[2011-10-27-1]の記事「#913. BNC による語彙の男女差の調査」に関連して,Hirschman による標題の問題を扱った会話分析の古典的研究を紹介したい.
この研究の元となった会話の調査と分析は,1973年の Linguistic Society of America の年次大会で特別セッションにて口頭発表された.その後,発表原稿は半ば行方不明となっていたが,Hirschman の研究は同種の研究の先駆けとして評価されるようになり,いわば口づてにより研究者の間で有名になっていった.皆が Hirschman の研究に言及するようになったものの,その原稿に目を通した者はほとんどいないという幻の研究となっていたのである(Hirschman 自身はその後コンピュータ言語学の分野へと進み,社会言語学の分野から離れたために,自らの研究が同分野で古典的な研究となっていることに気づかずにいたという).ところが,性と言語の分野の研究者 Deborah Tannen が,ある偶然から Hirschman と連絡を取るに至った.そして,最初の発表から20年以上の歳月を経て,古典的研究が正式に論文として Language in Society 誌上に印刷されたのである.
さて,Hirschman の研究は男女各2人,計4人の学生による対話に基づくものである.異なる組み合わせの1対1の対話をそれぞれ10分ずつ録音し,それを転記したものに量的な分析を施した(当時からコンピュータ言語学者であった Hirschman も,当時の環境ではすべて手作業で分析せざるを得なかったという点が時代を感じさせる).4人のみを対象とした各10分ほどの対話の記録であるから,得られるコーパスの量は不十分であり,そこから引き出された分析結果も仮説的なものとならざるを得ない.しかし,Hirschman のすぐれた調査の手法は後の同種の調査のお手本となり,提起された仮説も広く注目を浴びることになった.
Hirschman の主な分析結果をまとめれば次のようになる.
・ 女性どうしの対話では,対話に与えられた時間の95%が実際に対話に費やされたが,男性どうしの対話では76%しか費やされなかった.また,女性の参加する対話では,女性の参加しない(男性どうしの)対話より多くの時間が対話に費やされた.
・ um, uh, ah, like, well, you know, I mean などの "filler" は,男性よりも女性のほうがずっと多く使用した.しかし,女性でも,男女の対話に比べて女性どうしの対話では filler の頻度は低かった.
・ 女性は男性よりも we, you, I を多く用い,she/he, they, someone, person/people を少なく用いた.これは,女性は個人的な経験や感情を語り,男性は物事を抽象的に語るという主観的な印象と合致する.
・ yeah, ok, right, all right などの肯定的応答は同性どうしの対話に,より多かった.肯定的応答の値は,最もよく話す女性が最高値を示し,最もよく話す男性が最低値を示した.すなわち,ここには男女差が反映されている可能性がある.
・ mm hmm の相槌はほぼ女性に限定して用いられた.
・ 対話の遮断は女性どうしの対話において遥かに多く見られた.
・ 女性は相手の議論に同調して対話を進展させる傾向,あるいは相手に質問をして対話を進展させる傾向が見られたが,男性は議論をする傾向が見られた.
以上は,全体として "the role of the female as facilitator of the conversation" (438) を示唆するように思えるが,Hirschman はあくまで冷静に事実を示し,突っ込んだ読み込みはしていない.この辺りの控えめさが,名論とされる所以なのかもしれない.
・ Hirschman, Lynette. "Female-Male Differences in Conversational Interaction." Language in Society 23 (1994): 427--42.
標題の話題を扱った Rayson et al. の論文を読んだ.BNC の中で,人口統計的な基準で分類された,話し言葉を収録したサブコーパス(総語数4,552,555語)を対象として,語彙の男女差,年齢差,社会的地位による差を明らかにしようとした研究である.これらの要因のなかで,語彙的変異が統計的に最も強く現われたのは性による差だったということなので,本記事ではその結果を紹介したい.
まず,以下に挙げる数値の解釈には前提知識が必要なので,それに触れておく.BNC に収録された話し言葉は志願者に2日間の自然な会話を Walkman に吹き込んでもらった上で,それを書き起こしたものであり,その志願者の内訳は男性73名,女性75名である.会話に登場する志願者以外の話者についても,女性のほうが多い.したがって,当該サブコーパスへの参加率でいえば,全体として女性が男性よりも高くなることは不思議ではない.
しかし,その前提を踏まえた上でも,全体として女性のほうがよく話すということを示唆する数値が出た.使用された word token 数でいえば,男性を1.00とすると女性が1.51,会話の占有率では,男性を1.00とすると女性は1.33だった.男女混合の会話では男性のほうが高い会話占有率を示すとする先行研究があるが,BNC のサブコーパスでは女性同士の会話が多かったということが,上記の結果の背景にあるのかもしれない.いずれにせよ,興味深い数値であることは間違いない.
