国際商事紛争解決制度の変容と日本の貢献


11月23日の両日、一般社団法人日本国際仲裁総合研究所(略称:JIIART)と中央大学比較法文化プロジェクト(2016年度採択私立大学研究ブランディング事業)の共催、および日本比較法研究所の後援により、アフターコロナ時代における国際的な商事紛争解決をテーマに、JIIART創立記念ウェブ・シンポジウムを開催した。その詳細については、別の機会に譲るが、個別報告・パネルディスカッションを概観した後、個人的な感想を加えることを許されたい。

シンポジウムの概要

1日の冒頭で、JIIART代表の阿部信一郎弁護士(本学法科大学院客員教授)より開催挨拶があり、日本における国際仲裁の発展と若い法律家を中心とする国際仲裁人材の育成を支援するというJIIART設立の趣旨について説明があった。続いて、柏木昇・法科大学院フェローより、「日本仲裁神話の不思議」と題する基調講演がなされた。経営法友会アンケートから、日本企業が仲裁地として日本を選択しないこと、その理由に仲裁人材の不足に挙げているのは、誤解に基づくものであるとして、日本における国際仲裁の実施・発展を強く望んでいることを明らかにされた。次に、佐藤信行・法科大学院教授より、「比較法文化プロジェクトからみた国際紛争」と題して、同教授が代表を務める中央大学私立大学ブランディング事業(略称・比較法文化プロジェクト)の成果が、国際紛争解決の実務的課題と接続されたことを明らかにした。

その後、高取芳宏弁護士(日本仲裁人協会常務理事)をモデレーターとして、柏木昇フェロー・小杉丈夫弁護士(LAWASIA会長)・岡田春夫弁護士(京都国際調停センター所長)をパネリストに、「COVID-19下でのADRの具体的活用と問題点」をテーマについて議論した。興味深い論点が多数であったが、とくに印象深かったのは以下の点である。第一に、国際仲裁と国際調停の連携を図ることによって、紛争解決の実効性を向上させることが可能であることが示唆された。第二に、とくにアジアにおけるサプライチェーンの寸断から生じるような紛争については、国際仲裁よりも国際調停のほうが適切であると指摘された。第三に、そのために、京都国際調停センターが、より多くの案件を呼び込むことが必要であり、たとえば日本企業のインハウス・ローヤー(社内弁護士)であれば、短期間で妥当な調停案を提示することができるのではないか、といったアイデアが披瀝された。

2日目は、国際仲裁の実務で活躍し、わが国の実務との関わりも深い実務家・研究者が中心となって、コロナ禍での国際仲裁実務から生じている問題点について検討した。まず、Colin Ong勅撰弁護士から、「COVID-19下におけるAIその他の技術」と題する基調講演があった。国際仲裁の実務では、大量の文書のやりとりが発生するのが通例であるが、COVID-19下では難しい、しかし、AI技術を用いると、必要な文書と箇所を特定することができ、いちいち当事者相互の確認を要しない、という利点を説明された。続いて、Anselmo Reyesシンガポール国際商事裁判所判事より、「日本における国際仲裁人材の養成」について講演があった。日本ほど比較法研究が盛んな国はないこと、健全な司法システムの裏付けがあることから、国際仲裁を実施するのに適しているとしたうえで、コミュニケーション・スキルを中心とした能力養成が重要であり、テクノロジーに精通した若い法曹に期待する旨を表明された。その後、Ong弁護士をモデレーターとし、Reyes判事、Bodenheimer弁護士、Claxton立教大学教授をパネリストとして、国際仲裁の実務上の問題点が検討された。実務に関わる方には、大変興味深い論点が多く含まれていたが、ここでは、仲裁実務においてZOOMなどの新しいテクノロジーを取り入れるのに、驚くほど寛容であったこと、リモートやバーチャルでの手続が定着するなかで、仲裁判断に関わるような新しい問題が出現する可能性がある点について、仲裁人の裁量で対処できるという見解と、仲裁判断取消事由との関係で、さらなる検討が必要、という見解に別れたことを報告しておく。

国際仲裁の長期化・高額化―デュー・プロセス・パラノイア

今回のシンポにご参集いただいた報告者・パネリスト共通の懸念は、近時の国際仲裁が、コモン・ロー的な対審的(adversarial)構造になっており、とくに証拠開示手続や証人尋問が「当然のように」、国際仲裁でも前提となって運営されていることであった。大量の文書のやりとりや、証人尋問などが仲裁の長期化・費用の高額化を招いていることは疑いない。他方で、手続的保障の要請も当然であり、仲裁人の手続運営において、「主張を聞いてもらう権利(the right to be heard)」を侵害されたとして、いったん下された仲裁判断の取消を求める例も少なくないといわれる。クイン・メアリ大学とWhite & Case法律事務所の共同調査では、このように大量の証拠開示を要求し、弁論手続の軽微な瑕疵も認めないという態度を、「デュー・プロセス・パラノイア」と呼んで、かえって国際仲裁の利用促進を阻害していると指摘している[1]

これまで、国際仲裁については、訴訟と異なり、より柔軟な手続運営が可能である、当事者自治が認められる範囲が広い、費用を抑えることができる、といった紹介がなされるのが一般的であった。しかし、デュー・プロセス・パラノイアに象徴されるように、近時の国際仲裁の案件がより長期化・高額化する傾向にあることは疑いない。しかし、国際商事紛争解決のための制度が複数用意され、当事者の合理的な選択が可能となれば、おのずと紛争解決コストの高騰を阻止することが可能となるように思われる。その一つが国際商事調停制度である。

国際商事調停の隆盛?

