[2009-11-08-1]で Shakespeare の二重比較級 ( double comparative ) の使用について触れた.近代英語期の文法を語るときに,worser などの二重比較級 がよく話題に取りあげられる.しかし Nevalainen に触れられている Kytö and Romaine の研究によると,実際のところ二重比較級の頻度は比較級全体の 1% にすぎないという.現代標準英語の視点からすると珍しい現象であるがゆえに,実際以上に評価されてしまう例だろう.
現代標準英語では,二重比較級はなおさら少ない---というよりも,誤用である.だが,注記すべき例外が二つある.一つは[2009-11-08-1]でも触れた lesser である.もう一つは,lesser よりも気づきにくいものの,頻度はいくぶん高いと思われる nearer である.near はそれ自体が歴史的には比較級であり,-er 語尾を付加した nearer は,すなわち二重比較級ということになる.
古英語では,対応する形容詞・副詞の原級は nēah だった.そして,比較級が nēara,最上級が nīehsta だった.これらは,それぞれ形態的には現代英語の nigh, near, next に対応している.
near は,このように本来は比較級だったが,中英語初期から原級として解釈されるケースが出てきた.この解釈は,例えば現代英語でも come near と come nearer が語用論的にほぼ同義となり得ることから理解できよう.同様の発達は,中期オランダ語の naer にも観察されるという.
16世紀には,本来の比較級としての near の用法もいまだ見られたが,新しい比較級として nearer が現れ出し,以降,比較級としての near は徐々に衰退していった.こうして,near は原級として生まれ変わった.
結果として,現代英語には,古英語の形容詞・副詞 nēah に由来する二系列の比較級・最上級が併存することとなった.旧式の系列では,原級の nigh は古風であり,比較級の near は廃用となっており,最上級の next は「最も近い」から「次の」へと意味が限定されている.意味的,語法的に有標 ( marked ) の系列といっていいだろう.
一方,新式は味も素っ気もない無標 ( unmarked ) の系列である.生まれ変わった原級としての near に規則的に -er, -est が付加され,規則的な比較級と最上級の意味「より近い」「もっとも近い」を表すのみである.
まとめると以下のようになる.
| 旧式(有標) | nigh (古風) | near (廃用) | next (「次の」) |
| 新式(無標) | near | nearer | nearest |
私は Shakespeare を専門とする者ではないが,英語史を研究していると Shakespeare にはいろいろなところでお世話になる.Shakespeare ともなればウェブ上の情報源はそれこそ無限に等しいものと思われるので,参照に便利なようにコメント付きで少数のリンクにまとめてみた.
・Open Source Shakespeare: http://www.opensourceshakespeare.org/
テキスト参照と検索に便利.advanced search も可能.検索結果の出力も見やすい.全体的に使いやすいインターフェース.
・The Complete Works of William Shakespeare: http://shakespeare.mit.edu/
HTML版の標準的 Shakespeare 全集.Title, Act, Scene がわかっている場合に参照しやすい.
・The Collected Works of Shakespeare: http://www.it.usyd.edu.au/~matty/Shakespeare/
HTML版の標準的 Shakespeare 全集.特にこちらの検索機能が有用.
・Mr. William Shakespeare and the Internet: http://shakespeare.palomar.edu/sitemap.htm
ハブサイト.ここを中心として,Shakespeare の世界へ飛べる.膨大なサイトなのであえてサイトマップへのリンク.
・Links to HTML Complete Works Sites: http://shakespeare.palomar.edu/works.htm#Collected
その他の HTML 化されたテキストへのリンク集.
・Shakespeare Search Tools: http://shakespeare.palomar.edu/searching.htm#Shsearch
その他の検索ツールへのリンク集.glossary へのリンクもあり.
試みに,上記の Open Source Shakespeare の検索により,worse と worser の使用頻度を調べてみた.worser はいわゆる二重比較級 ( double comparative ) の形態で,16〜17世紀に特によく用いられたとされている.
検索の結果,worse が178例,worser が21例.例文をみてみると,worser は Our worser thoughts や the worser part of it などのように限定的用法の形容詞として用いられる傾向が強い一方で,worse は単独で用いられる傾向があるとわかる.これは,現代英語に標準用法として存在する二重比較級である lesser がもっぱら限定的用法で用いられるのに対応している.
などなど,ちょっとした発見が得られる.
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