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ホーム > 学生之声 > 【イベント報告】呉文光氏講演会「未来の記憶のために~中国ドキュメンタリー映画の可能性」(10年11月30日開催)/報告者:09年度院生・山崎寿江さん

呉文光氏近影
 2010年11月30日、16時35分から3354教室で、中国のドキュメンタリー映画監督、呉文光氏の講演会が行われました。今回、呉文光氏が来日したのはフェスティバルトーキョーという演劇祭で、ご自身も出演なさっている『メモリー』という文化大革命を回想する芝居が上演されるためでした。そこで、今回の中央大学での講演会も「未来の記憶のために」というテーマでお話されました。
 呉文光氏は1956年に北京で生まれ、1974年から78年まで下放して農村生活を送った後、雲南大学で学びます。82年から85年にかけて昆明と新疆にて中学校の教師を務め、それから昆明のテレビ局で記者として働きます。そこで「ドキュメンタリー」というものに出会い、自らドキュメンタリー映像作家として活動するようになりました。それまでの中国でのドキュメンタリーは、政府が指導するプロパガンダ的なものでしたが、呉文光氏が撮ろうとしたものは、個人の目から見た個人のありのままの生活であり、それまでの中国にはなかったものでした。そこで、中国において、呉文光氏は「ドキュメンタリー映画の父」と称されています。
当日放映された映像資料
 今回の講演会では、中国現代史の流れを解説し、多くの貴重な映像を交えながら、呉文光氏の現在の活動の様子やドキュメンタリーを作る上での心構え、特に、「記録に残す」「記憶とは」ということに焦点を絞ってお話されました。
 呉文光氏は現在、北京で農民たちを集めて実際にドキュメンタリーを作ってもらうというワークショップを行うとともに、今回上映された芝居『メモリー』でも扱われた文化大革命や、特に1960年代に起こった大飢饉の記憶を集める作業に没頭しているそうです。呉文光氏は「私一人が記憶するのは不十分、もっとより大きい記憶が集められ、語られなければならない」とお話の中で述べました。それは、中国において今まで語られてきた歴史とは「何者かに覆われた歴史であり、忘れ去られたものである」からです。だから「記憶とは今ある現在と未来を密接に結びつけるものであるのだ」と呉文光氏は熱く私たちに語りかけました。
秋山先生と呉文光氏
 この講演会を通じて、呉文光氏は正しく「未来の記憶のために」今、人々から忘れ去られようとする歴史を自ら掘り起こし、保存するというかけがえない仕事をしているのだということを痛感しました。実際、中国においてこのような活動をする人はまだまだ少数派で、活動をするにあたり大変な苦労があるそうです。しかし、呉文光氏はたとえ理解されるところが少なくても、ドキュメンタリー制作を通して自分自身を変えていくプロセスが大切であり、どのように他の人を巻き込んで変えていけるかという過程が重要なのだと最後におっしゃっていました。このような熱いメッセージを私たちに残してくれた呉文光氏と、的確で素晴らしい通訳をされた文学部兼任講師の秋山珠子先生に心から感謝したいと思います。

当日のアンケートから学生の声を紹介します

 文化大革命などを題材にした映画作品などの公開が長くタブーとされてきたため、現在でも多くの人がそのようなテーマについて語ること、表現することをためらっているということは知っていたが、「あまりにその期間が長すぎたためか、飢餓や文革といったテーマに対して、人々が興味をなくし研究、記録の必要性を感じなくなってしまってさえいる」という現状は、「現代の中国は、以前と比べれば言論の自由が許されるようになり、歴史の暗部も見直され始めている」と思い込んでいた私にはショックだった。そんな私たち日本人が想像する以上に過酷な状況下で、「未来のために記録を残し、考え、伝えること」に使命感を感じ、ねばり強く続けていきたいとおっしゃっていた監督の姿勢は本当にすばらしいと感じた。これからも監督の活動を通して、現代中国の実情をより深く知りたいと思った。(4年女子)
当日の会場風景
 今回の講演の中で、「中国の歴史は化粧された小娘のよう」「文革の前に何が起きていたのかしっかり理解している人は少ない」「前進しているときに過去を振り返ろうとしない。それがタブーになっている」といったような数々の言葉がとても印象に残っている。確かに今の中国はものすごい勢いで前進していて、同時に過去を振り返るということがなくなったというのも事実である。そんな中で、呉文光さんの「この書き換えられてきた歴史の真実を伝えなければならない」といった言葉からは、呉文光さんの熱い思いを感じることができた。(3年男子)

参考リンク: 呉文光氏講演会「未来の記憶のために part2」(14年9月29日開催)