ニセコ(名作のふるさと) 

               渡 部 芳 紀


ニセコアンヌプリ


ニセコ駅から南へ少し行き、左の町役場へ曲がり、 役場前の道を東北へ1キロも行くと、左に有島武郎記念館と有島公園がある。 有島農場野跡である。
作品では「カインの末裔」、「生まれ出る悩み」、「親子」などのの舞 台である。

「カインの末裔」では
<北海道の冬は空まで迫っていた。蝦夷富士といわれるマツ カリヌプリの麓に続く胆振(いぶり)の 大草原を、日本海から内浦湾に吹きぬけ る西風が、打ち寄せるうねりのように跡 から跡から吹き払って行った。寒い風だ。 見上げると八合目まで雪になったマツカ、 リヌプリは少し頭を前にこごめてかぜ に刃向かいながら黙ったまま突っ立って いた。昆布岳の斜面に小さく集まった雲 の塊を眼がけて日は沈みかかっていた。 草原の上には一本の樹木も生えていなかっ た。>と書き始められている。

有島農場跡と羊蹄山

その後、画家として大成した木田金次郎をこの地に迎えた時のことは「生まれ 出る悩み」に生かされている。

有島農場のあった跡には現在有島武郎記念館が建 てられている。マツカリヌプリ(羊蹄山) を背景にした白亜の美しい建物で、上か ら見ると北海道の形になっているという。

有島武郎記念館

館内は一、二階に分れ農場の資料や有島 の遺品遺稿書籍など様々な展示がなされ ている。二階の窓からはニセコアンヌプ リの山容が美しい。

ニセコアンヌプリ

館の前は最近公園に整備され有島の銅像や碑、噴 水など作られている。
有島像

館の前の道を館に沿って右(北)の方へ一五〇メ−ト ルも行くと有島農場解放記念碑がある。 碑の裏側には有島農場の由来なども彫ら れている。ここからは羊蹄山の姿が美し く眺められる。

羊蹄山


資料編

ニセコと有島武郎

  明治三十六年六月二十五日、有島武郎は、視察交渉の為農場を訪れる。
四十年八月六日、ヨ−ロッパ留学帰国後初めて訪れる。この時の体験が「親子」の素材に なったと言われる。
十七日〜二十日母行郎らも訪れる。
四十一年七月二十八日〜八月十日訪れる。
四十二年八月、父武、弟英夫(里見 )行郎と訪れる。
十月妻安子を伴なって訪れる。
四十三年十二月十日農場事務所の一室で「或る女のグリ ンプス」初回掲載分を脱稿。
四十四年、農場の小作六十一戸のうち八戸が退場。 その中に、「カインの末裔」のモデルと もくされる広岡吉次郎もいた。
大正四年三月十八日訪れ、農事事務のため三泊。
五年十月十八日、訪れ、二十三日まで滞在。
六年十一月十一日訪れ、数日滞在。
十二日木田金次郎来訪(七年ぶりの再会)。
九年十月十四日訪れ、農場解放の準備を進める。
十一年七月十三日訪れる。十四日木田金次郎来訪。
十八日午後二時、農場内の弥照神社に小作人一同を集め、 農場解放を宣言。十九日札幌へ去る。
(この項、筑摩書房版「有島武郎全集」の年譜 (山田昭夫・内田満編著)に大変お世話になった。 記して感謝したい。


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中央大学文学部文学科国文学専攻
渡部芳紀研究室

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