評釈「一本木野」

               渡部芳紀

一本木野より岩手山

 


01松がいきなり明るくなつて
02のはらがぱつとひらければ
03かぎりなくかぎりなくかれくさは日に燃え
04電信ばしらはやさしく白い碍子をつらね
05ベーリング市までつづくとおもはれる
06すみわたる海蒼かいさうの天と
07きよめられたるひとのねがひ
08からまつはふたたびわかやいで萌え
09幻聴の透明なひばり
10七時雨ななしぐれ の青い起伏は
11また心象のなかにも起伏し
12ひとむらのやなぎ木立は
13ボルガのきしのそのやなぎ
14天椀てんわんの孔雀石にひそまり
15薬師岱赭やくしたいしゃ のきびしくするどいもりあがり
16火口の雪は皺ごと刻み
17くらかけのびんかんな稜かどは
18青ぞらに星雲をあげる
19   (おい かしは
20   てめいのあだなを
21   やまのたばこの木つていふつてのはほんたうか)
22こんなあかるい穹窿きゅうりゅうと草を
23はんにちゆつくりあるくことは
24いつたいなんといふおんけいだらう
25わたくしはそれをはりつけとでもとりかへる
26こひびととひとめみることさへさうでないか
27   (おい やまのたばこの木
28    あんまりへんなをどりをやると
29    未来派だつていはれるぜ)
30わたくしは森やのはらのこひびと
32蘆よしのあひだをがさがさ行けば
33つつましく折られたみどりいろの通信は
34いつかぽけつとにはいつてゐるし
35はやしのくらいとこをあるいてゐると
36三日月みかづきがたのくちびるのあとで
37肱やずぼんがいつぱいになる

〔制作〕大正十二年十月二十八日
〔初出〕大正十三年四月二〇日、関根書店より自費出版した 『・春と修羅』所収。

〔緒言〕
「一本木野」は、『春と修羅』の「風景とオルゴー ル」の章に置かれた詩の一つである。「雨ニモマケズ」「永 訣の朝」「春と修羅」「青森挽歌」等の有名なものと較べあ まり知られていないようだ。全集はともかくとして、賢治の 膨大な数の詩から選ばれた所謂「宮沢賢治詩集」でもあまり 重視はされていないようだ。幾つかの詩集を覗いてみよう。

◎谷川徹三編『宮沢賢治詩集(岩波文庫)』(昭和25年12月、 岩波書店)………………………………………………収録
◎中村稔編『宮沢賢治詩集(角川文庫)』(昭和38年12月、 角川書店)………………………………………………未収録
◎草野心平編『宮沢賢治詩集(世界の詩 10)』(昭和39年 2月、弥生書房)……………………………………未収録
◎浅野晃編『宮沢賢治詩集(青春の詩集/日本編5)』(昭 和40年7月、白凰社)………………………………未収録
◎草野心平編『宮沢賢治(日本詩人全集20)』(昭和42年4 月、新潮社刊)……………………………………………未収録
◎中村稔鑑賞『宮沢賢治(日本の詩歌18)』(昭和43年3 月、中央公論社)………………………………………収録
◎草野心平編『宮沢賢治詩集(新潮文庫)』(昭和44年4月、 新潮社)………………………………………………未収録
◎天沢退二郎編『宮沢賢治集(日本の詩 10)』(昭和54年 1月、集英社)………………………………………未収録
◎入沢康夫編『宮沢賢治詩集(現代詩文庫1015)』(平成元 年4月、思潮社)………………………………………収録

 数ある宮沢賢治詩集のほんの一部を見ただけだが「一本木 野」が、それほど高くは評価されていないのが伺われよう。 わずかに谷川徹三、入沢康夫が積極的に評価しているといえ ようか。中村稔は、中央口論版では取り上げているが、角川 文庫では収録していない。それほど高い評価をしているとも おもわれない。
 このように、従来、賢治の代表作には数えられない作品だ が、私はこの作品こそ、これから、賢治を代表する一つに入 れたいと思う。この詩の魅力を探って行きたい。

〔語釈・評釈〕
題目<一本木野>……岩手山東南麓、滝沢村の原野。現在、開 拓地および自衛隊演習地になっている。

01〜02<松がいきなり明るくなつて/のはらがぱつとひらけれ ば>……松林の中の木暗い道から急に野原に出て、視界が開 けた様子。

一本木野の紅葉した落葉松林

 


03<かれくさは日に燃え>……紅葉した枯草が、明るい太陽 の下に光輝いているようす。寒冷な地では、草の紅葉でも鮮 やかに染め上げられる。稲なども関東以西と違い、黄金色に 輝く。

