「しろばんば」

               渡 部 芳 紀


井上靖記念館(長泉町)

 


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 「しろばんば」は、『主婦の友』に、昭和三十五年一月号から三十七年十二月号まで発表され、三十七年十月に、前編が『しろばんば』として、三十八年十一月に、後編が『続しろばんば』として、中央公論社より刊行された。 
 この作品は、作者の小学校時代を踏まえた自伝小説である。この作品の成功をもとに、「夏草冬濤」「北の海」と、「しろばんば」に引き続く中学校時代を中心にした自伝小説が書きつがれることになる。 
 しかし、「しろばんば」は、単に、作者の小学校時代を編年体で追った年代記ではない。そこには、作者により、選択と構成の意識の下に再構築された一個の作品世界がある。 
 ここでは、主人公の伊上洪作を中心に作品世界の展開を見ていこう。 

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 作品の構成は、大きく、前編、後編の二つに分けられる。前編は、洪作の小学校二、三年生時代(具体的には、二年生の春から三年生の夏休みまで)が扱われており、後編は、小学校五、六年生(五年生の夏休みの終わり頃から六年生の一月まで)が扱われている。 
 長い小学生時代と言うものを、前記の二つの時期に代表させ、その中に、小学生時代の様々な思い、出来事を凝縮させているのである。 
 「しろばんば」は、「夏草冬濤」「北の海」と比較し、虚構性が極めて少ない作品と考えられるが、それは、虚構をあまり加えなかったということで、書かれたこと全てが、事実に即しているわけでは無い。それを象徴的に示しているのが、洪作の叔母さき子の死であろう。
 作者の『幼き日のこと』(『毎日新聞』昭47・9・11〜48・1.31)によれば、さき子のモデル叔母まちが死んだのは<私の小学校五年の時のこと>であると書いている。小学校五年の時の出来事を、小学三年の時のこととして書いた理由を<事実とは多少違うが、彼女を失った悲しみはこの時が一番大きかったからである。本家から去って行ったあとは、私は彼女に会っていず、二年後にその死を知らされた時は、半信半疑の思いで、死は実感として受取られなかった。私は多少事実を変えても、若い叔母の死に対する悲しみを作品の中に深く刻みつけたかったのである>と述懐している。
 自伝的小説ではあるが、この程度の虚構の操作はされているのである。だらだらと事実に即して事件を羅列して行くよりも、ある程度の虚構を加え、作品世界を引き締めた方がよいことは言うまでもあるまい。「しろばんば」が大変長い作品でありながら、読者をあきさせることなくひっぱって行くのは、そうした虚構化と、事実の取捨選択とがなされているからであろう。 
 前編の一年半と、後編の一年半のそれぞれの小学生の生活を通して、大正期前半の伊豆の山間の温泉のある村での少年の姿を象徴的に写し出しているのである。

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 「しろばんば」には、実に多くの人物が登場する。しかし、その人物造形が個性的でしっかりしていて、少しも混乱なく読者の心に焼きついてくる。作品の主人公が洪作であることは言うまでも無いが、主人公であるゆえに、その輪郭は漠然としている。あらゆる可能性をひめた、柔軟な存在であり、外界に微妙に反応して行く無色透明な存在である。極端なことを言うと洪作は、狂言廻しであって、実体を持たないと言ってもよい。
 洪作を通して浮かび上がらされる、祖母ぬい、叔母さき、初恋の人あき子、上の家の祖母や祖父、門野原の伯父、沼津の「かみき」の小母さんや玲子や蘭子、父方の祖父、母、といった人物たちがいかに鮮明な輪郭で読者の頭に焼きついていることか。それら個性的な人物の魅力が、「しろばんば」の魅力の一つである。
 ただ、そうした人物の中で、女性の方に比重がかかっているのは明瞭である。それは、幼少年期母を持たなかった作者の母親コンプレックスの裏返しなのだろうか。洪作をひたすら愛した祖母ぬいの存在はあったとしても、ぬいの愛は母親の愛ではなかったのである。
 登場する多くの女性群の中で、その中心になっているのは、叔母さき子と、祖母ぬいである。前半の。プロットの中心にあるのはさき子であり、その死によって結ばれている。後編は、前後編を通じて主要な人物であったぬいの死によって作品が閉じられている。作者は、さき子のモデルまちに関して、<私には特別の女性><幼い私の最初の思慕の対象><若い愛人>(『幼き日のこと』)と表現している。また、ぬいのモデルかのに関して、<祖母と孫の関係ではなく、世の男女の愛の形のようなものが、私とおかのお婆さんとの間には置かれていたのではないか><祖母の墓に詣でている気持ではなく、遠い昔の愛人の墓の前に立っている気持>(『幼き日のこと』)と表現している。
 二人とも幼い頃の作者の<愛人>であったと捉られているのである。「しろばんば」は、作者の<愛人>の二人を中心とした小説であり、その前半は、<若い愛人>の死によって結ばれ、後編(そして全編)は、<老いた無類の奉仕者><昔の愛人>の死によって閉じられているのである。見方によっては、「しろばんば」は、この二人の恋人への鎮魂歌だとも言えるのである。

