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2012-02-07 Tue
■ #1016. pangram の例を追加 [word_game][japanese][alphabet][etymology][compound][combining_form]
[2012-01-29-1]の記事「#1007. Veldt jynx grimps waqf zho buck.」で,アルファベットの26字母すべてを用いて文を作る pangram ということば遊びを紹介した.
その記事で,よく知られたものとして,タイピストがタイプ確認に利用したという The quick brown fox jumps over the lazy dog. を紹介したが,この pangram とその亜種は,現在,通信業界で "fox message" (FOXメッセージ)と呼ばれており,通信テストのために利用されているというから,pangram は単なることば遊びである以上に,実用性も兼ね備えているというべきだろう.
pangram という語は,pan "all" + gram "letter" というギリシア語の combining form を組み合わせた neo-classical compound で,1933年が初出と新しいが,遊びそのものは古く,OED の "pangram" のもとに引用されている Medium Ævum からの例文を(文脈なしではあるが)一瞥したかぎりでは,13世紀よりずっと以前にさかのぼるようだ.
英語の pangram の例について,『学研 日本語知識辞典』のミニ知識欄「英語版いろは歌」で新たに見つけたものを,以下に挙げておきたい.
The five boxing wizards jump quickly. (5人のボクシングの魔術師がすばやくジャンプする)
Mr. Jock, TV quiz Ph.D., bags few lynx. (テレビのクイズ博士ジョック氏は山猫をほとんど袋に入れない)
Quick wafting zephyrs vex bold Jim. (さやさやとそよぐそよ風が、大胆なジムを苛立たせる)
Waltz, nymph, for quick jigs vex Bud. (ワルツになさい、乙女よ、速いジグだとバドが苛立つから)
日本語のいろは歌については,[2012-01-27-1]の記事「#1005. 平仮名による最古の「いろは歌」が発見された」で触れたが,いろは歌に先行する,同じく47字の「たゐに歌」を紹介しよう.
たゐにいでなつむわれをぞきみめすとあさりおひゆくやましろのうちゑへるこらもはほせよえふねかけぬ
(田居に出で菜摘む我をぞ君召すと 求食り追ひ行く山城の 打酔へる子ら藻は干せよ え舟繋けぬ)
「たゐに歌」にさらに先行する平安初期の「あめつちの詞」についても触れておく.当時はまだ [e] と [je] が区別されており,47字ではなく48字からなる pangram だ.後半の「えのえお」の2つめの「え」は [je] を表わしたと考えられる.
あめ(天)つち(地)ほし(星)そら(空)やま(山)かは(川)みね(峰)たに(谷)くも(雲)きり(霧)むろ(室)こけ(苔)ひと(人)いぬ(犬)うへ(上)すゑ(末)ゆわ(硫黄)さる(猿)おふせよ(生ふせよ)えのえを(榎の枝を)なれゐて(馴れ居て)
また,『学研 日本語知識辞典』によると,明治時代に新聞「万朝報」が新いろは歌を募集したところ,「とりな歌」なる次のものが選ばれたという.
とりなくこゑすゆめさませみよあけわたるひんかしをそらいろはえておきつへにほふねむれゐぬもやのうち[ 固定リンク | 印刷用ページ | コメント ]
(鳥鳴く声す 夢覚ませ 見よ明けわたる 東を 空色栄えて 沖つ辺に 帆船群れゐぬ 靄の中)
2012-02-06 Mon
■ #1015. 社会の変化と言語の変化の因果関係は追究できるか? [causation][language_change][methodology][speed_of_change][diachrony]
昨日の記事「#1014. 文明の発達と従属文の発達」 ([2012-02-05-1]) と,そこから参照した「#625. 現代英語の文法変化に見られる傾向」 ([2011-01-12-1]) の記事では,社会の変化と言語(とりわけ文法)の変化の因果関係について触れた.この問題が研究者の関心を誘うことはまちがいないが,昨日述べたように学問的に扱うには難点を含んでいることも確かだ.
