この話題は何度かにわたって取りあげてきた ([2010-05-15-1], [2009-07-31-1], [2009-07-30-1], [2009-07-13-1], [2009-07-12-1]) .英語における Norman French と Central French の対応語ペアで,Gachelin の論文で追加的に見つけたものを整理する.現代に残る代表的な語義と,その語義での初出年も合わせて記す.
| NF | CF |
|---|---|
| car 「馬車」 1301 | chariot 「花馬車」 1358 |
| pocket 「小袋」 1350 | pouch 「小袋」 a1325 |
| wage 「賃金」 ?a1300 | gage 「抵当物」 ?a1300 |
| wallop 「ギャロップで走る」 1375-1721 | gallop 「ギャロップで走る」 a1425 |
| wise 「方法,仕方」 OE | guise 「やりかた,流儀」 a1338 |
| convey 「運ぶ」 a1383 | convoy 「同行する」 1375 |
英国史上の最大の出来事である1066年の Norman Conquest については,これまでも様々な形で触れてきた.この事件の名称を日本語でカタカナ表記するとき,「ノルマン・コンクエスト」「ノルマン・コンクェスト」「ノルマン・コンケスト」などの間に揺れがあるようだ.[2010-04-24-1]で紹介した JReK による検索では,「ノルマン・コンクエスト」が圧倒的に多い.しかし,私としては是非とも「ノルマン・コンクェスト」と表記し発音したいと思っている.その理由は,何も /ˈkɒŋkwɛst/ という英語の発音に忠実でありたいからではない.「ノルマン」ときたら「コンクェスト」しかない歴史的な理由がある.
conquest はフランス語からの借用語だが,特にそのノルマン方言 ( Norman French ) から借りてきた語である.このことは <quest> という綴字と /kwɛst/ という発音によって示されている.一方,中央のパリ方言 ( Central French ) での形は,現代フランス語の conquête 「獲得;征服」や conquêt 「取得財産」の綴字
それでは,動詞形の conquer /ˈkɒŋkə/ はどうだろうか.conquest と同様に <qu> という綴字を含むものの,現代英語での第二音節の最初の子音(群)は /kw/ でなく /k/ なので,こちらは Central French の形に由来すると考えてよいだろう.
Norman French と Central French の二重語 doublet に関する話題は[2009-07-13-1], [2009-07-30-1], [2009-07-31-1]を参照.
[2010-03-17-1]の記事で触れたが,法律文書の英語化は非常に緩慢としたプロセスだった.1362年に口頭の訴訟手続きこそフランス語から英語に切り替わったが,法律関係の文書にはまだまだフランス語が使用されていた.実に1731年まで使われ続けたのである.このフランス語は Law French と呼ばれ,Norman Conquest 以来の Norman French がもととなって確立された法律文章語である.
現在でも英語の法律用語の大半がフランス語由来であるのは,上述の歴史に負っている.法律関係の役職名と犯罪名だけをとってみても,英語の法律の世界がいかに French かが分かるだろう.
・ 役職名: advocate 「代言者」, attorney 「代理人」, bailiff 「執行吏」, coroner 「検視官」, counsel 「弁護人」, defendant 「被告」, judge 「裁判官」, jury 「陪審」, plaintiff 「原告」
・ 犯罪名: arson 「放火」, assault 「暴行」, felony 「重罪」, fraud 「詐欺」, libel 「文書誹毀」, perjury 「偽証」, slander 「口頭誹毀」, trespass 「侵害」
また,フランス語の統語では「名詞+形容詞」という語順が普通なので,これを反映した法律関係の句がたくさん存在する.
・ attorney general 「司法長官;法務長官」, court martial 「軍法会議」, fee simple 「単純封土権」, heir apparent 「法定推定相続人」, letters patent 「開封勅許状」, malice aforethought 「予謀の犯意」
英語で法律を勉強するのはものすごく大変そう・・・.
・McArthur, Tom, ed. The Oxford Companion to the English Language. Oxford: OUP, 1992. 591.
Norman French と Central French の方言差については,昨日の記事[2009-07-30-1]を含め,これまでに何度か扱ってきた([2009-07-13-1], [2009-07-12-1]).フランス語の方言差を反映した借用語の2形態が英語へそのまま借用され,結果として英語内で二重語 ( doublet ) が存在する例を見てきた./w/ (NF) と /g/ (CF) の対応については[2009-07-13-1]で触れたが,両方言の音の対応は他にもある.
たとえば,/tʃ/ (NF) と /s/ (CF) の対応を見てみよう.
| NF | CF |
|---|---|
| catch 「捕らえる」 ?a1200 | chase 「追いかける」 ?a1300 |
| launch 「進水させる;発射する;投げつける」 ?a1300 | lance 「槍で突く;投げつける」 ?a1300 |
| NF | CF |
|---|---|
| /w/ | /g/ |
| /tʃ/ | /s/ |
| /k/ | /tʃ/ |
| /eɪ/ | /oɪ/ |
英語の綴り字と発音の乖離についてはこれまでも何度か話題に取りあげたが,gaol /dʒeɪl/ もかなりの問題語である.<a> が後続する環境での <g> が [g] ではなく [dʒ] で発音されるということは,英語の語彙が50万あるといえど,他に思いつかない(もしあったら教えてください).一見すると理不尽なこの状態が生み出された背景には,綴り字と発音は相互に深い関係をもちながらも,本質的には別個の存在であるという事実がある.
gaol 「刑務所」は現代英語ではもっぱら British English で用いられ,しかも古めかしくて形式的な綴り字である.American English では,綴り字と発音の関係としてはより合理的な jail が公式に用いられるし,British English でも略式的にはこちらが用いられる.
