昨日の記事「#974. 3人称代名詞の主格形に作用した異化」([2011-12-27-1]) で,子音を違えるという異化作用によって homonymic clash を回避した可能性について論じたが,それは3人称代名詞の主格に限っての議論だった.では,斜格はどうだったかというと,状況は異なっていた.
3人称複数代名詞の th- 形の受容のタイミングが格により異なっていたことは,英語史上,よく知られている.複数主格形 they の受容は初期中英語だが,斜格形の their や them などは後期中英語の Chaucer でも一般的ではなかった.そして,この受容の時間差は,通常,頻度の差と関係していると説明される.主格は斜格に比べて使用頻度が高く,それだけ区別する必要性も大きい.homonymic clash を回避すべき機会が多い分,主格のほうが早く刷新形を受け入れた,というわけだ.
主格と斜格の頻度の差による説明は,3人称複数の th- 形についてなされるのが普通だが,同じ議論は3人称複数以外の代名詞形態についても適用できそうだ.古英語の人称代名詞体系では,昨日取り上げた主格だけではなく,斜格においても homonymy がみられた.例えば,Late West-Saxon 方言の標準的なパラダイム ([2009-09-29-1]) に従えば,his は男性単数属格かつ中性単数属格,him は男性単数与格かつ中性単数与格かつ複数与格,hīe は女性単数対格かつ複数対格であり,衝突の機会は確かにあった.近代英語以降の観点からみれば,結論としてはこれらの衝突も回避されたことになるが,これら斜格での刷新形の受容のタイミングは,主格に比べれば遅かったようである.一例として,中性単数属格の his が its に置換されたのは,[2009-11-11-1]の記事「#198. its の起源」で見たとおり,近代英語になってからだ.
斜格では,中英語期に対格と与格の融合 (syncretism) という一大変化が進行しており,単純に主格の発達と比べることはできない.斜格は,主格にみられるような異化作用によってではなく,格の融合によってそのパラダイムを再編成したといってしかるべきだろう.とはいえ,やはり主格に比べれば衝突が許容されやすい傾向,換言すれば刷新形の受容が(あったとすればの話しだが)遅れる傾向は強いといえそうだ.その際に考えられる理由は,やはり頻度の差ということ以外には考えつかない.
古英語から中英語にかけての時代は,3人称代名詞体系が大変化を被った時代である.古英語では3人称代名詞は一貫して h で始まる形態を保持しており,性・数・格の区別は主として h に後続する母音によってなされていた.his, him, hīe, hit などの同音異義 (homophony) は確かに存在したが,体系に異変を生じさせるほどの問題とはなっていなかった.(古英語,中英語,現代英語の人称代名詞体系の比較には,##155,181,196 を参照.)
ところが,中英語期に近づくと,母音の水平化が進行し,特に主格形において homophony が顕著になってきた.古英語の男性単数主格 hē,女性単数主格 hēo,複数主格 hīe が,母音の区別の曖昧化により,いずれも he のような形態へと収斂してしまう機会が増えてきたのである.方言によっては最小限の母音の区別が保たれ,h- 形の保たれた場合もあるが,北部方言を代表とする多くの方言では,同音異義衝突 (homonymic clash) を避けるかのように,刷新形を受け入れていった.このようにして,現代英語の分布である男性単数主格 he,女性単数主格 she,複数主格 they の原型が作られた.
以上の homonymic clash 回避の議論は,[2011-04-10-1]の記事「#713. "though" と "they" の同音異義衝突」や[2011-06-28-1]の記事「#792. she --- 最も頻度の高い語源不詳の語」でも触れた.今回新たに考えたのは,衝突の回避とは,形態的な区別を明確化する言語変化として,広く異化 (dissimilation) の問題とも捉えられないかということである.男性単数主格の h-,女性単数主格の sh-,複数主格の th- に加え,中性単数主格が古英語形 hit から h を落としていったことも注目すべきである([2010-08-07-1]の記事「#467. 人称代名詞 it の語頭に /h/ があったか否か」を参照).結果的に,互いの語頭子音(の有無)で明確に区別されるようになったのがおもしろい.
かつては一律に語頭子音 h- をもち,主として後続する母音によって区別していた性や数が,今やむしろ語頭子音を違えることで明確に区別されるようになったというのだから,言語変化は不思議だ.後からみれば,音韻変化によって崩れかけた3人称代名詞体系が異化作用によって崩壊を逃れたかのようである.言語体系の治癒力 (therapeutic power) というものを想定したくなる言語変化の事例だろう.
昨日の記事[2010-01-10-1]で確認したように,ある音の連続とある(漠然とした)意味が緩やかに結びついてカプセル化されている例は多数ある.音素 ( phoneme ) より大きく,形態素 ( morpheme ) より小さいこの単位は phonaestheme とでも呼ぶべきものだが,Bloomfield (245) は root-forming morpheme という用語をあてがっている.