社会変化が新語を生み出すというような語彙の刷新などは,時間的な符合により因果関係をとらえやすい.しかし,社会変革によってもたらされると仮定される文法レベルの変化は,たいてい時間がかかるものであり,その時間が長ければ長いほど,時間的な符合のもつ因果関係の証拠としての価値は弱まる.また,文法変化の場合,刷新形が急に現われるというよりは,前身があり,その頻度が徐々に高まってくる,という拡大過程を指すことが多く,語彙の場合のような,無から有の出現という見えやすい変化ではないことが普通だ.(部門別の言語変化の速度については,[2011-01-08-1]の記事「#621. 文法変化の進行の円滑さと速度」や[2011-01-09-1]の記事「#622. 現代英語の文法変化は統計的・文体的な問題」を参照.)
Martinet (180--81) は,社会変化と言語変化の因果関係に関する議論をまったく排除するわけではないものの,共時的な構造言語学の立場からは副次的なものとして脇においておき,まず言語内での因果関係の追究に努めるべきだと主張する.
. . . il est trés difficile de marquer exactement la causalité des changements linguistiques à partir des réorganisations de la structure sociale et des modifications des besoins communicatifs qui en résultent. Les linguistes, une fois qu'ils ont reconnu l'influence décisive de la structure sociale sur celle de la langue, n'auront de chance d'atteindre à quelque rigueur que s'ils limitent leur examen à une période assez restreinte de l'évolution d'un idiome et se contentent de relever dans la langue même les traces d'influences extérieures et de noter les réactions en chaîne que celles-ci ont pu y déterminer, sans remonter aux chaînons prélinguistiques de la causalité. Certains traits de la langue étudiée deveront être nécessairement considérés comme des données de fait dont on ne saurait justifier l'existence qu'à l'aide d'hypothèses invérifiables. L'objet véritable de la recherche linguistique sera donc, ici, l'étude des conflits qui existent à l'intérieur de la langue dans le cadre des besoins permanents des êtres humains qui communiquent entre eux au moyen du langage.
社会構造の再編成や,そこから生じるコミュニケーション上の必要の変容に端を発する言語変化の因果関係を正確に示すことは,とても難しい.言語学者は,いったん社会構造が言語構造に与えた決定的な影響を認めたとしても,ある言語の発展の十分に限られた時期に調査を限定して,その言語に外的な影響の痕跡を見いだし,それが引き起こした可能性のある反応の連鎖に言及することで満足するよりほか,言語以前の因果関係の連鎖にさかのぼらずには,何らかの厳密さを得ることはできないだろう.研究対象の言語の特徴は,検証不能の仮説によってしかその存在を説明できない所与の事実としてみなさなければならない.したがって,言語研究の真の目的は,言語によって互いに意思伝達する人々の不変の必要性の枠内で言語内に存する対立の研究なのである.
同書の最後の一節 (208) も引いておこう.
Les difficultés qu'on éprouve à identifier toutes les circonstances qui ont pu influer sur la genèse d'un changement linguistique ne sauraient détourner les chercheurs d'une analyse explicative. Il convient simplement de toujours donner la priorité à cet aspect de la causalité des phénomènes qui ne fait intervenir que la langue en cause et le cadre permanent, psychique et physiologique, de toute économie linguistique : loi du moindre effort, besoin de communiquer et de s'exprimer, conformation et fonctionnement des organes. En second lieu, interviendront les faits d'interférence d'un usage ou d'un idiome sur un autre. Sans faire jamais fi des données historiques de tous ordres, le diachroniste ne les fera intervenir qu'en dernier lieu, après avoir épuisé toutes les ressources explicatives que lui offrent l'examen de l'évolution propre de la structure et l'étude des effets de l'interférence.