この語の歴史をひもとくと,中英語では二つの系列の綴り字と発音が使われていたことがわかる.
(1) gayhol, gayle など <g> で始まる形態
(2) jaiole, jaile など <j> で始まる形態
では,この差は何に起因するか.答えは,この語はもともとフランス語からの借用語だが,借用元であるフランス語の方言が異なっていたということである.フランス語から英語へ単語が借用されるとき,Norman French か Central French のいずれか,あるいはその両方が出所として考えられる([2009-07-13-1], [2009-07-12-1]).
今回注目している語について言えば,上の (1) の系列はフランス語のノルマン方言から,(2) の系列は中央フランス語から英語へ入ってきたと考えられる.いずれも13世紀あたりの出来事であるが,当時は文字通り (1) は [g] で,(2) は [dʒ] で発音されていた.
その後しばらく両系列が併存していたが,発音としては (1) の系列の [g] はいつの頃からか廃れてしまった.しかし,発音と綴り字は別個の存在であるから,(1) の系列の <g> という綴り字だけはどういうわけか今の今まで生き残った.つまり,(1) の系列は,発音としては (2) の系列の [dʒ] に競り負けてしまったが,綴り字だけはかろうじて生き残ったということになる.だが,現代英語での使用状況を考えれば,綴り字も発音も (2) の系列にほぼ軍配があがりつつあると考えてよさそうである.
無念,ノルマンディ.パリにはかなわなかった.
昨日の記事[2009-07-12-1]で,英語の waffle と フランス語の gaufre の対応に言及した.このペアにみられる語頭の子音 /w/ と /g/ の差はフランス語の方言の差に起因する.
1066年のノルマン人の征服を契機に,中英語期だけでも約1万ものフランス語単語が借用された.中英語前期のノルマン王朝の時代に英語に入ってきたフランス借用語は,主にノルマン方言 ( Norman French ) の形態だった.それに対して,中英語中期以降に英語に入ってきた借用語は,中央のパリ方言 ( Central French ) の形態だった.NF と CF には子音や母音の音韻対応があり,そのうちの一つが /w/ と /g(u)/ だった.
waffle と gaufre の例でいえば,前者が /w/ をもつ NF 形,後者が /g/ をもつ CF 形である.同様に,1066年に征服をなしとげてイングランド王として即位した William の名は,フランス語では Guilliaume 「ギヨーム」と発音される.ここでも,前者は /w/ をもつ NF の形態であり,後者は /g/ をもつ CF の形態である.
さて,英語の側は,フランス語の方言間のそんな対応を知ってか知らずか,語源的には同一のフランス単語を別々の時期に,かたや NF から,かたや CF から借り入れたので,両形態が共存する結果となった.このような一対の語を二重語 ( doublet ) という.以下に,/w/ と /g(u)/ の対応を示す二重語のペアを,初出年代とともに挙げよう.添えた日本語訳は現代英語における代表的な意味である.
| NF | CF |
|---|---|
| warden 「番人」 ?a1200 | guardian 「守護者」 1417 |
| warison 「攻撃開始の合図」 ?a1300 | garrison 「駐屯地」 a1250 |
| warranty 「保証(書)」 a1338 | guaranty 「保証(書)」 1592 |
| reward 「報いる」 ?a1300 | regard 「みなす」 1348 |
ベルギーワッフルは日本でも有名だが,本場ベルギーのワッフルはとてつもなく旨い.何年か前にベルギーを訪れたときの話である.ベルギーでは街路にワッフルスタンドが立っており,人々の日常的なおやつだ.熱々のチョコを,熱々のワッフルにかけたものを,熱々のまま口に運ぶときの,あのサクサクフワフワ感は日本ではとても味わえない.もともとはベルギービールとムール貝を楽しみに訪れたのだが,結果的にベルギーワッフルにもはまってしまった.
だが,チョコワッフルはさすがに甘さがくどい.普通の蜂蜜味のほうが好みである.ベルギーワッフルには蜂蜜がマッチするのはなぜか,それは語源を考えるとわかる.waffle は,遠く weave 「織る」と起源を一にする.自然の作り出した織物である web 「クモの巣」はその関連語だし,waffle も本来はもう一つの自然の作り出した織物,すなわち「蜂の巣」の意味を表した.ワッフルには確かに,蜂の巣のような編み目がついている.そう考えると,ワッフルに蜂蜜がマッチしないわけがないのである!
さて,waffle が英語に借用されたのは17世紀であり,中期低地ドイツ語 ( Middle Low German ) からオランダ語 ( Dutch ) を経て入ってきたらしい.ところが,同じ中期低地ドイツ語の形態が,古フランス語のノルマン方言 ( Old Norman French ) を経由して,ずっと早く13世紀末に英語に入ってきていたのである.それが,wafer 「ウェファース,ウエハース」である.なるほど,ウェファースとワッフルは洋菓子としては似ている.蜂の巣さながらの網の目は共通である.
一方,中期低地ドイツ語の形態が標準フランス語 ( French ) へ入った gaufre 「ゴーフル」は,日本語に借用されており,我々にはなじみ深い.
かくして,日本語の「ワッフル」「ウェファース」「ゴーフル」はいずれも一つの語源に遡るわけである.ただ,それぞれがたどってきた言語(方言)が異なるだけである.図にまとめると次のようになるだろうか.

英語では 二重語 ( doublet ),日本語では 三重語 ( triplet ) となっている.
これを知ったあとで,「ワッフル」「ウェファース」「ゴーフル」のうち,どれを食べたくなったろうか?
Powered by WinChalow1.0rc4 based on chalow