Bloomfield の見方では,flicker, glimmer などの -er 語尾は,形態音韻論的に,brother, river などの語根に埋め込まれた -er と区別されるばかりか,rather, reader などの接尾辞とも明確に区別されるという.flicker, glimmer などに見られる phonaestheme と考えられる -er は,直前の形態素が /r/ を含む場合には現れ得ないという.逆に,brother, river, rather, reader などに見られる phonaestheme ではない -er は,直前の形態素が /r/ を含んでいてもかまわない.
同じことが,phonaestheme としての -le 語尾についてもいえる.直前の形態素が /l/ を含んでいる場合に,-le 語尾が現れることはないという.Bloomfield (245) が挙げている例によれば,brabble 「口論する」や blabber 「口の軽い人」は英語として許容される phonestheme の分布であり,実際に正規の語として存在するが,一見するとあってもおかしくない *brabber や *blabble は存在しない.
ここで思い出すのは,[2009-07-26-1], [2009-07-09-1]で話題にした dissimilation 「異化(作用)」である./r/ と /l/ は音声学的にはともに流音 ( liquid ) であり,日本語母語話者の耳ならずとも,似ている音である.全く同じ音が短い間隔で連続すると,発音上ろれつが回らないという結果になるので,あえて少しだけ音を替えるということが生じる.例えば,同一語内に /r/ が二回現れる場合には,二つ目の /r/ を /l/ に替える,などといったことが起こりうる.brabble や blabber はこの dissimilation でみごとに説明される.
一般に,dissimilation は単発的な例を説明する後付けの原理であり,言語変化論でも陰のうすい話題である.実際,brother, river など多くの語では働いていないわけであり,一般性の薄さは明らかである.だが,phonaestheme としての -er や -le には分布上のルールがあり,「構造」をもつ独立した単位として他の -er や -le と区別すべきだという Bloomfield の立場は,日陰の存在たる dissimilation にとっては朗報である.「phonaestheme が含まれる語においては dissimilation が特に生じやすい」などという形で,形態音韻論規則(というほど強力なものではないかもしれないが)に取り込まれ,立場が明確になるからである.「単発じゃない,ランダムじゃない,地味だけどオレはいつもここにいるよ」的な叫びが聞こえてきそうである.
ライバルの assimilation 「同化(作用)」が比較的日の当たる存在であるだけに,dissimilation を救ってあげようという趣旨での記事でした.
・Bloomfield, Leonard. Language. Rev. ed. London: George Allen & Unwin, 1935.
[2009-12-29-1]の記事で,女性着は「レディース」か「ウィメンズ」かという問題に触れた.頻度としては「レディース」のほうが圧倒的だが,「ウィメンズ」を用いることの効用として,(1) 「メンズ」と韻を踏むので対比が強調されること,(2) 珍しいので広告的価値があること,が考えられる.特に (1) は,あえて「メンズ」と類似する形態を用いることがポイントであり,一種の同化作用 ( assimilation ) が働いているといえる.「ウィ」の有無という一点により女性着か男性着かの区別が付けられるようになり,言語表現の産出 ( production ) という観点からは,負担が少なくすむ.
だが,言語表現の知覚 ( perception ) という観点からは,「ウィ」の有無のみに依存する差異というのは心許ない.「ウィ」の発音が弱かったり,周囲の雑音にかき消されたりする場合,そこだけに依存しているがゆえに,「メンズ」との区別が明確になされない,あるいは「メンズ」として誤解される危険がつきまとう.産出する側は「ウィ」の有無を意識的に制御するだけで区別がつけられるので利点は大きいが,知覚する側にとってはむしろ聞き間違えるというリスクが大きい.知覚の観点からは,「メンズ」と音声的・形態的に一致するところのない「レディース」を使ってもらった方が,聞き間違える心配がないのである.この場合,あえて異なる形態を用いて差異を明確にする異化作用 ( dissimilation ) が働いていることになる.
言語表現を楽に産出しようとすれば,脳や口の回転の少ない,互いに似通った形態が好まれる.ここでは,いきおい assimilation の作用が優勢となる.一方,言語表現を知覚する立場からすると,あまり似通った形態ばかりだと,意味上の区別がつけられない,コミュニケーションが阻害される,といった弊害が生じることになる.効果的な知覚のためには,言語表現は互いにできるだけ異なっていたほうがよい.ここでは,いきおい dissimilation の作用が優勢となる.しかし,言語コミュニケーションにおいて産出と知覚は常にペアであり,一方を他方より優先させるわけにはいかない.
assimilation と dissimilation は互いに緊張関係にあり,綱引きをしあっている.この二つの作用が綱引きをしているという比喩は,言語変化についても言える.釣り合いを保とうとする天秤がシーソーのように上下して,なかなか静止しないのと同様に,言語変化においても二つの力が常に作用しているために,なかなか静止しない.言語が変化せずにいられないのは,一つには assimilation と dissimilation が永遠の綱引きを競っているからである.