言語変化の起源に影響を与えた可能性のあるすべての状況を同定するにあたって困難を感じるからといって,研究者は,説明的な分析から逸脱してはならない.諸現象の因果関係のある側面,すなわち当該の言語と言語組織全体の心的および生理学的な不変の枠組み(最小努力の原則,意思伝達し自己表現する必要性,器官の構造と機能)とにしか介入を許さないような因果関係の側面を常に優先するのが,単純にいって,よい.2番目には,ある用法や語法が他に干渉するという事実が関与してきてもよいだろう.あらゆる種類の歴史的に所与の事実をけっして無視するわけではないが,通時的な研究者は,それに介入させるのは最後にするのがよいだろう.構造の発達そのものの調査や干渉効果の検討がもたらしてくれる説明的なリソースをすべて使い尽くしたあとにするのがよいだろう.
Martinet の透徹した共時主義の,構造主義の主張が響いている.共時態と通時態の折り合いについては,[2011-09-10-1]の記事「#866. 話者の意識に通時的な次元はあるか?」ほか diachrony の記事を参照.
・ Martinet, André. Éléments de linguistique générale. 5th ed. Armand Colin: Paris, 2008.
2012-02-05 Sun
■ #1014. 文明の発達と従属文の発達 [syntax][language_change][civilisation][causation]
言語史において,従属文は歴史が浅いといわれる.従属構造は,文明が高度に発達し,思考や表現が洗練されて初めて出現するものだ,ということが,文献上でしばしば指摘されている.たとえば,最近,出会ったものとして2点引用しよう.
従文(従属文,dependent clause)は従属接続詞または関係詞によって導かれる.言語の発達史上,従文は人間の表現能力がより高度に発展した段階で生じた.〔中略〕言語史的にはまず並置法が,のちにより複雑な従位法が発達した.(下宮,p. 57)
La comparaison des langues indo-européennes montre que la proposition relative est une acquisition tardive, et l'observation synchronique indique que le type d'expansion représenté par les propositions subordonnées ne s'impose, dans certaines communautés, que sous la pression de besoins nouveaux apportés par la culture occidentale. (Martinet 179)
印欧語の比較により,関係節は遅れて獲得されたものであることが明らかにされているし,共時的な観察により,従属節の示す種類の拡大過程は,ある共同体では,西洋文化によってもたらされる新しい必要の圧力のもとでしか現われない.
ここで考慮する必要があるのは,下宮氏のいう「人間の表現能力がより高度に発展した段階」や,Martinet のいう「西洋文化によってもたらされる新しい必要の圧力のもとでしか」という表現に含意されているように思われる文明の発達と,複雑な統語構造の1例としての従属文の発達とは,いかなる関係にあるかということである.
少なくとも印欧語の文脈では,Martinet の言うように,従属節の発達が印欧諸語の発達の比較的遅い段階に見られるというのは客観的な事実である.つまり,文明の発達と従属文の発達とが時間的におよそ符合することは確かだ.しかし,時間的な符合は,即,因果関係を含意するわけではない.両者の間に因果関係はあるのか,ないのか.あるとすれば,どの程度の因果関係なのか.印欧語以外の文脈ではどうなのか.
直感的には,文明が発達することによって,社会が複雑化し,それに伴って指示対象や思考の様式も複雑化し,それに伴って対応する言語表現も複雑化するというのは,自然のように思われる(Martinet は,蒸気船の発明に伴う le bateau qui marche à la vapeur という表現を例に挙げている).
別のステップを思い描くこともできる.文明が発達すると,知識の集積と情報の伝達の必要が増大する.その必要に応えるための主たる媒体が言語,特に書きことばだとすれば,物事や出来事の関係を正確に記すための論理的な表現法が必要となる.そこで,その目的を達するのに必要な統語,形態,句読法などが新たに作り出されることになるが,その統語的な刷新の1つとして従属文の発達ということがあったのではないか.
しかし,文明の発達と従属文の因果関係を実証することは極めて難しい.両方の発達とも,一夜にしてではなく相当の長さの時間をかけて起こったものであり,そのあいだに他の多くの要因が紛れ込んだ可能性があるからだ.間接的な因果関係がありそうだというところはまでは提起できても,因果関係を示す事実を挙げながら説得力をもって論じるということは難しそうだ.