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 様々な登場人物の魅力とともにこの作品を支えているのは、大正四、五年から八、九年頃の伊豆の山村の少年少女たちの豊かな生活の魅力である。そこに写された山村の風物誌は、それだけでも、一つの生きた記録である。前編の神楽、運動会、馬とばし、神かくし、後編のどんど焼、とりのワナ、それらがなんと生き生きとそこには写し出されていることであろう。今は失われてしまった、あるいは失われつつあるそれらの行事、風物が、生き生きと、眼前に浮かび上がらせられるのである。そして、何よりも、そうした特別な行事の場面でなく、少年少女たちの日常の在り様が、一つの豊かさをあらわしている。年上の者から年下の者までが、一つの統率の中にまとめられ、一緒に遊び行動している姿、どこの家にも平気で入り込み、出産の場面をかい間みようとしたり、きき耳をたてたりする好奇心のあらわれ、石を投げたり投げられたりといった行為にも表われているよその部落の少年たちとの無言の敵対感。そうした幼少年期特有の世界がそこにはとらえられているのである。
 しかも、それらのほとんど全てが、現在の少年少女たちから奪われつつあるのではないか。大人たちだけでなく、子供の世界でも、交友関係のたてよこの範囲はせばめられ、少年群像の持っていたエネルギーを喪失し、敵対関係をさえ失っているのではないか。「しろばんば」は、そうした今は失われつつある少年少女たちの生きた生を作品の中に定着しているのである。それは、今後は、生きた記録としての意味をも次第に深めて行くであろう。

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  少年少女たちの、そうした幼いエネルギーの魅力を支えているのは、それらをとり囲む自然である。この作品における豊かな自然の役割を見逃すことはできないであろう。

湯が島

 


 少年たちは、小川で顔を洗い、木に登り、川で泳ぎ、田野山道を駆けまわり、鳥をつかまえ、森の中に迷い込む。ある時は天城峠の隧道まで歩くし、馬とばしを見るため国士峠からさらには筏場まで何キロもの道を半分駆けるように進んで行く。そうした大自然との交流が少年少女たちの世界に濡いとエネルギーとを与えている。読者は、少年たちとともに山の上の墓地に登り、温泉に飛び込む。眼前に展開される自然の風景に身を浸すことができる。
 少年たちの住む村は営林署、その他の状況から、作者の故郷伊豆の湯ヶ島である。この作品の舞台は全て、そっくり湯ヶ島にあてはめることができる。作品の次元からはそれてしまうが、作品を播きながら湯ヶ島を歩いてみるとまた一段と魅力が増す作品なのである。

天城峠

 


 そうした伊豆の自然を背景に、少年少女たちの群像がくり広げる一巻の絵巻は、比較的に平面的な変化の方が目立つ。季節の推移、行事の展開などあるが、それらはどちらかというと平面的に並べられている。時間の推移は感じられない。そうした中で、小学六年生の春の、バスの開通は、時代の流れを感じさせる象徴的事件である。今までは徒歩か馬車により外界とつながっていたのに、六年生の春、バスが開通した。馬車も並行して運行される。年よりたちは馬車の方に乗りたかったが、若い者、子供たちはバスに乗りたがったとある。その後の推移をも思わせて一つの象徴的な事件であったと言えよう。

