[2011-02-12-1], [2011-02-13-1]などで取り上げた.
 なぜ言語に drift というものがあるのか.これは長らく議論されてきているが,いまだに未解決の問題である.言語変化における drift はランダムな方向の流れではなく,一定の方向の流れを指す.しかも,短期間の流れではなく,何世代にもわたって持続する流れである.不思議なのは,言語変化の主体である話者は,言語を用いる際に過去からの言語変化の流れなど意識も理解もしていないはずにもかかわらず,一定方向の言語変化の流れを次の世代へ継いでゆくことである.言語変化の drift とは,話者の意識を超えたところで作用している言語に内在する力なのだろうか.もしそうだとすると,言語は話者から独立した有機体ということになる.論争が巻き起こるのは必至だ.
 drift という用語は,アメリカの言語学者 Edward Sapir (1884--1939) が最初に使ったものである."Language moves down time in a current of its own making. It has a drift." (150) と言っており,あたかも言語それ自体が原動力となって流れを生み出しているかのような記述である.しかし,この言語有機体論に対して Sapir 自身が疑問を呈している箇所がある.

Are we not giving language a power to change of its own accord over and above the involuntary tendency of individuals to vary the norm? And if this drift of language is not merely the familiar set of individual variations seen in vertical perspective, that is historically, instead of horizontally, that is in daily experience, what is it? (154)


 もちろん Sapir は,言語変化がそれ自身の力によってではなく,話者による言語的変異の無意識的な選択によって生じるということを認識してはいる.

The drift of a language is constituted by the unconscious selection on the part of its speakers of those individual variations that are cumulative in some special direction. (155)


 しかし,話者がなぜ後に drift と分かるような具合に,世代をまたいである方向へ言語変化を推し進めてゆくのかは,相変わらず未知のままである.結局のところ,Sapir は drift とは mystical で impressive な現象であるという結論のようである.

Our very uncertainty as to the impending details of change makes the eventual consistency of their direction all the more impressive. (155)


 付け加えれば,Sapir は英語が語彙を他言語から借用する傾向も drift であると考えている.

I do not think it likely, however, that the borrowings in English have been as mechanical and external a process as they are generally represented to have been. There was something about the English drift as early as the period following the Norman Conquest that welcomed the new words. They were a compensation for something that was weakening within. (170)


 最後の "something" とは何なのか.
 言語変化の方向の一定性という問題は,ここ30年の間に grammaticalisation の研究が進んだことによって新たな生命を吹き込まれた.grammaticalisation は言語変化の unidirectionality に焦点を当てているからである.Lightfoot は,これに激しく異を唱えている.もし言語に一定方向の drift が見られると仮定すると,一般に言語史にアクセスできないはずの話者にその原動力を帰すことはできない.とすると,何の力なのか.mystery 以外のなにものでもないではないか,と (International Encyclopedia of Linguistics, p. 399) .
 Sapir 以来,drift の謎はいまだに解かれていない.

 ・ Sapir, Edward. Language. New York: Hartcourt, 1921.
 ・ Frawley, William J., ed. International Encyclopedia of Linguistics. 2nd ed. 2nd Vol. Oxford: Oxford UP, 2003.

Referrer (Inside): [2011-08-11-1] [2011-03-14-1]

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2011-02-12 Sat

#656. "English is the most drifty Indo-European language." [germanic][indo-european][drift][inflection][synthesis_to_analysis]

 英語の文法史において,屈折の衰退の過程は最も大きな話題と言ってよいかもしれない.古英語後期から初期中英語にかけて生じた屈折の衰退により,英語は総合的な言語 ( synthetic language ) から分析的な言語 ( analytic language ) へと大きく舵を切ることになった.
 英語以外のゲルマン諸語でも程度の差はあれ同じ傾向は見られ,これはしばしば drift 「漂流,偏流」と呼ばれる.いや,実は drift は印欧諸語全体に広く観察される大きな潮流であり,ゲルマン諸語に限定されるべき話題ではない.とはいえ,ゲルマン諸語でとりわけ顕著に drift が観察されることは事実である.そして,そのゲルマン諸語のなかでも,英語が最も顕著に drift の効果が見られるのである.
 英語が "the most drifty Indo-European language" であることを示すには,本来は現存する印欧諸語のそれぞれについてどの程度 drift が進行しているのかを調査するという作業が必要だろうが,そうもいかないので今回は権威を引き合いに出して済ませておきたい.