ただし,関連して興味深い例があるので示しておこう.池内 (59) のいうように,併合+標示付けや回帰的階層的句構造は人の言語を特徴づけるものであり,複雑な統語構造の発達は潜在的にどの言語でも可能である.しかし,複雑な統語構造が顕在化するかどうかは言語によって異なり,そこには文化的な要因も関わっているかもしれない.アマゾン流域の狩猟採集民族によって話されるピラハー語には回帰的な埋め込み構造がないとされ,研究者の注目を集めているが,池内 (59) によれば,「ピラハー語には,他の言語と同様に,(回帰的操作としての)併合と標示付けはあり,階層的句構造は生み出されるが,文化的な制約で回帰的な埋め込み構造まではいかない」だけであり「たまたま複雑な回帰がない」にすぎないという.
文明の発達と個別の文化の制約とは異なるとはいえ,言語外の要因によって統語構造という言語内の体系が変化する可能性があるということは,注目すべきである.言語外の要因が語彙や意味に影響を及ぼす例は多く挙げられるが,より抽象的な統語レベルにも同様に影響を及ぼしうるのかという点は,なかなか追究するのが難しい.
この問題については,[2011-01-12-1]の記事「#625. 現代英語の文法変化に見られる傾向」に引用した Leech et al. の主張にも耳を傾けたい.また,文明の発達と言語の発達という点で,[2011-08-25-1]の記事「#850. 書き言葉の発生と論理的思考の関係」も,本記事の話題と関連するかもしれない.
・ 下宮 忠雄 『歴史比較言語学入門』 開拓社,1999年.
・ Martinet, André. Éléments de linguistique générale. 5th ed. Armand Colin: Paris, 2008.
・ 池内 正幸 『ひとのことばの起源と進化』 〈開拓社 言語・文化選書19〉,2010年.
2012-02-04 Sat
■ #1013. アングロサクソン人はどこからブリテン島へ渡ったか [geography][toponymy][onomastics][map]
固有名詞学 (onomastics) のなかでも地名学 (toponymy) は,言語学と歴史学が濃密に接する分野である.[2011-07-24-1]の記事「#818. イングランドに残る古ノルド語地名」でみたように,地名の構成と分布は,民族の歴史的な行動をありありと示してくれることがある.昨日の記事「#1012. 古代における英語からフランス語への影響」 ([2012-02-03-1]) で参照した Martinet の論文は,フランス北部に残る英語式に構成された地名の分布から,標題の疑問に迫る論考である.
英語式の地名の典型の1つに,単音節+ -ing + -ham/-ton」という形態がある (ex. Buckingham, Nottingham, Birmingham; Padington, Islington, Arlington) .-ing は英語の典型的な父称 (patronym) 接辞であり,-ham は home に,-ton は town に対応する.おもしろいことに,フランスにも,フランス語化されている部分はあるが,Tardinghen, Bouquinghen, Tatinghem, Conincthun, Verlingcthun, Audincthun など,明らかに英語地名のモデルに基づいた地名がある.それも,フランス北部の Artois (現在の Pas-de-Calais 県の一部にあたる地方),特に Boulogne から Saint Omer にかけての地域に集中している.Martinet (6--7) の地図によれば,この種の英語地名が77個も確認される.
この英語地名の分布が示唆するのは,かつてこの地方に,後の英語話者と密接に結びつけられる Anglo-Frisian 系の西ゲルマン民族が定住していたということである.彼らはブリテン島に渡る際の中継点としてこの地を通り過ぎただけではなく,この地に住み着いて,南に接する Gallo-Roman (後にフランス語へ発達する言語)に言語的な影響を与え得るほどに存在感を示していた可能性が高い.
Martinet は,以上の証拠と,イギリス海峡の両側に位置する主要な地点間の距離を考慮して,次のような仮説を提案している.