24日夜に九州北部を襲った集中豪雨は,梅雨前線に湿気を含んだ暖かい空気が流れ込む込むことにより,テーパリングクラウド ( Tapering Cloud ) が発生したためだという.Tapering Cloud は日本語では「にんじん雲」とも呼ばれ,新聞の解説によると「積乱雲の上部が,強い空気の流れで風下に広がった結果,風上側が細く,風下側が広がったように見える雲」のことを指すという.
taper の動詞としての意味は「次第に細くなる,先細になる」であり,逆三角形の雲を指し示すには的確である.名詞としては「先細のロウソク,灯芯,弱い光(を放つもの)」の意味があるが,英語史的にはむしろ名詞用法の方がずっと古く,古英語から使われている.動詞用法は16世紀からと新しい.
taper の英語での最も古い意味は「ロウソク」であるが,ロウソクの芯に紙を用いたことから語源的には paper や papyrus と関係があるらしい.paper では /p/ 音が連続して発音しにくいということで,最初の /p/ を /t/ と異化 ( dissimilation ) させたというわけである[2009-07-09-1].異化の基本的な考え方は,全く同じ音が単語内で連続すると発音しにくいので,一方を少しだけ異なった音に変えるということである./p/ と /t/ は調音点こそ両唇か歯茎かで異なるが,両方とも無声閉鎖音なので,音声的には確かに遠くはない[2009-05-29-1].だが,/p/ と /t/ の異化の例が他にあるのかどうかは不明であり,やや胡散臭い説明のような気はする.とはいっても,代案を示せないので,今のところはこの異化による説を受け入れておきたい.
ちなみに,paper と papyrus は見て分かるとおり,語源を一にする二重語 ( doublet ) である[2009-07-13-1][2009-07-12-1].パピルスの産地だったエジプトの言語を起源とし,ギリシャ語,ラテン語を経由して英語に入った(前者はさらにフランス語も経由した).
英語史という分野は,英語学のなかでも「先鋭」的 ( taper off ) な分野だと信じているが,世間的には比較的マイナーな分野なので「じり貧」( taper off ) にならないよう,本ブログでも引き続き広めていきたい.
・気象衛星センターによるテーパリングクラウドの解説: http://mscweb.kishou.go.jp/panfu/product/pattern/tapering/index.htm
日本人の苦手とする発音のペアの代表選手として [r] と [l] がある.rice と lice が同じ発音になったり,I love you が I rub you になったりという報告が絶えない.そもそも,日本語には,両者に音素としての区別がないのだから,間違えても仕方がないともいえる.「仕方ない!」と開き直ってもよい理由を二つ挙げてみよう.
一つ目は,そもそも [r] と [l] は音声学的に似ている音である.決して日本人の耳や口が無能なわけではない,音として間違いなく似ているのだ.この二音は「流音」と呼ばれ,ともに舌先と歯茎を用いて調音される.前後の音と合一して,母音のような音色に化ける点でも似ている.これくらい似ているのだから,間違えても当然,と開き直ることができる.
二つ目は,[r] と [l] を使い分けている話者,例えば英語の母語話者ですら,両者を代替することがあった.一つの語のなかに [r] が二度も出てくると,口の滑らかな話者ですら舌を噛みそうになる.その場合には,ちょっと舌の位置をずらしてやるほうが,かえって発音しやすいということもありうる.そんなとき,一方の [r] を [l] で発音してはどうだろうか,あるいはその逆はどうだろうか,などという便法が現れた.発音の都合などによって,もともと同音だった二つの音が,あえて異なる音として発音されるようになることを「異化(作用)」 ( dissimilation ) という.
異化の具体例を見てみよう.pilgrim 「巡礼者」は,<l> と <r> を含んでいるが,語源はラテン語の peregrīnum 「外国人」である.一つ目の <r> が異化を起こして <l> となり,それが英語に入った.関連語の peregrine 「遍歴中の」は異化を経ていず,いまだに二つの <r> を保っている.
同様に marble 「大理石」も,ラテン語では marmor と <r> が二つあった.13世紀末に英語に入ってきたときには <r> が二つの綴りだったようだが,二つ目の <r> が <l> へと異化した綴りも早くから行われたようである.(二つ目の <m> が <b> へ変化したのは同化(作用)によるが,説明省略.)
上で示したように,[r] と [l] は,音声的に近いだけでなく,ふだん使い分けをしている話者ですら,異化作用によって両音を交替させ得たほどに密接な関係なのである.
これで,もう自信をもって /r/ と /l/ を間違えられる!?
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