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deixis - hellog〜英語史ブログ

最終更新時間: 2012-05-22 15:54

2012-01-26 Thu

#1004. this Sunday は前の日曜日か今度の日曜日か [demonstrative][deixis][determiner][japanese]

 [2012-01-24-1]の記事「#1002. this の不定指示形容詞としての用法」で取り上げた this の用法に関する質問とは別に,this について,もう一つ違う観点から質問が寄せられていた.this は非過去指向という理解でよいか,という質問である.
 this の中心的な語義として「目の前にある」が想定できそうだが,そうすると確かに時間的には現在か未来を指示すると考えるのが自然だ.that time に対する this time など,thatthis の対比表現によっても,「that = 過去」「this = 非過去」という等式の想定が容易になっている.
 しかし,this が過去を指示することは皆無ではない.標題の this Sunday は,単独では「来たる日曜日」と未来を指すものと解釈する向きが強いが,月曜日に直前の週末の出来事を語っているという文脈では,普通に用いられる.this weekend, this summer なども同様である.要するに,話者がより近いと感じている方の端点に this の矢印が向くのであり,その限りでは this が過去を指示することもある.同じ未来の一点を指す場合でも,this Sunday のほうが next Sunday より近接感があるとされるから,this の選択は時間軸上の向きにもまして,心理的な距離の近さが効いていることがわかる.上記の点では,日本語の「この日曜日」「この週末」「この夏」もまったく同じ使い方である.
 さて,日英の 近称指示代名詞「この」と this は,いずれの言語の deixis 体系においても,歴史的に比較的用法が安定している.一方,近称 this に対応する遠称 that は,[2009-09-30-1]の記事「#156. 古英語の se の品詞は何か」で触れたように,古英語決定詞 se からの分化であり,形態と機能の歴史はやや複雑だ.同様に,古代日本語でも,近称コ系列に対して中称ソ系列や遠称ア系列(あるいはカ系列)の位置づけは安定していない.奈良時代にはカ系列がほとんど例証されないことから,コとソの2系列だったとする説もあるし,ソ系列に現場指示(指さし)用法が発達したのは中古,本格的には中世だったことから,古代にソ系列を想定しない説もある(高山・青木,pp. 151--52).付け加えれば,フランス語の指示代名詞の deixis 体系 (遠近で区別のない ce のみ)も,ラテン語要素から歴史的に発展してきたものである.各言語の deixis の歴史的発展を対照的に研究するのもおもしろそうだ.

 ・ 高山 善行,青木 博史 編 『ガイドブック日本語文法史』 ひつじ書房,2010年.

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2012-01-25 Wed

#1003. Chaucer の特殊な this の用法,2種 [demonstrative][pragmatics][chaucer][deixis]

 昨日の記事「#1002. this の不定指示形容詞としての用法」 ([2012-01-24-1]) に関連して,this の読みひとつをとっても奥が深いことを実感した.日本語の「こそあど」もそうだが,deixis の関与する語句の語用論は実に複雑だ.
 指示形容詞としての this には,現代英語でも様々な用法がある.中英語ともなれば,語用論的な含意は,ますます直感的にはとらえにくくなるし,そもそも含意があることに気付くことすら難しい.今回は,Horobin (94--96) より,Chaucer に見られる語用論的に興味深い this の用法,2種をのぞいてみたい.
 一つ目は,人物名詞や名前に先行して this が用いられる場合で,「例の,くだんの」ほどの意を表わし,機能としては定冠詞に近い.Mustanoja (174) によれば,定冠詞に近い this の用法は古英語から見られるもので,"mainly a feature of vivid, colloquial, and often chatty style" として Chaucer や Gower でよく見られるとしている(口語的であるという点が,昨日の this の特殊用法と比べられる).確かに,口語色の強い The Miller's Tale で,"This Absolon", "This parissh clerk, this amorous Absolon", "this joly lovere Absolon" など,登場人物の名前に添えて使われる例が目立つ.ほかには,The Knight's Tale で,2人の騎士 Palamon と Arcite の描写が節ごとに交互に繰り返される部分では,各節の冒頭に "This Palamon", "This Arcite" などと this を添えることで,当該の節がどちらの騎士についての描写なのかを明示する談話上の役割が確認される.いずれの場合にも,this は単に定 (definiteness) を表わすだけの機能にとどまらず,追加的に談話上の役割を担っている.
 二つ目として,話者の "a contemptuous or patronizing attitude" (Horobin 96) を含意するという this の用法がある.以下は,語り手である Franklin が,主人公 Dorigen が夫の留守を嘆き悲しむ激しさを評して,「女というものは・・・」と,軽蔑交じりに述べている箇所である.

For his absence wepeth she and siketh,
As doon this noble wyves whan hem liketh. (F817--18)


 類例として,同じく The Franklin's Tale より.