On est tenté de poser Boulogne, au nom celtique, comme le passage normal des deux vagues d'envahisseurs celtes qui ont passé la Manche avant notre ère. La distance de Boulogne au cap Dungeness est indiquée en pensant aux Saxons qui ont peuple le Wessex. / Notre hypothèse n'exclut pas un passage plus direct par la mer du Nord, mais le Jutland est à plus de 500 km des côtes anglaises. (10)
紀元前に2波にわたってイギリス海峡を横断したケルト人の侵略者たちの通常の経路としては,ケルト語の地名を帯びたブローニュを想定したいところだ.サクソン人がウェセックスに植民したことを考えれば,ブローニュからダンジネス岬の距離は適切だろう.この仮説は,北海を越えるより直接の経路を排除するわけではないが,ユットランドはイギリスの海岸から500キロ以上も離れているのだ.
サクソン人が,かつてケルト人の開拓したブローニュから海に出るというルートを利用し,イギリス側ではウェセックス植民に都合のよい,かつ航海距離の短いダンジネス岬に着岸した,というわけだ.従来より,アングロサクソン人は航海に長けていたはずだとの前提から,[2010-05-21-1]の記事「#389. Angles, Saxons, and Jutes の故地と移住先」の地図で概略的に示したように,北海をはるばる越えてのルートが想定されてきたが,地名分布に支えられた Martinet の仮説も魅力的だ.

(Martinet, p. 9 の地図を掲載)
・ Martinet, André. "Comment les Anglo-Saxons ont-ils accédé à la Grande-Bretagne?" La Linguistique 32.2 (1996): 3--10.
2012-02-03 Fri
■ #1012. 古代における英語からフランス語への影響 [loan_word][palatalisation][french][germanic][anglo-saxon][etymology]
英語史においてフランス語が英語に与えてきた影響については,french の多数の記事で取り上げてきた.古英語末期から近代に至るまで,言語的な影響はほぼ仏から英への一方向であり,逆方向の影響は,英語が国際的に力をもってきた18世紀以降になって初めて,借用語の部門で認められるといってよい(ホームズ・シュッツ,p. 147).
しかし,英語史以前,アングロサクソン民族がブリテン島へ渡る直前には,英から仏への言語的影響が断片的に確認される.もっとも,当時の言語を英語や仏語と呼ぶのは,厳密には不適切だろう.標題も誤解を招く表現になっているが,以下に挙げる例の背景として念頭にあるのは,Anglo-Frisian と Gallo-Roman という段階での言語接触であることを断わっておく.
西ゲルマン諸語は,[k] が [ʧ] へと変化する口蓋化 (palatalisation) を経た Anglo-Frisian 言語群とそれ以外の言語群に分けることができる.口蓋化を経た Anglo-Frisian の話者の一部は,5世紀以前,民族大移動の一環としてフランス北部へ圧力をかけており,Artois 北西部,Boulogne 近辺に定住していたことを示唆する地名上の証拠も多くある.このときに,Anglo-Frisian が Gallo-Roman にいくつかの言語的な影響を与えた可能性がある.Martinet (5) が挙げている断片的な例を引こう.
上記の Anglo-Frisian 的な口蓋化が影響を及ぼした可能性の反映としては,ラテン語 caballum (馬)からフランス語 cheval (馬)への語頭子音の推移が挙げられる.フランス語(及びプロヴァンス語)以外のロマンス諸語では /k/ 音が保たれていることから,Anglo-Frisian の関与が考えられる.
フランス語 savon (石けん)は,西ゲルマン祖語 *saipōn に由来する語形に基づく.第1音節の母音は,オランダ語 zeep やドイツ語 Seife の母音ではなく,古英語 sāpe の母音を反映しているようにみえる.また,フランス語 hâte (急ぎ)もゲルマン語からの借用だが,ゴート語の haifsts に示されるような2重母音よりは,古フリジア語 hāst (cf. 古英語 hǣst) の長母音をよく反映している(オランダ語 haast やドイツ語 Hast は後代にフランス語から借用されたもの).同じく母音の例を挙げれば,フランス語 est (東)の母音は,オランダ語 oost やドイツ語 Ost よりも,古英語 ēast の母音により近い.
