「心の王者・太宰治ーわたしの太宰治観」
                     渡 部 芳 紀


    <弱さの文学>への疑問
太宰文学を<弱さの文学>としたり<滅びの文学>としたりする見方がある。太宰の文学に影響されて自殺する青少年がいるということも聞く。が、はたして大 宰治は本当に弱かったのか。大宰文学は人間の弱さを書いた文学なのか。たしかに、太宰文学に弱い部分を持った人間が登場する場合が多いのは否定できない。 大宰が弱い面を持っていたのもたしかだろう。が、世の中に強いだけの人間がいないように、弱さだけの人間もいないだろう。太宰のなかには弱い面と同時に強 い面が、太宰文学のなかに、弱さの面と同時に強さの側面が、不健康な傾向のなかにきわめて健康なものが、下降せんとする志向とともに上昇せんとする志向 が、同時に存在しているのである。

   太宰文学を自分の弱さの根拠づけのために弱さの典型にしてしまったり、太宰の生き方を自分の人生の敗北の理由にしたりするのは身勝手というべきである。
 太宰は自分の弱い部分に苦しみ悩みながらも、なんとか生き続けようと苦闘したのだ。彼の文学は、その苦闘の反映であり、かつ、読者に対して、苦しくても なんとか強く生きようとのはげましの思いで綴っているのである。世にいうように、ただ、自分の弱さを愚痴るためだけでどうして、あれだけの分量の小説を書 く必要があろうか。
 太宰は、全集にして九巻の小説と一巻のエッセイを残した。一巻弱の習作も書いている。それは単なる弱さのあらわれでなく、むしろ、なんとか強く生きよう とする太宰のもがぎ苦しんだ姿の象徴なのである。九巻分の小説を描くエネルギーは莫大なものである。太宰の持っている強い生命力の面にも目をやらなければ ならない。そうでなくては、延べ十六年間にわたる創作活動も維持できなかったであろうし、死後五十年近くにわたって、これだけ多くの読者を得ることもでき なかったであろう。

      <心の王者>・精神の貴族・愛
 人は何を幸福とするのだろうか。金をたくさん得ることか。有名になり名誉を得ることか。衣食住に何不自由のない状態か。美しく賢い相手と結婚し安定した家庭を築くことか。たしかにそれらも幸福の構成要素の一つかもしれない。
 が、なによりも大切なことは、幸福は、衣、食、住、金などの物質的なものによっては決して得られない、もっと心や精神と深く関わった問題だということであろう。図式的にいえば、人間の真の幸福は、物質よりも精神の問題にかかっているということである。

 太宰は津軽でも屈指の大地主の家に生まれ育った。父親は、衆議院議員、貴族院議負なども勤めた。物質的には何不自由ない生活であった。しかし、そのなか で、どうしても幸福を実感できなかった。幼時から母と離され、母の愛に飢えていた。兄弟のなかにおける疎外感は彼に劣等感を植えつけ、容貌や色黒といった ささいなことでも劣等感は助長され心の負担は増した。彼は、幸福が決して物質の中になく、心のなかにあることを感づいていたの である。太宰が、文学の道を選んだというのも、そこに心の幸福、真の幸福を求めようとしたからである。太宰が、生家のいいなりになり、長兄の言に従って、 地道に学問を積んでいれば、津軽屈指の大地主一族の一員としての物質的安定は保証されていたであろう。それを、あえて文学の道を選んだのである。この非実 用的で無用で、物質的欲望には何の役にも立たない道を。

 太宰文学は終始一貫、物質的幸福を否定し、精神の幸福、精神の豊かさを強調している。創作集『晩年』を中心とする前期の文学活動では<ダンデイズム>精神を根底に据えて精神の貴族を目ざしている。『晩年』を代表する「道化の華」は、まさに、<心>を中心にした幸福を描いたのであった。<狂言><虚構><道化>といった<虚>なるもの、無用のもの、空なるものに真善美を見ようとするのである。

 同じく『晩年』中の「猿ケ島」で、主人(猿?)公の猿が、猿ヶ島の物質的生活的には安定した環境を捨てて、苦しみと不安があるかもしれないが、真の世 界、本当の自由を求めて猿ケ島を脱出していく姿にもそれは出ていよう。その他さまざまに方法を工夫ながら、単なる受身の心の世界でなく、もっと積極的な心 の世界、豊かな精神の世界、華美で、夢幻的で、豪華な心と聖心の世界を目ざしていくのである。しかし、その世界の追求にはやる余り、またその方法があまり に斬新すぎたために、物質中心の、功利精神から成り立つ現実社会から復讐され、挫折を味わい、一時沈黙する。

   中期の太宰は、一歩後退したところで、<心の王者>を 追究していく。物質を重んずる功利的現実へ一歩妥協し、そのなかで精神の貴族を目ざすのである。昭和十四年ころから、明るく健康な愛情のあふれた作品が数 多く書かれるようになる。それらは前期の作品のような力みがなく、それだけ反俗姿勢は薄いがほのぽのとした愛情が色濃く流れているのである。

