名作のふるさと  松山

                 渡 部 芳 紀


    今回は、四国の松山を訪れてみよう。
 松山駅前にある<春や昔十五万石の城下哉>と彫った大きな句碑が迎えてくれる。正岡子規の町だ。市内には句碑や歌碑があちこちに建っている。高浜虚子や 河東碧梧桐を生んだ俳句の町でもある。また、松山は、夏目漱石の「坊っちゃん」でも知られる。市内には、それら俳人や「坊っちゃん」のゆかりの地が随所に ある。すべては回りきれないので、主要なところだけでも見て歩こう。

 松山駅の東南へ一キロちょっと行ったところに、伊予鉄の松山市駅がある。駅の東側の踏切を南へ渡ると、すぐ右(西)に、正宗寺の入口がある。広場があっ て、正面に本堂、左手に子規堂がある。子規の生いたちの家を戦後復元したもの。本堂の右手には小さな子規句碑があり、<朝寒やたのもとひゞく内玄関>と彫 られている。子規堂と向かいあうようにして、<坊っちゃん>が、道後温泉へ行く時乗った列車という小さなかわいらしい車が展示されている。その左には、子 規の野球の碑などもある。日本で最初に野球を始めたのは子規達だと言う。

子規堂

   子規堂の前には、虚子の<篠啼が初音になりし頃のこと>と彫られた大きな句碑がたっている。昭和二十一年、ホトトギス六百号記念に作られたもの。
 子規堂前から墓地への入口の右手に、子規堂の碑、その先に、虚子の筆塚があり、筆塚の前には、子規の埋髪塔、内藤鳴雪の髪塚がある。子規の埋髪塔のうしろには、正岡家の墓が、ひっそりと座わっている。
 
 子規堂の内部に入ろう。
 左手の三畳間が子供の頃の子規の書斎(勉強部屋)である。現代から見ると小さなものだが、明治十年代に、子供がこれだげの部屋をもっていたのは特別なことであったらしい。堂内にはほかに子規の遺品や遺墨が展示されている。

子規勉強部屋

   子規堂前の道を北へ五百メートル進めば松山城の堀にぶつかる。市駅から市電に沿って北へ向かえば、道の左側(西側)花園町に子規誕生の地の碑を見て堀の 方へ行くことができる。堀を越えた北側の一帯は堀之内。県の図書館、美術館、博物館や県民会館、市民会館などがある。市営松山球場の東南側に、<春や昔> の子規の句碑がある。子規が野球の導入者である縁によったのであろう。

 堀の東南の角の先に松山市役所がある。市役所前に、<さくら活けた花屑の中から一枝拾ふ>と彫った碧梧桐の句碑がある。市役所前で市電は北へ曲がり、さ らに東へ曲がる。その東へ曲がった東南の角に四国NTTピルがある。ここは、旧松山中学の跡地で、夏目漱石が明治二十八年四月から一年間英語の教鞭を取っ たところである。
その時の体験を踏まえて、明治三十九年に「坊っちゃん」を発表している。
 NTT四国総支社ビルの西面、玄関の南側に「松山中学校跡」の碑が<往時校庭にそびえていたユーカリの一樹をそえて>(碑文)たっている。漱石の<わか るヽや一鳥啼いて雲に入る>の句が彫られている。ここから東の大街道にかけての一帯(一番町、二番町、三番町、千舟町)にかけては、文学ゆかりの地が点在 している。
 市役所東隣の番町小学校は、子規出身の学校。子規の銅像や句碑、虚子の<春風や闘志いだきて丘にたつ>と彫った句碑があり、番町小の東南の交差点の対 角、四つ辻の東南の角には「きどや」がある。漱石が松山に来て最初に泊まった宿で、「坊っちゃん」の<山城屋>のモデルである。
 「坊っちゃん」は、<山城屋>に泊まった翌朝、<四つ角を二三度曲がつ>て、すぐの松山中学に出かけている。
 「きどや」の前の道を南へ二百メートルも行った東側に河東碧梧桐誕生の地がある。
 「きどや」の北側の道を東へ二百メートルも行き突き当たりを左(北)の三越の方へ百五十メートルも行った右(東)側に愚陀仏庵の跡(二番町三丁目)が ある。漱石の下宿で、漱石が愚陀仏庵と呼んだところ。日清戦争に従軍記者として参加し、病にとりつかれた子規は、帰国後、松山に帰り、漱石のこの下宿に二 か月ほど滞在した。子規はここで「俳諸大要」を書き、虚子、柳原極堂らと親交を深めたという。建物は焼失して無いが、次ぎに訪れる郷土美術館裏には全部 が、あとで訪れる子規記念博物館内には一階部分が復元されている。

 愚陀仏庵跡から北へそのまま進み市電通りに出、道を渡って、ななめ左前方の松山地方裁判所の右側の道を北へ登って行くと、愛媛郷土美術館万翠荘に至る。 旧松山藩主久松定謨公の邸宅で大正十一年に建てられたコンクリート製の純フランス式建築。この建物の前に下宿屋愛松亭があった。漱石が、城戸屋から移って 下宿したところ。その後、明治三十五年から数年間は、虚子の兄池内政忠が久松家家職として管理し、虚子も帰省の都度ここに起居した。今、その家はないが、 万翠荘前の芝生の中に、旧井戸が残っている。
 虚子の「故国雑筆」には、<日の出る町に山の井を汲み上げて体を拭く。涼しい風が後ろの木立から吹いて来る>と描かれている。そうしたゆかりから、万翠 荘入口に「夏目漱石ゆかりの愛松亭跡」の碑が、万翠荘内には、<なつかしき父の故郷月もよし>と父虚子を懐かしんでよんだ長男年尾の句碑があり、「ホトト ギス」松山版の責任者柳原極堂の<城山や筍のびし垣の内>の句碑もある。
 