上記の例が,主張しているような言語接触の反映であると結論づけるためには,関与する諸言語間の音韻対応と各言語の音韻変化とを詳細につき合わせることが必要だろう.しかし,この言語接触の仮説は,西ゲルマン語族の一派が,大陸からブリテン島へ渡る途中に,フランス北部に定住,そして通過してゆく姿を思い描かせる仮説であり,興味をそそられる.
西ゲルマン語族のブリテン島への移住に関する地図は,[2010-05-21-1]の記事「#389. Angles, Saxons, and Jutes の故地と移住先」を参照.ゲルマン諸語の系統図と分布図は,[2009-05-08-1]の記事「#9. ゴート語(Gothic)と英語史」を参照.
・ U. T. ホームズ,A. H. シュッツ 著,松原 秀一 訳 『フランス語の歴史』 大修館,1974年.
・ Martinet, André. "Comment les Anglo-Saxons ont-ils accédé à la Grande-Bretagne?" La Linguistique 32.2 (1996): 3--10.
2012-02-02 Thu
■ #1011. なぜ言語には「閉鎖子音+母音」の組み合わせが多いか? [phonetics][phoneme][consonant][vowel][functionalism]
原則として「子音+母音」によりモーラ (mora) という音韻単位を構成している日本語の母語話者として,なぜこの組み合わせが自然かということについて,疑問を感じたことすらなかった.英語では,音節内の単音の組み合わせの種類は日本語とは比較にならないくらい多く(実際,厳密に数え上げた研究はあるのだろうか?),その他の多くの言語も,単音の配列については,日本語より豊富なものが多いだろう.確かに音素配列が貧しい言語もあれば豊かな言語もあるが,「子音+母音」の基本的な組み合わせを欠いている言語はない.「閉鎖子音+母音」は「母音のみ」とともに,言語において基本中の基本となる音節構造である.
これがなぜかなどと問うたこともなかった.あえて答えるとすれば,「単に調音しやすいし聴解しやすいからだろう」程度の答えしか出てこない.だが,もう少し考えてみよう.子音や母音だけでは区別できる単音の種類が限られるし,特に子音だけだとしたらそれこそ調音も聴解も困難を極めるにちがいない.1つずつの子音と母音の組み合わせを1単位とすれば,それだけで数十の音節が区別されることになり,言語の基本的な用は足りる.もしそれでも足りなければ,もう少し音節内構造の可能性を広げてやれば,区別できる音節数を幾何級数的に増やせる.
さて,このような疑問が問うに値すると思ったのは,Martinet がこの問題を機能主義的な観点から切っていたからである.よく知られているように,3母音体系をもつ言語において,その3母音はほぼ間違いなく [i], [u], [a] である.これは,3音が口腔内の3つの頂点に対応し,互いに最大限の距離をバランスよく保てる位置取りだからである([2009-05-17-1]の母音四辺形を参照).これにより,調音と聴解のいずれにおいても,互いに区別される度合いが最大限になる."l'équidistance entre les phonèmes" (音素間の等距離)の原則である (Martinet 202) .
母音の paradigm については機能主義の立場から上記のように説明できるわけだが,Martinet は syntagm のレベルでも同じ説明が可能だと考える.音の連鎖においても,互いの対立が最大限になるような組み合わせが選ばれやすいのではないか,という説だ.これによると,口の開きや聞こえ度という観点で最小値をとる閉鎖子音と最大値をとる母音が連続して現われるのは,3母音体系の場合に [i], [u], [a] が選ばれるのと同様に,機能的な動機づけがある,ということになる.閉鎖子音と母音の組み合わせが一種のプロトタイプであり,そこから逸脱した組み合わせに対して,マグネットのように引き戻す力として作用していると考えることもできるだろう.
. . . toutes les langues favorisent les contrastes les mieux marqués, c'est-à-dire les successions occlusive + voyelle. (Martinet 202)
. . . すべての言語はもっとも際立つ対立,すなわち閉鎖音+母音というつながりを好む.