'Go we thanne soupe,' quod he, 'as for the beste.
Thise amorous folk somtyme moote han hir reste.' (F1217--18)


 あたかも,いったん対象との心理的距離を縮め,身近に引きつけておいてから,突き放す(軽蔑する)という感じだろうか.両方の例で,this が共通して総称的に使われているのが気になるところだ.
 Chaucer の上記の2用法と,昨日取り上げた現代英語の this の用法との関連は不明だが,口語性,話者の心理的な引きつけという点では漠然とつながりそうだ.広い意味で,this の deictic な働きは,中英語より連綿と受け継がれているといえるだろう.

 ・ Horobin, Simon. Chaucer's Language. Basingstoke: Palgrave Macmillan, 2007. (esp. pp. 105--07.)
 ・ Mustanoja, T. F. A Middle English Syntax. Helsinki: Société Néophilologique, 1960.

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2012-01-24 Tue

#1002. this の不定指示形容詞としての用法 [demonstrative][pragmatics][deixis]

 this の用法についての質問が寄せられた.NHKラジオ講座で,Tetsu と Joyce の次の会話が現われたという(赤字は引用者).

T: You're grinning from ear to ear, Joyce.
J: Tetsu, things are looking up!
T: Really? What's going on?
J: Remember that guy I was telling you about?
T: The new guy who works in your office?
J: Yes! He asked me out to dinner!
T: Excellent! Where's he taking you?
J: We're going to this unique hamburger joint.
T: But aren't you a pescetarian?
J: Not anymore!


 8行目の Joyce の発話にある this がここでの問題である.ここでの文脈を考えても,ハンバーガー店は近辺にないようだ.また,かつてこの2人が行ったことがある店であるという様子でもない.また,このスキットは1回読み切りで,前後の回との関連もない.
 結論からいえば,この this は,Joyce が念頭にある特定の「すごいハンバーガー屋さん」を内面化し,心理的距離が近いものとしてとらえているために発せられた this だろう.聞き手の Tetsu にとっては,具体的にどの店を指しているのかはわからないはずである.不定冠詞 a や,もっといえば a certain に近い用法だが,話者の内面化の事実が強調されている点で,勢いが感じられる.(この趣旨の読みで間違いないことは,英語母語話者の同僚に確認を取った.)
 この用法は,通常,辞書にも記載されており,珍しくはないが,日本語母語話者には感覚がつかみにくい.各学習者英英辞書の記載を,用例とともに比べてみよう.

OALD8:
6 (informal) used when you are telling a story or telling sb about sth
 ・ There was this strange man sitting next to me on the plane.
 ・ I've been getting these pains in my chest.

LDOCE5:
(SPOKEN PHRASES)
6. used in stories, jokes etc when you mention a person or thing for the first time:
 ・ I met this really weird guy last night.
 ・ Suddenly, there was this tremendous bang.

LAAD2:
4. spoken used in conversation to mean a particular person or thing, especially when you do not know their name:
 ・ Then this girl came up and kissed him on the lips.
 ・ When am I going to meet this boyfriend of yours?

Macmillan English Dictionary for Advanced Learners, 2nd ed.:
9 used for referring to a particular person or thing SPOKEN used in a story or a joke when you mention a person or thing without giving a name
 There was this big guy standing in the doorway.

MWALED:
5 --- used to introduce someone or something that has not been mentioned yet
<We both had this sudden urge to go shopping.>
◇This sense of this is often used to produce excitement when telling a story.
<I was walking down the street when this dog starts chasing me. [=when a dog started chasing me]>
<Then these two guys come/came in and start asking her questions.>


 最後の MWALED の記述がほかよりも丁寧だろうか.全体的に言えることは,口語のくだけた文脈で,いきいきした表現を生み出すために,この this が使われているようだ.「物語風の描写」「具体的な名前は挙げずに」「興奮して」という要素を取り出すことができるが,これは,話し手のよく知っている(内面化している)ことを,聞き手には半ば謎めいたままに提示するという結果を生み出している.以上より,当面,この用法を「話し手の一方的な内面化」用法と呼んでおきたい.一般の英英辞書の記述も参考までに挙げておこう.

Web3:
1. f : being one not previously mentioned <I was waiting for the bus and this old man came along and asked me for a dime> <gave me a light from this big lighter off the table---J. D. Salinger>

American Heritage, 4th ed.
4. Informal Used as an emphatic substitute for the indefinite article: looking for this book of recipes.

SOED:
B. 1. d (In narrative) designating a person or thing not previously mentioned or implied, a certain. colloq. E20.


 最後の SOED の記述によると,20世紀前期からの口語用法ということになり,かなり新しい.もう少し歴史を調べようと,OED を引いてみると,II. Demonstrative Adjective. の 1. d. の語義が SOED のものに近そうだが,厳密に対応しているわけではない.したがって,歴史的な詳細は不明のままだ.中英語まで遡りうるかどうかと思い,MED"this" (adj.) を参照したが,対応する例はなさそうだ.