 万翠荘を見学したら、市電通りにもどり、東へ進み、最初の交差点(市電大街道駅)を左(北)へ曲がろう。四百メートルも行くと左側に松山城へ登るロープウェイとリフトの駅がある。どちらでも好みの乗り物に乗って上に登ろう。
 駅を下りて本丸に向かって歩き出すと、右手に俳句ポストをもかねた子規の句碑がたっている。<松山城>と題し、<松山や秋より高き天守閣>と彫られてい る。筒井門、太鼓門と、道なりに登って行くと天守閣に至る。文政三年(一八二〇年)に再興されたものだが、木をふんだんに使った美しい城である。

松山城

   天守閣からの眺望はすばらしく、西から西北には、瀬戸内海や島々が眺められ、松山市街も一望のもとである。子規、虚子をはじめ、松山出身者の郷愁の原点がこの城にあると言ってよかろう。意外なことに、「坊つちゃん」には、この城の描写が無い。
 
 城を見たらロープウェイで下ろう。左側に気をつけていると途中に神社が見える。ただし、中間駅は無いので下に降りて、ちよっと左(北)へ行くと、すぐ東 雲(しののめ)神社の登り口に出る。石段をずっと登って行く。石段の途中右側に虚子の句碑がある。<遠山に日の当りたる枯野哉>と彫られている。階段途中 の左側には、内藤鳴雪の句碑もある。<東雲のほがらほがらと初桜>と刻されている。東雲神社では、虚子の父が能の会を催したりしている。「虚子自伝」で は、<東雲神社は城山の中腹に在つて、何百段かの石段を登らねばならぬ。その石段を登つて居る時分に、鼓の音や笛の音が聞えて来る>と、その楽しさを語っ ている。
 東雲神社を下りた道の対面の道端に、子規の句碑がたっている。<年行くや比沙門阪の秋の暮れ>と彫られている。
 
 ここより東へ二百メートルも行くと市電の東警察署前に出る。市電に乗り、終点の道後温泉まで行こう。駅を降りると、駅の対角に放生園という小公園があ る。そこに「ホトトギス」松山版を編集したり、地元にあって俳句の普及につくした柳原極堂の句碑<春風やふね伊豫に寄りて道後の湯>がたっている。
 公園の左の道を入って行くと商店街のアーケードになる。百五十メートルも行くと四つ角の左前方角に共同温泉椿湯があるのでそこを右へ曲がり、アーケード をぬけた突き当たりが道後温泉本館である。「坊っちゃん」に<ほかの所は何を見ても東京の足元にも及ばないが温泉だけは立派なものだ>と書かれた木造三階 建の城郭式建築。その上に朝夕の「刻太鼓」を打つ振鷺閣がそびえている。数々の文学者が訪れているところ。一階は大衆浴場、三階には「霊の湯」や「坊っ ちゃんの間」がある。

 本館前の道を南へまっすぐ行くと二百メートルほどで広い道に出、その左前方に四階建の立派なビルがある。道後公園の一角にある松山市立子規記念博物館だ。

子規記念博物館

   一階はロビー、二階は松山・道後の歴史、「子規とその時代」の展示、三階は「子規のめざした世界」の展示があり、愚陀仏庵も復元されている。他に、特別 展示の部屋もある。子規を中心に、漱石の「坊つちやん」や碧梧桐ほか周辺の人々に関するものなど数多くの展示があり、子規に関するビデオも数基そなえられ ていて楽しく見学できる。個人名を冠した記念館では日本一と言ってよいのではないだろうか。観覧料一般三百円、休館日は月曜(祝日は除く)、祝日の翌日 (日曜は除く)。午前九時から午後五時まで。問い合わせ先(0899ー31-5566)。 記念館の前には子規の歌碑、子規と漱石合同の句碑、一茶の句碑 などがあり、道後公園内には鳴雪の句碑もある。公園の散索もよい。記念館と道をへだてた「鮒屋」は漱石、虚子ほか多くの文学者が訪れたところ。ここより少 し奥へ入ったところには第五十一番札所石手寺もある。
                         (写真・筆者)

石手寺


リンク


「愚陀仏庵」を旧来の場所に復元する会
( 現在萬翠荘裏に復元されている「愚陀仏庵」を旧来の松山市二番町三丁目(天平跡地)へ復元する願いを市長へ提出するための、署名のホームページ。インターネットでの署名も可能。)
(CGIを利用し、一つのURLで携帯電話からもアクセス、署名できる)

「名作のふるさと」ホームページ

渡部芳紀研究室
中央大学文学部文学科国文学専攻

渡部芳紀(Yoshinori Watabe)へのメールの宛先 : houkihoshi2000@yahoo.co.jp
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