04〜05<電信柱ばしらはやさしく白い碍子をつらね/ベーリン グ市までつづくとおもはれる>……碍子は、電柱の横木に置 かれた送配電用の電線を支える白い陶磁器などによる絶縁体。 当時はまだ、電気の敷設中で、電信柱は近代文明の象徴的存 在だった。その電柱が、原野の中を南から北へと・に続いて いる様子を写している。<ベーリング市>は、はるか北の彼 方を示す比喩で実際には、そういう町はない。

06〜07<すみわたる海蒼の天と/きよめられたるひとのねがひ >……<海蒼>は、海の色のような青さ。秋の爽やかに澄み 渡った青空を表現したもの。そこでは、人の心も願いも清め られるというのである。

08<からまつはふたたびわかやいで萌え>……<からまつ> は、落葉松と書くように、秋には黄葉し落葉する。春は、新 緑として美しく<萌え>出し、今、秋を迎え、黄色から茶色 へと<ふたたびわかやいで>、まるで、新緑が萌え出した時 のように光輝いているのである。
なお賢治作品においては、 落葉松は、<ラリックス>と表現されることも多い。

新緑 黄葉

 


09<幻聴の透明なひばり>……今は、秋なので雲雀は啼いて いないのだが、<からまつはふたたびわかやいで萌え>てい るのを見ると、まるで春が来たような錯覚にとらわれ、秋の 澄み渡った青空から目に見えない<透明なひばり>の鳴き声 が<幻聴>でに聞こえてくるように感じるのである。

10<七時雨ななしぐれ の青い起伏は>……一本木野の北二十キロ ほどの所にある一〇六〇メートルの火山。<青い起伏>は、右下がりの青い山のシルエットのこと。

一本木野より見た七時雨山

 


11<心象のなかにも起伏し>……心の中に起伏があるという ことか。何か定まらぬ心、揺らぐ心を抱えてこの地にやって 来たということか。

12<ひとむらのやなぎ木立は>……<ひとむら>は、一叢。 ひとまとまり。<やなぎ>……やなぎというと今ではしだれ 柳をまず思い浮かべてしまうが、賢治の使う<やなぎ>は、 枝の垂れていない、川沿いに生えるカワヤナギの系統の木の 場合が多い。

13<ボルガのきしのそのやなぎ>……先に、<ベーリング市 までつづくとおもはれる>という表現を使ったので、その連 想で、あたりのヤナギの木をボルガ川沿いのヤナギもこのよ うであろうかと思ったのである。<ボルガ>という大河を連 想しているのは、強いて言えば、一本木野の東三キロほどの 所を北から南へと流れる北上川を意識してのことなのだろう か。

14〜15<天碗てんわんの孔雀石にひそまり/薬師岱赭やくしたいしや のき びしくするどいもりあがり>……<孔雀石>は、賢治のよく 比喩に使う緑色の石。<天碗>は、天が丸く碗のようになっ ている様子。<薬師>は、薬師岳のこと。岩手山の火口壁の 最高峰で、二〇四一メートル、岩手山の山頂である。<岱赭 >は、赤褐色。植物の生えていない火山の赤褐色の岩肌の色 を言ったもの。孔雀石色の空に岩手山の頂上をなす赤褐色の 薬師岳が鋭い頂をひっそりと突き出している様子。

一本木野より岩手山

 


16<火口の雪は皺ごと刻み>……東北のしかも秋の山頂附近 ということで、既に初雪も降り、火口の外壁の谷にあたる所 に消え残った雪が山頂から下へ何本も縦皺のようについてい る様子。

17〜18<くらかけのびんかんな稜かどは/青ぞらに星雲をあげる >……<くらかけ>は、岩手山東南麓の鞍掛山(八九七メー トル)のこと(文学アルバム参照)。山裾の輪郭がぼんやり してそこから靄か霧か薄い雲のようなものが湧いているので あろうか。

一本木野より岩手山とくらかけ山(左の山裾)

 


19〜21<(おい かしは/てめいのあだなを/やまのたばこ の木つていふのはほんたうか)>……ブナ科の落葉高木。柏。 この辺りには柏の木が多かったのだろうか。一本木野から南 西へ三、四キロの沼森附近は「かしはばやしの夜」の舞台に なっている。
<やまのたばこの木>は、その葉の大きさや形 が煙草の葉に似ていることからの連想か。実際にきざんで煙 草がわりにのめるのだろうか。今はきれいに紅葉していると 思われる。
柏は、紅葉が終わったあとも葉が散り落ちないで 茶色のがさがさした葉を着けたまま冬を越す。不気味な感じ である。そうしたことも「かしはばやの夜」などで柏をあま り綺麗に描かない理由なのかもしれない。この詩の柏の扱い もややぞんざいな感じなのはそうしたことも関係するか。

