萩原葉子の魅力

               渡 部 芳 紀


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 萩原葉子氏の作品を読んでいると、時々、しーんとした静寂の時間を持つことがある。感動の一つの形なのだが、感動という言葉ではぴったりしないような、 ある胸の静かさなのだ。それは悟りとか恍惚境とか言ったものとも違う。青空が真青に澄み極わまった時の感じ、花火を打ちあげて、シュルシェルと昇って行っ て、ぱっと爆発して花が開く、その寸前の静けさのような感じ、耳がじいんとして何も聴こえなくなるようなそんな静寂である。作品を前にして、私は、ただ 黙っている。感動の中にあって、沈黙している以外に何もないという状態である。「奪麻の家」にそれを感じ、「閉ざされた庭」にそれを感じた。
 字野千代氏は、新潮文庫『花笑み・天上の花』(昭55・10刊)の「解説」で、<萩原葉子と言う作家は小説の名手ではない。どちらかと言うと、下手な小 説を書く人である。それだのに、萩原さんの小説を読むと、人は魂をえぐられたような気持になる>と言っている。確かに葉子氏は、うまい作家ではない。むし ろ無器用と言ってよいかもしれない。(ただし、最近の作品は、そういう言い方は当てはまらず、実にみごとな文章を書いている)それでいて、人の心をシーン とさせるような感動を与える。神々しいものを感じさせる。それはリアリズムとか、すさまじい表現などという言い方を越えたものだ。私は、ただ黙して作品の 前に座わっている。
 葉子氏の作品が、こんなにも私を打つのは、作者がそこに命をかけているからであろう。
 氏は小説を書くにあたっての心がまえとして、<恥をかくこと>を重要なものとしてあげている。<書きたくない部分を、惜しみなく書かなくては、小説を書 く意味がないので、そのためには恥を書く必要があった。飛ばしてしまえば、小説として読者の心に訴えるものがないのである。(中略)小説を書くと決心した 以上、登場人物への気がねや自分の恥を考慮に入れては、ならない。>(「初めての小説の頃」『仮面舞踏会』所収、昭55・3、中央公識社刊)と言ってい る。自己への執着を捨て、徹底した自己放棄の上に、氏の作品は成り立っている。それは<かるみ>と言ってよいかもしれない。太宰に言わせれば<欲と命を捨 て>た状態、<すべてを失い、すべてを捨てた者>(「パンドラの匣」)という位置に立っているからではないか。
 そうした作者の姿勢は、自分の作品を<遺言>だとするところにもあらわれている。<遺言の目的は、生きている時には人前に出して言えないようなことを、 死んだあとに公表してもらうことであろう。もの書きを仕事とする人間が、今更生き恥を晒すことをひるんだり、隠し通そうと努めたりは邪道なので、できるだ け作品化するのが本筋かも知れない。>(「私の遺言」『仮面舞踏会』所収)という気持ちから<精神的の遺言>をしているのだと言う。そういう立場から氏は 作品を発表して行く。
 <最初の遺言の作品とでも言うのは「父・萩原朔太郎」だった。><真剣に遺言を書いていた>と、「父・萩原朔太郎」を<遺言>第一作として出発した氏 は、<「天上の花」と「蕁麻の家」を書くにあたり、再び遺言の意識が表面に出た>と、第二、第三の<遺言>を書く。そして、<次の遺言>として<「奪麻の 家」の続きの小説>「閉ざされた庭」を書く。
 こうして、自己執着を捨てた位置から、作品を生み出して行き、それが、おのずから、読者をうつのである。次に、そうした四つの<遺言>を中心に、葉子氏の作品世界を眺めて行きたい。