La tendance à remplacer la flexion par l'ordre des mots et par des mots accessoires est chose universelle en indo-européen. Nulle part elle ne se manifeste plus fortement que dans les langues germaniques, bien que le germanique conserve encore un aspect alchaique. Nulle part elle n'a abouti plus complètement qu'elle n'a fait en anglais. L'anglais représente le terme extrême d'un développement: il offre un type linguistique différent du type indo-européen commun et n'a presque rien gardé de la morphologie indo-européenne. (Meillet 191--92)

屈折を語順や付随語で置きかえる傾向は,印欧語では普遍的なことである.ゲルマン祖語はいまだに古風な特徴を保持しているとはいえ,ゲルマン諸語以上に激しくその傾向の見られる言語はなく,英語以上に完全にその傾向が成功した言語はないのだ.英語はある発達の究極の終着点を示している.英語は印欧祖語の型とは異なった言語の型を提示しているのであり,印欧語的な形態論をほとんど保っていないのだ.


 「付随語」と拙訳した des mots accessoires は,Meillet によれば,古英語 ge- などの動詞接頭辞,北欧語の -sk のような再帰代名詞的な動詞につく接尾辞,指示詞から発達した冠詞といった小辞を指す.
 噂と違わず,現代英語は印欧語として相当の異端児であることは確かなようである.もっとも,ピジン英語 ( see [2010-08-03-1] ) などを含めれば,英語よりもさらに漂流的な言語はあるだろう.

 ・ Meillet, A. Caracteres generaux des langues germaniques. 2nd ed. Paris: Hachette, 1922.

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2010-08-31 Tue

#491. Stuart 朝に衰退した肯定平叙文における迂言的 do [emode][syntax][synthesis_to_analysis][inflection][sociolinguistics][scots_english]

 [2010-08-26-1]の記事で見たように,迂言的 do ( do-periphrasis ) は,初期近代英語期に疑問文や否定文を中心に発達してきた.英語史の大きな視点から見ると,この発展は総合的言語 ( synthetic language ) から分析的言語 ( analytic language ) へと進んできた英語の発展の流れに沿っている.
 do, does, did を助動詞として用いることによって,後続する本動詞はいかなる場合でも原形をとれば済むことになる.主語の人称・数と時制を示す役割は do, does, did が受けもってくれるので,本動詞が3単現形や過去形に屈折する必要がなくなるからである.この流れでいけば,疑問文や否定文に限らず肯定平叙文でも do-periphrasis が発達することも十分にあり得たろう.実際に,16世紀には,現代風に強調を含意する用法とは考えられない,純粋に迂言的な do の使用が肯定平叙文で例証されており,do はこの路線を歩んでいたかのようにみえる.
 ところが,[2010-08-26-1]のグラフに示されている通り,肯定平叙文での do の使用は17世紀以降,衰退の一途をたどる.英語史の流れに逆らうかのようなこの現象はどのように説明されるのだろうか.Nurmi ( p. 179 ) は社会言語学的な視点からこの問題に接近した.Nevalainen ( pp. 109--10, 145 ) に触れられている Nurmi の説を紹介しよう.
 ロンドン地域における肯定平叙文での do の使用は,17世紀の最初の10年で減少しているとされる( Nevalainen によれば Corpus of Early English Correspondence のデータから示唆される).17世紀初頭といえば,1603年にスコットランド王 James VI がイングランド王 James I として即位するという歴史的な出来事( Stuart 朝の開始)があった.当時のスコットランド英語 ( Scots-English ) では肯定文での迂言的 do の使用は稀だったとされ,その変種を引きさげてロンドンに都入りした James I と彼の周辺の者たちが,その権威ある立場からロンドンで話される変種に影響を与えたのではないかという.
 この仮説は慎重に検証する必要があるが,言語変化を社会言語学的な観点から説明しようとする最近の潮流に沿った興味深い仮説である.

 ・ Nurmi, Arja. A Social History of Periphrastic DO. Mémoires de la Société Néophilologique de Helsinki 56. Helsinki: Société Néophilologique, 1999.
 ・ Nevalainen, Terttu. An Introduction to Early Modern English. Edinburgh: Edinburgh UP, 2006.