では,閉鎖子音と母音の1つずつの組み合わせが基本であるということを認めるとして,「母音+閉鎖子音」ではなく「閉鎖子音+母音」がより基本的とされるのはなぜか.Martinet はこれについては無言である.機能主義に乗っかった上で,私見としては,実際に「母音+閉鎖子音」の組み合わせも少なくないが,逆の「閉鎖子音+母音」に比べて,後続する音がないかぎり,子音の調音の入りわたりと出わたりまでを含めた全体が実現されにくいという事情があるのではないか.
機能主義の常として例外には事欠かないものの,音素体系という paradigm レベルのみならず音素配列という syntagm レベルにも同様に適用できるという一貫性が魅力である.
閉鎖子音が基本的であるという点については,[2011-08-17-1]の記事「#842. th-sound はまれな発音か」で参照した分節音ごとの類型論的な統計情報も参照.言語にもっともよくある子音のトップ4までが閉鎖音 ([m], [k], [p], [b]) である.
・ Martinet, André. Éléments de linguistique générale. 5th ed. Armand Colin: Paris, 2008.
2012-02-01 Wed
■ #1010. 英語の英米差について Martinet からの一言 [elf][elt][ame_bre][wsse][americanisation]
言語学の基本的な項目に関連して本ブログでも何度も取り上げてきたフランスの構造主義言語学者 André Martinet (1908--99) が,英語の英米差について論考した1995年の論文を発見したので読んでみた (see André Martinet) .
ヨーロッパでは伝統的に英語の学習といえばイギリス変種が主でありアメリカ英語は副とされてきた.地理的,歴史的,文化的により緊密であるイギリスへ指向するのは自然といえば自然である.英語に限らず,ヨーロッパに起源をもちアメリカ大陸へも拡大したヨーロッパの主要言語についても同じ傾向が認められる.ヨーロッパ人にとって,スペイン語といえば南米変種ではなくスペイン変種だし,ポルトガル語といえばブラジル変種ではなくポルトガル変種だし,フランス語といえばケベック変種ではなくフランス変種だ.
しかし,英語ほど lingua franca としての役割が大きくなってくると,英米変種の差がもたらす問題点も大きくなってくる.書きことばについては,事実上,差がないといってよいが,話しことばについては発音の相違は時に理解の妨げになる.Martinet は,自身の経験として,アメリカで出身地を聞かれたときに France [frɑːns] とイギリス発音で答えたところ,Florence と聞き間違えられたので,以降は [fræns] と発音するよう心がけたというエピソードを述べている (124) .
しかし,Martinet は,彼らしく,この問題について楽観的である.言語使用に関して作用している調整機能が自然と解決してくれるだろうという考えだ.相互のコミュニケーションが日増しに密になってきている現在,異なる語法に対する寛容とその収束 (convergence) が確実に進行しており,遠からず適切な解決をみるだろう,と.
Comme toutes les langues évoluent à chaque instant pour satisfaire aux besoins changeants de ceux qui les emploient, nous sommes tous, sans nous en douter, dressés à comprendre et à accepter des formes et des valeurs que nous ne pratiquons plus ou que nous n'avons jamais pratiquées, mais que nous avons entendues et identifiées depuis notre enfance. (126)
すべての言語は,その使用者の変わりゆく要求に応じるべく常に進化してゆくのだから,私たちはみな,それに気付かずとも,もはや実践しなかったり,一度も実践したことのない形態や価値ではなく,子供の頃から聞いてそれと認めてきた形態や価値を理解し,受け入れる準備ができている.
Crystal の予見する WSSE (World Standard Spoken English) は,アメリカ英語の話しことばが下敷きとなって,世界中の英語話者がそれに調整を加えてゆくことで発展してゆくのではないかと考えられているが,上の Martinet の引用はその理論的な支柱を与えているといえるかもしれない (see wsse ) .
言語変種の convergence あるいは conversion については,[2010-10-09-1]の記事「#530. アメリカ英語と conversion / diversion」を参照.
・ Martinet, André. "Quelle sorte d'anglais pour les plurilingues à venir?" International Journal of the Sociology of Language 109 (1994): 121--27.
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