次に,より細かく語彙における男女差を見てみよう.男女差の度合いの高いキーワードを抜き出す手法は,原理としては[2010-03-10-1], [2010-09-27-1], [2011-09-24-1]の記事で紹介したのと同じ手法である.男性コーパスと女性コーパスを区別し,それぞれから作られた語彙頻度表を突き合わせて統計的に処理し,カイ二乗値 (χ2) の高い順に並び替えればよい.以下は,上位25位までの一覧である (136--37) .
| Rank | Characteristically male | Characteristically female | ||
| Word | χ2 | Word | χ2 | |
| 1 | fucking | 1233.1 | she | 3109.7 |
| 2 | er | 945.4 | her | 965.4 |
| 3 | the | 698.0 | said | 872.0 |
| 4 | year | 310.3 | n't | 443.9 |
| 5 | aye | 291.8 | I | 357.9 |
| 6 | right | 276.0 | and | 245.3 |
| 7 | hundred | 251.1 | to | 198.6 |
| 8 | fuck | 239.0 | cos | 194.6 |
| 9 | is | 233.3 | oh | 170.2 |
| 10 | of | 203.6 | Christmas | 163.9 |
| 11 | two | 170.3 | thought | 159.7 |
| 12 | three | 168.2 | lovely | 140.3 |
| 13 | a | 151.6 | nice | 134.4 |
| 14 | four | 145.5 | mm | 133.8 |
| 15 | ah | 143.6 | had | 125.9 |
| 16 | no | 140.8 | did | 109.6 |
| 17 | number | 133.9 | going | 109.0 |
| 18 | quid | 124.2 | because | 105.0 |
| 19 | one | 123.6 | him | 99.2 |
| 20 | mate | 120.8 | really | 97.6 |
| 21 | which | 120.5 | school | 96.3 |
| 22 | okay | 119.9 | he | 90.4 |
| 23 | that | 114.2 | think | 88.8 |
| 24 | guy | 108.6 | home | 84.0 |
| 25 | da | 105.3 | me | 83.5 |
フィギュアスケートの実況などで女性コメンテーターが Gorgeous! と感嘆するのを聞くことがある.また,イギリス留学中にまだ赤ん坊だった私の娘の髪型を指して,お世話になっていたイギリス人女性が Gorgeous! と口にしていたのを覚えている.「ゴージャス」は日本語にも借用されており「華麗な,豪華な」という意味で定着しているが,日本語では賞賛を表わす叫びとしては用いないと思うので,上記の英語表現を聞くと用法が違うのだなと気づく.OALD7 によると,形容詞 gorgeous の第1語義は以下の通りである.現在では「素敵な」の語義が主要な使い方になっているようだ.
1. (informal) very beautiful and attractive; giving pleasure and enjoyment
形容詞 gorgeous はフランス語の gorgias "fine, elegant" からの借用で,一説によると語幹の gorge が "bosom, throat" であることから "ruff for the neck" 「首を飾るのにふさわしいひだ襟」と関連づけられるのではないかとされている.別の説ではギリシャの修辞家で贅沢品を好んだという Gorgias (c483--376BC) に由来するともされ,真の語源は詳らかでない.OED によるとこの語は15世紀終わりから用いられており「華麗な,豪華な」という語義が基本だったが,賞賛を表わす口語表現としての用法が19世紀後半から現れ出す.ただし,口語表現としての用法が一般化したのは20世紀に入ってからであり,とりわけポピュラーになったのは20世紀も後半から21世紀にかけてのことではないかと疑われる.
そう考える根拠の1つは,20世紀前半の辞書をいろいろと調べたわけではないが,例えば Webster's Revised Unabridged Dictionary (1913 + 1828) で調べる限り,gorgeous のエントリーに口語的な表現に対応する語義が与えられていない.
もう1つの根拠は,BNCWeb で gorgeous の頻度の統計を取ってみた結果である.いくつか興味深い結果が出た.まず明らかなのは,"informal" というレーベルから当然予想されるとおり,この語は書き言葉よりも話し言葉で頻度が顕著に高いことである.100万語中の出現頻度は,書き言葉で4.8回に対して話し言葉で17.39回である.話し言葉に限定して分布を調べたところ,特に会話文で頻度の高いことが分かった.
そして,何よりもおもしろいのは使用者の性別と年齢の分布である.gorgeous は100万語中,男性には8.89回しか用いられていないが,女性には34.64回も使われている.複数の英和辞書,英英辞書を引き比べて「主に女性語・略式」としてレーベルが貼られているのは『ジーニアス英和大辞典』だけだったが,これほど男女差が明らかであれば他の辞書でも「女性語」のレーベルが欲しいところだ.また,使用者の年齢としては24歳以下が圧倒的である.BNC が代表する20世紀後半のイギリス英語の話し言葉に関する限り,gorgeous は若年層の女性にとりわけポピュラーな表現ということが分かる.一般にはあまりこの語を用いない男性も,若年層に限っては使用頻度が比較的高いという結果も出た.全体として,gorgeous の使用はここ1〜2世代の間に使用が拡大していると考えられそうである.
より細かく調査する必要はあるが,以上の情報から判断する限り gorgeous の用法がまさに目の前で変化しているということになる.口語的な賞賛の表現は19世紀末から徐々に発達してきたが,ここ数十年で若年層女子の使用によってブレイクし,それが若年層男性にも拡がりつつある.今後は他の年齢層にも及んできてますますポピュラーになるかもしれないし,一時の流行表現としてしぼんでいくかもしれない.
今後,この用法の行方を見守っていきたい.私も機会があったら(性別・年齢不相応気味に) That's gorgeous! と叫んでみることにしよう.
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