Referrer (Inside): [2011-10-05-1]

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2010-06-04 Fri

#403. 流れに逆らっている比較級形成の歴史 [comparison][hc][synthesis_to_analysis]

 現代英語の文法では,形容詞の比較級は,-er を接尾辞として付加する屈折 ( inflection ) か,more を前置する迂言 ( periphrasis ) かによって形成される.いずれを適用するかについては,例外はあるもののおよその傾向はある.一音節語は原則として屈折形をとり,それ以外の多音節語は原則として迂言形をとる.しかし,二音節語のうち語尾に -y, -ly, -er, -le などをもつものについては屈折形をとることが多いという.実際には両方法ともに可能な語も少なくない.
 Kytö (123) によると,現代英語のこの傾向は16世紀の初めまでにおよそ確立したという.古英語期には散発的な迂言形の例を除いて,すべての形容詞において屈折形が原則だった.13世紀になるとラテン語の影響(おそらくはフランス語の影響よりも強い),そして強調の目的で自発的にも迂言形が生じてきて,中英語期を通じて拡大した.これは,総合 ( synthesis ) から 分析 ( analysis ) へ向かう英語の一般的な言語変化の流れに乗ったゆえとも考えられる.
 しかし,後期中英語から初期近代英語の比較級(と最上級)の分布を Helsinki Corpus で調査した Kytö の研究によると,synthesis から analysis へという全体的な流れに反して,屈折形もかなり粘り強く残ってきたし,語群によってはむしろ復活・拡大してきたという.まとめとして,このように述べている.

The results indicate that while the comparison of adjectives first followed the tendency of English to favour analytic forms as against synthetic, it was the synthetic forms that finally took over during the period when the Present-day usage became established. (140)


 流れに逆らっているように見える比較級形成の歴史はおもしろい.

 ・ Kytö, Merja. " 'The best and most excellentest way': The Rivalling Forms of Adjective Comparison in Late Middle and Early Modern English." Words: Proceedings of an International Symposium, Lund, 25--26 August 1995, Organized under the Auspices of the Royal Academy of Letters, History and Antiquities and Sponsored by the Foundation Natur och Kultur, Publishers. Ed. Jan Svartvik. Stockholm: Kungl. Vitterhets Historie och Antikvitets Akademien, 1996. 123--44.

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2010-06-01 Tue

#400. 言語という鉄を溶かしたり固めたりする温度は何か? [language_change][synthesis_to_analysis][causation]

 先日,英語史の授業で,英語が古英語後期から中英語初期にかけての200年〜300年ほどの短期間に総合的 ( synthetic ) な言語から分析的 ( analytic ) な言語へと言語タイプをほぼ180度転換させたことに触れた.英語の変化は,言語が変化するときにはいかに短期間で劇的に変化しうるかを示す好例である.この大変化の詳しい背景や原因 ( causation ) の仮説については授業で詳しく触れなかったので,なおさら不思議だと思う人が多かったようである.一方で,現代英語にも屈折の残滓がいろいろなところに化石的に見られることもあり,余計に英語の変化の不思議がかき立てられたのではないか.
 ある学生のリアクション・ペーパーに,英語の大変化とそこから漏れ残ってきた屈折の残滓について,次のような感性豊かな比喩表現が用いられていた.

たったの200年足らずで,多くの人々が使う言語がこんなに大変化を起こすなんて,本当に驚いた.そして,三単現の s のように残ってしまったものは不便でも残り続けることが不思議だと思う.一度溶けるとどんな形にも変わり,固まると動きづらい温度によって形を変える鉄のようだと思った.言語にとっての温度は何なのだろう??


 言語変化という鉄を溶かしたり固めたりする温度が何であるかを追究するのが,まさに歴史言語学 ( historical linguistics ) の究極の目的である.個々の言語変化の causation にしろ,言語変化一般の causation にしろ,決定的な要因を見つけ出すということはなかなか難しい.おそらくは多数の複雑な要因が融合してある言語変化が生じてくるのだろうと推測される.歴史的に起こった言語変化も,"the absolute cause" を突き止めることははできなくとも,"some conditioning factors" の見当をつけることくらいはできるだろう.
 言語変化において温度の上げ下げを制御している factors はいったい何なのだろう.それにしてもいい喩えだなあ.この感性,ぜひ欲しい.
 言語変化の causation については,[2009-12-21-1]の記事も参照.

Referrer (Inside): [2010-07-20-1] [2010-07-13-1]

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