近時のコロナ禍において、グローバルなサプライ・チェーンの寸断が懸念される。とくにアジアに進出した日本企業は少なくないところから、サプライ・チェーンを構成する個別取引に関わる紛争が発生することは確実であり、それらが国際仲裁の場に持ち込まれることも容易に予想される。しかし、日本企業とアジア企業が当事者となる紛争の解決手段として、国際仲裁は必ずしも適切ではないように思われる。

日本企業が関わってきたサプライ・チェーン構築では、長期的な信頼関係にもとづき、個別の取引を柔軟に調整することを中核に、不確実なビジネス条件のもとで、相互の協力を促進し、機会主義的行動を阻止する、といった工夫してきたのではなかろうか[2]。そうだとすれば、部品の納期や代金支払が遅れたといった軽微な紛争については、コロナ禍と政府の対応(自粛要請、ロックダウンなど)が英米法のフラストレーションや不可抗力に該当するか、あるいは、再交渉義務が発生する要件としての、やむを得ない事情に相当するか、といった「法律問題」による解決を目指すのは、生産的でない。

上述したように、国際仲裁がコモン・ロー的な「訴訟」化している実態において、国際仲裁を申し立てること自体が、訴訟提起と同様、長期的信頼関係を破壊する行為と認識され、仲裁の目的が、これまでの取引関係の終了・清算に重点を置くことになってしまう。そうであれば、コモン・ロー的な対審構造の下で、当事者が、自らの主張の根拠を可能な限り充実させ、相手方の弱点を突きながら、なるべく取り分を多くしようとする行動に出るのが合理的となる。

しかしながら、長期的取引関係では、このような「ゼロサムゲーム」となるような仲裁手続は適切でないとすれば、仲裁人と当事者相互のコミュニケーションを図りながら、適切な紛争解決を目指すという「インタラクティブ仲裁」というアイデアが適切である[3]。コモン・ロー型は、最後まで仲裁人が当事者の弁論活動に対して独立し、仲裁判断まで心証を開示しないようであるが、インタラクティブ型は、仲裁人に手続運営に関するより大きな権限を付与しようという考え方である[4]

これに対し、近時重視されているのは、国際商事調停である。アドホック調停は、仲裁と同様、当事者が調停による紛争解決に合意するところから始まる。しかし、調停人の役割は、和解を至るために、当事者の話を促進することにあり、紛争について判断する権限はない点が、仲裁と大きく異なる点である。当事者は、争点に関する調停人の心証獲得という行動ではなく、相互のコミュニケーションによる「納得」を形成することが中心になる。そこでは、without prejudiceをあまり考慮しないで、本音で意見交換ができるというメリットを期待することができる。

デメリットとしては、到達した和解合意に執行力がないという点である。本年9月に発効したシンガポール国際調停条約は、国際的な商事調停により成立した和解合意に執行力を付与するなどの共通の枠組みを定めるものである。わが国でも早期の承認・批准が望まれるところである。

わが国の貢献

実定法に関わる法律家は、ある紛争を目の前にすると、どのような法規範を適用するべきか、から発想する。国際的な紛争についても、準拠法を確定して、その法の解釈・適用を行うという思考順序となる。次に、適用される法が、大陸法起源か英米法起源かで、異なる結果となることを発見する。しかし、先に、コロナ禍と契約上の義務履行の問題を例示したように、法系の違いによる結果を指摘するだけでは、とくに長期的な企業間取引関係における紛争を解決するという視点からは、あまり生産的な議論とは思われない。

われわれは、ADRが機能するには、健全かつ信頼できる司法制度が前提であると、当然のように考えているが、むしろ、日本のような司法制度とその実態は、世界的にみると希有なのかもしれない。仲裁・調停などのADRについても、司法制度の健全性・信頼性を理由に、国際的な案件をわが国に招致することの可能性を期待してよいと思われる。

次に、そのような案件は、たとえば京都国際調停センターで迅速かつ納得的な解決が可能であると考える。1990年代にアジアに進出した日系企業がサプライ・チェーンを構築するにあたって、たんに経済合理性だけに注目したのではなく、それまでの日本的取引慣行をベースに、長期の信頼関係構築を目指したものと思われる。国内では、相互にあうんの呼吸で関係が継続されたかもしれないが、海外で、それを契約条項に明文化すること、さらに英文で表現することは困難である。しかし、たとえば、日本企業のインハウス・ローヤーのように、継続的な取引の構築に関わった経験があり、取引関係の中核にある当事者のマインドセット、個別取引上のトラブル解決、そしてそれが企業経営に与える影響といった問題を理解できる方であれば、迅速にかつ最適な調停案を提示することができるのではないか。

