Home学生之声>留学体験記 【陝西師範大学/2007年認定留学/05年度生・高橋由佳梨さん(3)】 高橋さんの他のメールはこのページの下のリンクから読めます
中国言語文化専攻では毎年数名の学生が、認定留学や交換留学などの制度を利用して在学中に留学しています。そうした学生のひとり、3年生の高橋さんが留学先の西安から研究室宛にメールをくれました。今回は高橋さんの同意を得て、メールを転載させていただくことにしました。今後もこうして時折研究室に送ってくれたメールをご紹介しようと思います。


(11月14日のメールより)


 2007年10月10日

 朝起きたら霧雨降りしきる中、冬が来ていました。せっかく買った秋から冬初めまでの服はもうだめです。今年の西安は冬が来るのが早かったそうです。

 事務室で休んでいた口語の先生がガタブル震えてました。かく言う私もガダブルしています。よく一緒にいるアメリカ人(女性)といつもの日課で出会いがしらにハグしていたところ(なぜか出会うたびにハグ。)彼女が「ユカリ イズ シェィキンッ!」といってきました。シェィキンッだそうです。シェイク日本では飲み物ですが。そうですか、私がシェィキンされているのですか。その後優しいアメリカ人の友達(女性)は私を必死でこすってくれました。

 その後無事冬を迎えることができ、ほっとしています。雨が降るか降らないかでだいぶ変わります。


中国交通

 バックライト(?)の大切さ。バックするときにつくライトは中国で使われるために開発されたのではないかと思うくらい、こちらでは重要な意味を持ちます。あれが光るか光らないかで人の運命一つくらい左右できます。覚えておかなければいけないのは、中国で車を運転している人達は、何事もギリギリが大好きです。たとえ、人(生もの)VS車(鉄の塊)だとしても、ギリギリです。

 中国でどのように運転がされているか。私が思うに「前進=神業張りのぎりぎり又は手遅れ」「後退=とりあえず目視してくださいお願いします」のような気がします。バックしているときに目視している人は多いのですが、本当に急に下がってきます。二秒前まで前進してて一秒前に止まったのに、その一秒後にはバックライトがつきます(同時に下がってきます)。目で見た情報をどのように判断し脳が一体どんな決断を下したのか一度きちんと聞いてみたいです。


遠足写真・その1
(少林寺)


 道路を渡る際に気をつけて見るのは車全体ではありません。車のタイヤです。そして速度です。決して常識と、運転手とのアイコンタクトで済まそうとしてはいけません。日本では結果、「愛コンタクト(譲り合い)」になりますが、中国では「哀コンタクト(リアルな現実)」になります。予想していたよりもはるかにきつい現実と恐怖です(たとえ本当に運転手と見詰め合っていたとしても、車の速度と向きによっては本気でそうなります。どんなに神業を会得していても、無理なときは無理です)。

 なんでこんなに悪いのか、ここまで書いといてなんですが、実はとっても簡単に答えが出てきます。そうでもしないと、人が道を譲らないのです。たとえば一人譲ったとしましょう。後ろの人がその人を抜かして前に躍り出てきます。細い道に入って、向かい側の人が全員通り過ぎるのを待ったとしましょう。後ろからも前からももみくちゃにされた挙句にいつまでたっても進むことはできません(たとえばの話です。常にこんなではありません)。このような現状の中、交通習慣(ルールはあります)は最悪の選択を迫られてしまったのでしょう(普通は車の運転するときに「人=弱者」と習います。が、この常識を頭に入れて中国で運転した場合、勝者は人です)。

遠足写真・その2
(龍門石窟)
 中国の道路を歩くときは車の進行方向をみて、なるべく中国人を隣に置き、その命綱の彼をまねをしつつ、(必要でなければ)決して走らず大またでゆっくり歩きましょう。走り出したり、驚いてとまってはいけません。中国のドライバーには歩行者がおびえて戸惑ってよく分からない行動をするなどというのはまず予想しません。その分予測がずれます。別に彼らは轢きたいわけではないのです。

 決して「日本ではこうじゃない!」などという日本的考え方は折りたたんで切り刻んで東京湾にでも捨てましょう。他国に自国の考え方を持ち込んではいけません。逆も然りです。

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遠足で洛陽まで足を伸ばしてきました。メールの内容にはまったく関係ありませんが、平安美人ににた置物など、興味が引かれた写真も添付しておきます。
 
寺院にいくと、中国と日本の密接なかかわりが判るような気がします。


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