Referrer (Inside): [2012-01-26-1] [2012-01-25-1]

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2010-02-12 Fri

#291. 二人称代名詞 thou の消失の動詞語尾への影響 [pragmatics][personal_pronoun][conjugation][paradigm][deixis]

 英語史では,二人称代名詞の形態と機能の変遷はよく取りあげられるテーマの一つである.古英語では þūȝē はそれぞれ二人称の単数と複数を表し,単純に数カテゴリーに基づく区別をなしていた(屈折表は[2009-10-24-1]).
 中英語になると,thouye は,古英語からの数カテゴリーの基準に加え,[2009-10-29-1][2009-10-11-1]で触れたように,親称・敬称の区別を考慮に入れるようになった(屈折表は[2009-10-25-1]).T/V distinction と呼ばれる,語用論でいうところの社会的直示性 ( social deixis ) の機能が,単複の区別のうえに覆いかぶさってきたことになる.
 近代英語期には,thou が犠牲となり T/V distinction が解消されたが,同時に古英語以来の単複の区別も解消されてしまい,一般に二人称代名詞としては you だけが残った(屈折表は[2009-11-09-1]).
 中英語の T/V distinction やその対立解消の過程などは,語用論的な関心から英語史でもよく取りあげられるが,しばしば見落とされているのは thou の消失によって,単純化へ向かっていた動詞の屈折体系がさらに単純化したことである.thou が現役だった中英語期の動詞屈折をみてみよう.強変化動詞の代表として binde(n),弱変化動詞の代表として loue(n) の屈折表を掲げる.

ME Verb Conjugation

 中英語の段階では,数・人称による屈折語尾の種類は現在系列で -e(n), -est, -eth の3通りがあったが,これでも古英語に比べれば単純化している.過去系列にあってはさらに種類が少なく,事実上,弱変化二人称単数で -est が他と区別されるのみである.近代英語期に入ると,-e(n) も消失したので,動詞屈折の単純化はいっそう進むことになった.
 そして,近代英語期にもう一つだめ押しが加えられた.上に述べたように,語用論的な原因により thou が消失すると,thou に対応する二人称単数の屈折語尾 -est は現れる機会がなくなり,廃れていった.結果として,三人称単数の -eth (後に -s で置換される)のみが生き残り,現在に至っている.
 thou の消失が,英語の屈折衰退の流れに一押しを加えたという点は覚えておきたい.
 中英語期の動詞屈折については,以下のサイトも参照.

 ・ Horobin, Simon and Jeremy Smith. An Introduction to Middle English. Edinburgh: Edinburgh UP, 2002. 115--16.
 ・ Middle English Verb Morphology
 ・ ME Strong Verbs
 ・ ME Weak Verbs

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2009-10-11 Sun

#167. 世界の言語の T/V distinction [pragmatics][personal_pronoun][japanese][typology][deixis]

 日本語に呼びかけや指示のために用いる適切な二人称単数代名詞が欠けていることは,多くの日本語話者が,意識するにせよしないにせよ,日常的に体験していることである.「あなた」ではよそよそしく,「君」ではきざっぽく,「おまえ」では角が立つ,「そちら」や「お宅」もどうもふさわしくない.日本語話者は,日々,判断の難しいケースに遭遇し,何とか乗り切るということを繰り返している.多くの場合にとる戦略は,二人称代単数名詞を使わないですませる,という逃げの手である.その点,現代英語は,you 一語でことが足りる.なので,この問題に関する限り,日本語母語話者にとって英語は楽だな,便利だなと感じる.
 だが,英語も中英語にさかのぼると,二種類の二人称単数代名詞があった.自分より下位・同位の者に対して用いる thou と,自分よりも上位の者に対して用いる you である.もっとさかのぼって古英語では,両者の使い分けは単純に数の問題であり,前者は二人称単数(あなた一人),後者は二人称複数(あなたがた複数)を指した.しかし,中英語になって,二人称代名詞には話し手と聞き手の社会的直示性 ( social deixis ) の情報が埋め込まれることになった.その後,近代英語では thou がほぼなくなってしまい,社会的直示性の対立も解消され,現代英語に至っている.
 中英語の時代にあった thouyou に相当する社会的直示性の対立は,現代の多くのヨーロッパ語に見られ,フランス語の tu / vous の例から,一般に T/V distinction と呼ばれる.T が下位,V が上位の二人称代名詞を指す.
 さて,二人称表現における日本語と現代英語の差は,世界の言語の類型から考えても,確かに大きいようである.Helmbrecht によると,世界の言語は二人称単数代名詞の社会的直示性の観点から大きく4タイプに分けられる.

 (1) 現代英語のような T/V distinction のない言語
 (2) フランス語や中英語のような T/V distinction の二分法をもつ言語
 (3) ヒンディー語のような T と V の間に複数の段階が認められる多分法をもつ言語
 (4) 日本語のような,二人称単数代名詞の使用をできるだけ避けようとする言語

 (1)〜(3) は social deixis の区別が粗いか細かいかという程度の問題だが,(4) は (3) のように多分法のリソースをもっているにもかかわらず,その区別を利用しないようにするという超越的なカテゴリーである.類型論的にみても,現代英語と日本語の差は相当に大きいといえる.

 ・Huang, Yan. Pragmatics. Oxford: OUP, 2007. 166--68.
 ・Helmbrecht, Johannes. "Politeness Distinctions in Second Person Pronouns." Deictic Conceptualisation of Space, Time and Person. Ed. Friedrich Lenz. 2003. 185--221.

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