さらに、このような日本的取引慣行にもとづく、実質的な紛争解決基準の提示には、国際商慣習の形成という点で意義のあることと考える。もちろん、日本的取引慣行については、「法的に」批判されるべき点もあろう[5]。他方で、「ジャパン・アズ・ナンバーワン」として[6]80年代の世界経済を席巻したことも、歴史上の事実である。また、ウィリアムソンの「取引費用の経済学」に代表されるように[7]、長期的な取引関係における不確実性とホールド・アップ問題、機会主義的行動の阻止、再交渉義務といった概念により、ミクロ経済学からの合理性が、ある程度証明されているように思われる。

このように、経済学的に合理的な説明を背景に、紛争解決の成果を提示することができれば、日本が、アジアにおける国際商事紛争解決制度の一翼を担うことが可能となるだけでなく、多数の国際企業から支持され、信頼されることによって、それがわが国の安全保障につながると考えられる。

コモン・ロー的スキルの涵養

日本法が大陸法・英米法のハイブリッド型であること、比較法的研究の蓄積があること、アジアのサプライ・チェーン構築に日本的特徴が内在していること等々から、国際商事調停のような国際商事紛争解決制度の構築には、日本に一定の優位性があると思われる。他方で、国際仲裁の世界では、依然として、コモン・ローと法律英語が支配的であることは否めない。大陸法系の法律家であっても、証人尋問・反対尋問などの弁論スキルを学ぶ必要がある。

政府が骨太の方針で、国際仲裁人材の養成を謳った影響なのか、コモン・ロー系の専門家を招聘して、模擬反対尋問のセミナーを開催する大手事務所が少なくない。率直に言って、そこで観客として寸劇を見せられても、実感がわかない。まして、若い法律家へのアドバイスとして、「シニアの法律家と一緒に仕事して、OJTで修得するしかない」というのであれば、たんなる広報活動以上の意味はない。

翻って、われわれ研究教育機関として、国際紛争解決のための人材をどのように養成していくかは、法科大学院制度改革も含めて、真剣に考えるべき問題である。法科大学院で「国際仲裁の実務」を聴講させてもらった経験からいうと、学生は、英語で書かれた、相当複雑なシナリオであっても、比較法的素養と要件事実教育によって、かなり正確に事案を分析し、理解し、弁論の目標と間接事実を組立てることはできている。問題は、証人を目の前にして、どのように英語で表現すべきか、という点で困ってしまうことである。学生らが、法律家として理解すべき内容について把握しているとすれば、あとは英語というより、「慣れ」の問題であるから、実地にスキルを学ぶ機会を提供するほかない。昨年から、本学とも関係の深いミドルテンプル法曹学院にて、反対尋問の短期プログラムを実施することとし、その成果に大いに期待したいのであるが、残念ながら、このコロナ禍の下で、中止にせざるをえなかった。

終わりに

本稿では、アジアのサプライ・チェーン寸断から生じる国際取引上の紛争解決について、国際仲裁と国際調停を比較し、わが国は、国際商事調停制度において、その積極的な運用と実効性担保に貢献できるのではないか、という知見を展開した。比較法的素養とコモン・ロー的スキルを装備し、日本的法文化・商慣習に関する造詣も深い専門家を養成すべき、という課題も明らかになった。比較法研究からの示唆があるとすれば、次世代の研究者に、インバウンドの比較法研究だけでなく、世界の比較法研究者と積極的に交流し、多様で多元的な社会における新たな紛争解決規範の創造と運用に関わってもらいたいと念願して擱筆する。

[1] Queen Mary University of London and White & Case, 2018 International Arbitration Survey: The Evolution of International Arbitration, available at http://www.arbitration.qmul.ac.uk/media/arbitration/docs/2018-International-Arbitration
[2] 下野由貴『サプライチェーンのシェアリングモデル トヨタグループにおける付加価値の創造と分配』(中央経済社、2020年)23頁以下。
[3] 日本商事仲裁協会「インタラクティブ仲裁規則 2019available at https://www.jcaa.or.jp/common/pdf/arbitration/Interactive_Arbitration_Rules2019_jp.pdf
[4] 道垣内正人「コモンロー型仲裁へのアンチ・テーゼとしての大陸法型仲裁」早稲田法学653号(分冊1119頁以下(2020年)。
[5] 日本私法学会シンポジウム「『日本的取引慣行』の実態と変容」私法8057頁以下(2018年)。
[6] エズラ・F ・ヴォーゲル(広中和歌子・木本彰子訳)『ジャパン・アズ・ナンバーワン 新版』(2004年)。
[7] O.E.ウィリアムソン(井上香・中田善啓訳)『エコノミックオーガニゼーション−取引コスト パラダイムの展開』晃洋書房 (1989)

本稿は、「国際商事紛争解決制度の変容と日本の貢献―JIIART 創立記念シンポジウムを終えて―」日本比較法研究所News Letterひかくほう2020年12月15日号の下書きである(2020年11月29日稿)。