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 これまで見て来たように、長編「しろばんば」には、洪作を狂言廻しとして、様々な人物像を描き、また洪作を核として多数の少年少女の群像を描き、それらの少年少女を通して、伊豆の自然を背景に山村の風物行事などを描いて、バラエティーに富んだ魅力が散りばめられている。しかし、それは、この作品の魅力の全てでは無い。洪作少年は、作品の狂言廻しであるとともに、やはり作品の主人公である。確実に、作品の中で、小学校の二年生から六年生へと成長して行くのである。そこに流れる時間の中に写された作品の魅力をも見のがすことはできない。
 洪作の中を流れる時間を最も鮮明に写し出すのは女性に対する思いであろう。前編では叔母のさき子へ寄せられていた思慕の情は、後編では、「かみき」の蘭子やれい子へのほのかな思いへと移って行く、千本浜で蘭子から石川啄木の短歌を教えられた洪作は<青春の思いの中に身を固くし><高級で甘美な世界>の一端に触れ始めるのである。
 それは、もっと身近な者としての一年上級のあき子への思いとなってあらわれる。ただ、たまに会う蘭子やれい子と違い、いつも顔をあわせるあき子への思慕の思いはストレートには出て来ない。ある時には深く心ひかれ、ある時には反発して遠ざかる。その螺線状のくり返しの中に、次第に恋心が強まって行くのである。しかし、それも所詮は少年のほのかな思慕であって、具体的な形で成就するわけではない。ただ、それらの過程の中に、確実に、幼年期から、少年期青年期へと成長して行く一人の男の姿が写し出されているのである。その成長の中に、人間の喜びと悲しみを、孤独と寂しさを、人生の哀しさを感受できる心を次第に養って行くのである。

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  そうした洪作の成長に関与しているものは女性のほかに、外界がある。湯ヶ島を舞台の中心として展開するこの長編の中で、所々挿入される外界は実に印象的である。その重要なものは、豊橋であり沼津であり、三津・三島であり、下田である。ちょっと外界というほど遠くないが、父方の祖父が椎茸栽培をしている棚場もそれに数えてよかろうか。それら外界との接触を通して洪作は飛躍的に成長して行く。
 その中で特に強調されているのは、都会と田舎の問題である。田舎の少年である洪作は、都会の少年少女と較ぺ、ことば使い、立居振舞い、勉学能力のことことくにコンプレックスを感じて行く。このコンプレックスに立ち向かう形で洪作は成長して行く。その挑戦の象徴が受験勉強であろう。洪作に個人教授をし、自身も勉強のしすぎから発狂状態になる犬飼は、多くの登場人物の中でも特に印象深い人物である。中学受験のための個人指導をたのまれた時、<はいらなければならぬということになると、はいるようにするほかはない><僕も真剣にやるから君も真剣にやれ>と言う場面は特に印象的である。
 この受験勉強を一つのきっかけとして、洪作は村の少年たちから遊離して行く。村の少年たちと違う洪作の姿が浮き彫りにされる。それは、六年生という最上級生という場のもたらしたものでもあるが、それ以上に、洪作の置かれた状況に根本的原因がある。
 洪作は、もともとこの村では異邦人であったのだ。村一番のインテリの家系の子であり、本来は、都会の子なのに、たまたま、祖母のぬいと田舎に住んでいるのである。いわば、都会人であることを執行猶予されている人間なのだ。その本来の異邦人性が、この最終場面で顕現したに過ぎないのだ。
 その異邦人の象徴的表われが、おぬい婆さんとの土蔵での<共同生活>であったのであろう。六年生に成長し、おぬい婆さんは死に、執行猶予の期間は終わり、洪作は、本来の都会人になるために村を出て行くのである。

旧居・土蔵跡

 


 が、異邦人として、湯ヶ島で仲間の少年たちと過ごした年月は重い。それは、確実に、洪作を田舎の少年に変えていた。洪作は、異邦人でいながら異邦人で無い。都会人であって田舎者であるという良い意味での両面性を持った人間として成長して来たのである。そしてそれは、作者井上靖の両面性でもあろう。井上の持つ、繊細さと優しさと抒情、野性と豪胆と情熱とエネルギーとの両面性は、こうした都会と田舎といった、井上の中にある両面性の中ではぐくまれ、つちかわれて来たものではなかろうか。

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 こうした様々な特長をもちながら、「しろばんば」は一個の作品世界を構築している。その明断な文体で支えられた世界は、時には、軽やかなユーモアを漂わせながら、香りある詩情をたたえているのである。
 
 「しろばんば」が、何よりも感動的であるのは、長い作品でありながらそれが詩そのものであるということなのだ。この少年世界の詩情をたたえた作品は、幼年少年を扱った貴重な作品として、今後増々読み継がれて行くであろう。
                  〔わたべ・よしのり中央大学教授〕
       (「解釈と鑑賞」昭和62.12)


渡部芳紀研究室
(中央大学文学部文学科 国文学専攻)