22〜24<こんなあかるい穹窿きゅうりゅうと草を/はんにちゆつく りあるくことは/いつたいなんといふおんけいだらう>…… <穹窿きゅうりゅう>は、中央が高く弓形をなす意から大空、天空 のこと。青空の下、岩手山麓の草原を歩くことを賢治がいか に愛していたかが伺われる。
「小岩井農場」の草稿には、<やっぱりおれには/こんな広い処よりだめなんだ。/野原のほかでは私はいつでもはゞけてゐる>という表現もある。
<はゞけ>は、憚るから来た方言か?萎縮しているの意と考え ていいだろう。人中では萎縮し、野原にやって来て、のびの びと振る舞っている賢治の姿が見えるようである。賢治がい かに野原を小岩井山麓を、自然を愛していたかが感じられる 部分である。

25<わたくしはそれをはりつけとでもとりかへる>……<あ かるい穹窿きゅうりゅうと草を/はんにちゆくくりあるく>という 自然の<おんけい>を戴けるなら、磔になって殺されてもい いというのである。
恩田逸夫も指摘(角川書店「近代文学大系36宮沢賢治集」昭和46年6月)していることであるがの詩「邪宗門秘曲」には、<百年ももとせを刹那に縮め、 血の磔はりき背にし死すとも/惜しからじ、願ふは極秘、かの奇 く しき紅くれないの夢ゆめ>という一節がある。白秋の影響を多大 に受けた賢治なのでこの部分も白秋を意識していたかもしれ ない。

26<こひびととひとめみることでさへさうでないか>……自 然の中を歩くことが出来るなら磔になってもいいという考え は、恋する者が恋人と会えるなら命もいらないと思うのと同 じようなものではないかというのである。賢治にとり、野原 を歩き自然の懐に抱かれることは、恋愛感情と同じなのであ る。自然は、野原は、賢治の恋人なのだ。

27〜29<(おい やまのたばこの木/あんまりへんなをどり をやると/未来派だつていはれるぜ>……「かしはばやしの 夜」には、<若い柏の木は、ちやうど片脚をあげてをどりの まねをはじめるところでした>とか、<かしはの木は両手を あげてそりかへつたり、頭や足をまるで天上に投げあげるや うにしたり、一生懸命踊りました。>という表現がある。岩 手山麓の柏の木は激しい風雪のためひしゃげたような恰好を していて、それをこのように表したのだろうか。
<未来派> は、二十世紀初頭のイタリアで詩人マリネッティに始まった 前衛的芸術運動。新しい機械文明下の新鮮な表現を目指した。 従来の調和、統一、伝統に反対し、力と運動の感覚を重視し た。日本には、高橋廉吉の「日本未来派宣言運動」により大 正十年末ごろ紹介された。「土神ときつね」には、狐の言葉 として<器械的に対称しんめとりーの法則にばかり叶かなってゐるか らってそれで美しいといふわけにはいかないんです。それは 死んだ美です。(中略)ほんたうの美はそんな固定した化石 した模型のやうなもんぢゃないんです。対称の法則に叶ふっ て云ったって実は対称の精神を有も ってゐるといふぐらゐの ことが望ましいのです。>といったように紹介されている。

30<わたくしは森やのはらのこひびと>……私が自然の森や 野原を恋人のように熱烈に愛しているので、森や野原の方で も、私の気持ちに応えて、私をかれらの恋人にしてくれると いうのである。

31〜33<蘆よしのあひだをがさがさ行けば/つつましく折られ たみどりいろの通信は/いつかぽけつとにはいつてゐるし> ……蘆などの草原をかき分けて歩いていくと、何時の間にか ポケットに草の葉が入っているというのである。その草の葉 は、自然(森やのはら)という恋人がそっと私のポケットに 入れてくれた恋文らぶれただというのである。

34〜36<はやしのくらいとこをあるいてゐると/三日月みかづき がたのくちびるのあとで/肱やずぼんがいつぱいになる>… …<三日月みかづきがたのくちびるのあと>とは、三日月形のヌ スビトハギの実が肱やズボンに付着した様子を表している。 それは、私が林の暗い所を歩いていた時、人目を盗んで自然 (森やのはら)が恋人の私に接吻くちづけしてくれた証拠なのだ。

〔評釈〕
このように「一本木野」は、前半には、秋の岩手山 麓の明るく燃えるような美しい情景を描き、後半では明るい 自然の森や野原に対する賢治の愛情がユウモアをもって語ら れている。難しく深刻な人生観や哲学観は盛られていないが、 それだけ賢治の別の一面、洒脱で、明るく健康的な側面が実 によく表わされているといえよう。賢治の詩の世界は、様々 な魅力を備えているのであるが、このような明るく健康的で ユウモアを交えた作品もその一側面として重視したいもので ある。今まで、それほど注目されなかった詩であるが、これ からは、ぜひ代表作の一つに入れてほしいものである。
     (わたべよしのり 中央大学教授)       (写真・筆者)

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