「父・萩原朔太郎」は、昭和三十四年十一月、筑摩書房より刊行され、第八回日本エッセイスト・クラプ賞を受けた。作者の処女作品である。山岸外史が主宰し ていた『青い花』に初めて発表した「父の晩酌」「父と手品」を初め、あちこちに発表した二年間ほどの間の父に関する回想をまとめたものである。
 題目からも明白なように、これは、父の思い出を綴ったエッセイ集である。それ故に、エッセイスト・クラブ賞も受賞している。しかし、これは、単なる回想 記、単なるエッセイ集ではない。一個の芸術的<作品>という言い方ができるものだ。ここには、後の葉子氏の作品世界につながる様々な萌芽が散りぱめられて いる。よく、処女作には作者の全てが入っていると言われるが、ここにも、葉子氏の様々な世界が芽を出している。混沌とした宇宙の塵を集めた星雲が次第に、 いくつかの星に凝縮して行くように、「父・萩原朔太郎」には、「女客」「花笑み」「天上の花」「蕁麻の家」と展開して行く、その核が含まれている。
 「幼いころの日々」「折にふれての思い山」に描かれた三好達治は、「天上の花」へと成長して行き、「幼いころの日々」に描かれた母との別離は、「再会」 をへて、文芸誌に載った最初の小説「女客」から、さらに「花笑み」へと展開する。極めて抑制した筆づかいながら、祖母を初め、親類の人達の姿も描いてあ り、それは、「蕁麻の家」へと進展して行く。「父・萩原朔太郎は、そうした意味で、単なる回想、単なるエッセイといったものを越えて、表現という問題、作 家の誕生の過程といったものをまざまざと見せてくれるのである。ハガキぐらいしか書いたことがなかった葉子氏が、おずおずと、人に強制されるようにして、 父の回想を文章にして行く。
 そうした回想文を受身の形で書いているうちに、次第に表現する意欲が湧いて来る。書きたいことが沢山生じて来る。ただ、この時期は、まだ、抑制する思い も強い、これ以上は書いてはいけないという思いと、いや、どうしても書きたいという思いが相剋している。そうした作者自身の成長や、表現への思いが如実に あらわれている。従って、この作品は、単に、回想記として読むのでなく、一個の作品として、芸術的な宇宙として読むことができるのである。


 「天上の花」は、昭和四十一年六月、新潮社より刊行され、第六回田村俊子賞、第十三回新潮社文学賞を受賞している。副題がー三好達治抄ーとなっているよ うに、三好達治の朔太郎の妹愛子への恋愛を素材としている。芥川賞の候補にもなった作品だが、小説とエッセイの中間、あるいは、混合した作品である。前半 の、二人の激しい愛と憎しみの葛藤の部分は小説として読めるが、後半の「別離ののち」以後は、その恋愛の件は消え、もっばら三好達治の思い出になってい る。体裁としてはエッセイとしての「父・萩原朔太郎」で文学的出発をした葉子氏が、小説とエッセイの中間的な体裁をとった「天上の花」で一段と成長し、第 三の<遺言>「蕁麻の家」では、小説らしい小説を書くようになっていく、その過程もおもしろい。
 世間ではもっぱら、隠されていた三好達治の恋愛を扱っえ小説として注目を集めたようだ。私も、この恋愛事件は、それとして実に興味を持って読み、また感 動もした。が、この小説は、それだけにとどまらない様々な問題を孕んでいる。先に述べた、作者の中における、エッセイから小説への移り行きが興味ある問題 であるのを初め、詩人と生活者の問題、素材の周辺の問題など興味がつきない。この小説では、祖母と慶子(三好達治の恋人)対、三好達治の対立という基本的 な構造がある。それは、経済力を人間の価値とする生活者と、詩という、実生活の上では無用に等しいものに関わる芸術家との対立である。この祖母と三好、慶 子と三好の対立は、そのまま、その素材である萩原家内部での対立を浮き彫りにしていると言えよう。三好は朔太郎の分身であり、そこには、萩原家における、 祖母(朔太郎の母)と、朔太郎との対立が、投彬されているのだ。もちろん、実生活の上では、朔太郎は母を愛し、祖母(母)も息子を誰よりも愛していたかも しれない。しかし、心の中では、祖母(母)は、詩人の息子の価値が少しもわかっていないのだ。そうした祖母を初め、この作品には、叔母達を含めて、萩原家 をモデルにした部分が多くとり込まれている。おのずから萩原家の中における葉子氏自身の姿も書き込まれてくることになる。第二の<遺言>として、血を流し ながら書いているのである。この「天上の花」も、「父・萩原朔太郎」と同様、エッセイか、小説かなどといったジャンルの次元を越えて、文学作品として、人 々を感動させるのである。