   中期のこうした傾向はさらに進んでいくが、従来、太宰のデカダンスの傾向、反俗精神を強調する人々からは、それらはそれほど高く買われていない。しかし、<心の王者>として、心の幸福を目ざす太宰にとっては、それらこそ、一番大切な世界であり、中心的なものなのである。
 中期のこうしたヒューマンな傾向、明るく健康な世界の典型が「津軽」なのである。その中で太宰は、自分は<愛情と真理の使徒>であり、<このたびの旅行に於いて、主としてこの一科目を追究した>と述べる。
 この一科目とは<人の心と人の心の触れ合ひを研究する科目>すなわち<愛>を 研究する科目なのである。太宰が文学の道を選んだのもまさにここにある。<愛>を求め、<愛>の世界の構築のために文学にいそしんでいるのである。そうし てこそ、大宰は、<心の王者>となることができる幸福を手にすることもできるのである。「津軽」は<愛>を目ざす太宰の一つの到達を示す作品といえよう。

   反俗の精神・価値の転倒
 あるものに対する愛は、あるものに対する憎しみでもある。自然を愛する時、自然を破壊するものは憎しみの対象である。<愛>を<心の王者>を目ざす時、愛なき世界、物質中心の世界は憎しみと批判の対象となる。『晩年』巻頭の「葉」において<芸術の美は所詮、市民への奉仕の美である>といいながら、一方、<われは山賊。うぬが誇をかすめとらむ>といわざるを得ないのである。<心の王者>を目ざすゆえに、それを妨げるものを憎むのである。それは、俗世間の価値観に反抗することであり、反俗の精神となって現われてくるのである。
 こうした<愛>と<反俗の精神>とが結びあったところに『斜陽』が位置しているともいえよう。『斜陽』の持っていた<恋と革命>と<没落への挽歌>とい う二つの主題は、かず子の<愛>と、直治や上原の<反俗の精神>へと平行移動することもできるのである。そして最後の傑作となった『人間失格」は、<愛> よりも<反俗精神>の強い作品であり、その意味では、太宰の従来めざしていた文学からはややはずれた作品だということができるだろう。

   以上見てきたように太宰文学は、根底に、精神の貴族、<心の王者>を目ざした積極的側面をしっかりと持ったものなのである。実用性・功利性を重んずる現世の価値観に対して、<ナンセンスの美しさ>(「古典龍頭蛇尾」昭11)をいい、<無用ノ長物>を推賞し、<千代紙貼リマゼ、キレイナ小箱、コレ、何スルノ?ナンニモシナイ、コレグケノモノ、キレイデシヨ?>(「走ラヌ名馬」昭11)と、非実用の世界を強調していく。そこには俗世間の価値観に屈しない太宰の積極的側面が出ているといえる。
 <心の王者>は、<詩人>を指す。昭和十五年一月二十五日付『三田新聞」に発表した「心の王者」において、<詩人>は、神の<光>に陶然と酔い、<夢の国>に遊んで<地上の事を忘れてゐた>。しかし<詩人>は<地上の営みに於いては、何の誇るところが無くっても、其の自由な高貴の憧れによって時々は神と共にさへ住めるのです>という。この<詩人>は、太宰自身の目ざすところのものであったということができよう。

   今後への展望
 このように、世間で思われているよりずっと積極姿勢を持っていた太宰文学なのに、その韜晦的文学方法から多くの誤解を招いている。それは<笑ひながら厳粛のことを語る>(「狂言の神」)、<君不看双眼色、不語似無愁(きみみずやそうがんのいろかたらざれぱうれいなきににたり)>(「虚構の春」)と随所で繰り返される姿勢である。自分の主張をあからさまに展開するのを避け、逆説的に、また、難解に表現することが多かった。それが太宰文学を多くの誤解の中に包んだ一つの原因でもあるだろう。
 これからの太宰文学は、大宰の現実生活上のさまざまな伝説にまどわさることなく、作品に素直に接することにより、正しく受容読解されていくことが望まれる。太宰は作品の中で全てを語っている。太宰の作品に虚心に触れあうところから、正しい太宰像と太宰文学像とを築き上げていきたいものである。そうなった時に、太宰文学のために自殺したなどということは起こらなくなるであろう。

 太宰の文学修業に費やしたエネルッギーは大変なものであった。古今東西の本を読み、何千枚もの習作を書き捨てた。その上に立って、流暢華麗な文体を持っ た太宰文学がある。田中英光、小山清といった弟子の作家もいたが、本質的に太宰を引書継いているとはいい難い。現在の多くの作家に、さまざまな影響を与え ながらも、真の後継者は一人も出ていないのが太宰である。太宰文学は模倣者を許さぬ個性の強い文学である。もし模倣しても、亜流を出ぬ下品なものになって しまうであろう。そうした意味でも、太宰は天才的な作家であったということができよう。各人各様に、 それぞれ自分自身の手で太宰文学に臨むのが望ましいといえよう。
         拙著『太宰治 心の王者』(洋々社)より


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中央大学文学部文学科国文学専攻
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