「蕁麻の家」は、昭和五十一年七月『新潮』に掲載され、同年九月、新潮社から刊行され、第十五回女流文学賞を受賞している。作者を代表する作品であり、作 者自身の発言も多い。<主題は><青春の挫折であり、避けられない宿命であった>(「受賞のこと」)と言い、<「これだけは死んでも書けない」と、考えて いた小説のモチーフがあった。それが、次第に「これだけは、書かなくては死ねない」と考えるようになった>(「胸の中に押し込められた暗闇」)と言う。そ して、<不思議なことに書いたあとの気持は思いもよらない晴れやかさであった。「繊悔」を終ったあとのさっぱりした感じなのだった。(中略)これで世の中 に恐いものがなくなったのだと私は思った>(同)と言う。
 ここにあるのは、ヒロインの<青春の挫折>であるとともに、そこに到るヒロインと祖母や叔母達との葛藤である。それを書くことは、<怨念>を晴らすこと でもあった。ここに書かれていることの、どこまでが真実で、どこまでが虚構かを私は知らない。<十中九割までが、現実には存在しないことをフィクション化 している>(「受賞のこと」)という発言もある。大事なのは、真実かフィクションかではなく、このヒロインの真摯な生き方の中にある。その生き方を通し て、作者は、自己の生き方を語っているのだ。
 先に書いたように、私は、この作品を前にして、ただ無限の静寂の中にあるだけである。そうとしか表わせない感動がある。「父・萩原朔太郎」に芽生え、 「天上の花」で、ぐっと踏み込んで行った世界が、ここでは、正面きって見据えられている。そうした成長の過程もまた興味ある問題である。


   「閉ざされた庭」は、昭和五十八年十月、『新潮』に発表され、翌年二月、新潮社より刊行された。ー続・蕁麻の家ーと副題を持つこの作は、「蕁麻の家」同 様、作者の自伝的作品である。ここには、ある不幸な結婚生活が描かれている。先に、私は、葉子氏を、不器用な作家と書いたが、この作には、そうした影ば少 しもない。適格な描写、省略のきいた簡潔な文章。実にみごとな作品と言うほかはない。作者には、すでに、昭和三十九年刊の「木馬館」があり、そこでも、自 分の結婚を素材としたものを書いている。さらに昭和四十三年三月には『新潮』に「対岸の人」を書き、やはり、結婚生活を素材としたものを発表している。 「閉ざされた庭」は、そうした作品の頂点に立つものである。
 「木馬館」で、きわめて抑制した形で描き始めたテーマが、「対岸の人」で、一歩踏み込み、「閉ざされた庭」で完成されたと言えよう。ここには、それまでになかった性の問題が真正面から取りあげられている。この作品の前でも、私は、黙って座わっているだけである。


 これら、<遺言>と言われる四つの作品を初め、葉子氏の作品は、その主人公の真摯な生き方ゆえに、読む者をして、生きる勇気を与えるところがある。自分 の人生は絶望だなどと考えがちの人は、葉子氏の作品世界のヒロイン達にぜひ触れてもらいたいものだ。そこから、自分たちの生への勇気を汲みあげることがで きるはずである。が、そうした<遺言>としての作品以外にも、ダンスを扱ったものを初め、多くの、楽しく、明るく、ユーモアあふるる作品群もある。紙数の 関係で今回は、触れることができなかったが、それらの作品にもぜひ接してもらいたいものである。
     〔わたぺ・よしのり中央大学教授)
             (初出、『解釈と鑑賞』(昭和60・9)


渡部芳紀研究室
(中央大学文学部文学科 国文学専攻)