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ホーム > 学生之声 > 【イベント報告】麻生晴一郎氏講演会「反日、暴動、バブル~中国の市民社会を見つめる~」(09年11月24日開催)

当日のアンケートから学生の声を紹介します

麻生氏の最新著書を片手に紹介する榎本教授
 この講義で話されたことは、実際に中国に行き自分の目で見て、肌で感じた者のみが語ることのできる、深みのある内容だった。講義中での話も、『反日、暴動、バブル』の本書を見ても言っている事、書いてある事すべてに“確かに”と思わせられたからだ。 
 例えば日本人は中国人を政府というフィルターを通して見るために、自分の想像している中国人像と実際に身近にいる中国人とのギャップに苦しむということも、なるほど、確かにと思う。 
 私には親しくしている中国人(ほぼ日本人に近い境遇の方は除いて)は、一人もいない。そのため私も中国人、と聞いてあまり好意的なイメージは持たない。まさしくこの感覚を持ち合わせている私のような日本人が大多数であると筆者は言う。ここからは私自身が思うことだが、私だって縁あってこの専攻に所属しているのだから、中国に対して理解したいと思う。だが私の“中国人像”が邪魔をする。それ故、実際に中国人に会って話してみるしか結局この殻を打ち破る方法は無いのだと思う。だが“話す”ためには、やはり語学力が必要になる。ところが現実的に日本人が皆中国語を話せるということはありえないし、また中国人にしろ、皆が皆日本語を話せるわけでもない。だから、私たち(中国言語文化専攻)のような機会に恵まれている若い世代が、中国との相互理解に努め、さらにそれを他の日本人に向けて積極的に発信する役目を担うべきなのであろう。そういう願いが今日の講義から感じ取れた。(2年生女子)
 中国関係の研究者のなかには中国に一度も行ったことがない人や、あまり行かない人が大勢いる。授業でも論文を書くにあたって、自分のテーマ(自分の興味)を決める時、その興味の根拠が自分の経験(つまり、見た、聞いた)ではいけないと教わった。学術的な場においては確かにそうあるべきだと納得したし、学者が中国へ行かない理由もわかった。しかし、それは学術という中国への、ある、一つのアプローチのしかたである。
 普段人間はもっと感情的である。日常生活において自分にとって一番大切であり、絶対的な信頼をおくのは自分が見たものであり聞いたものである。僕は今、大学という学術の場にいる。教室では中国との学術的な関わり方を学び、放課後は勝手に、中国と感情的に関わろうと思う。(2年生男子)
麻生氏と榎本教授
 今回の講演は、私自身が今までどのように中国を捉えてきたかについて考えさせられるきっかけとなった。特に、中国と中国政府とを同一視してしまいがちであるということには、納得するほかなかった。私は、初めて中国人と接した時に感じた妙な緊張を今でも覚えている。当時日本では日々中国のニュースが報じられており、それらのニュースを通じて中国のイメージが形成されていた。妙な緊張は、私がそのイメージをもって中国人と対面したために生まれたのだろう。しかし、相手とコミュニケーションをとるうちに、その緊張も次第に解け、その後私が抱く中国のイメージも変わっていったように思う。
 麻生さんは本書で、「中国を知ることは仮説(予想)→違和感(現実)→新たな仮説作り(修正した予想)、の連鎖にほかならず……」(30頁)と述べられていたが、今回の講演と著書では、多くの現実が取り上げられており、どれもニュースなどでは知り得ないようなことばかりであった。それらの現実を知っているか知らないかでは、やはり中国の捉え方は大きく変わってくるだろう。北京五輪ボイコットのTシャツを着る北京市民や、NGOの活動、画家の作品などは、私だけでなく多くの人が新鮮に感じたはずである。
 中国に対する固定されたイメージを抱いたままでは、中国を理解しようと思ってもなかなか難しい。報道を通してではなく、個人としての中国人の存在を知るということが、中国を知るうえで不可欠であるということを、今後は常に念頭に置いておかなければならないと思った。中国に限らず、他国を知るというのはそうやさしいことではないが、今回の講演から学んだ姿勢で、少しでも理解を深めていくことができたらいいと思う。(2年生女子)
麻生晴一郎氏
 日本人が留学や仕事、旅行などを通じて接する「中国人」の姿(優しい、陽気)⇔テレビ等メディアを通じてみる「中国人」の姿(反日、過激な愛国心)のギャップを明解に講演していただいた。
 麻生さんの長い海外滞在キャリアや、マスメディア活動を通じて体験してきたリアルな中国人像を語っていただき、普段の授業では得られない新しい視線で中国のことを知り、考えさせられたよい機会となった。
 中国社会のことを多様な視点から見つめ、複眼的に捉えられるようになる為には、(文献などから知識を得ることも大切だが)直接的に現地へ行ったり、中国人と深く付き合っていく中で、感じたり知りえたりすることが多いのではないか。
 麻生さんではないが、自分が大学生活で学んだ中国についての知識を、少しでも社会に出てから役に立てたら嬉しく思う。また、学ぶだけでなく学んだ知識を発信していけたら…と思わせてくれるような素晴らしい講演でした。
 このような機会を設けていただきありがとうございました。今回の様な授業を、再度設けていただけたら幸いです。(2年生男子)
講演会風景
※中国人留学生からの感想
 中国の良い所でも悪い所でもどちらでもいい、ただなるべく客観的に中国のことを放送するだけにしてほしい。これは普通の中国人として日本のテレビ番組への唯一の願いである。
 言論の自由は今の時代、言うまでもない。しかし、言論の自由の前提は言いたいことに責任を持つことであると思う。個人的な意見はどうでもいい。テレビやインターネットなどのようなメディアは発表し評価する前にちゃんと責任を持ってください。日本も中国も。今のメディアの影響力は言うまでもないであろう。日本のテレビ番組が放送した中国のことを私が見た後、ただ一つの感想が出てきた。これは「ほら、中国いろいろ問題だよね(これは事実である)。汚いよね。危ないよ……だから……」だけである。すこし怒っているけどでも「しかたがない」。もし事実によって、評価すれば、私は何も言わない。客観的な事実だから。しかし、主観的で無責任な評価をすれば許さないと思う。日本でも中国でも。
 ところで、中国は一体どんな国であるか、中国人の私にとってもよく説明できない。人によって違うからである。しかし、本当に中国を知りたければ、麻生先生のおっしゃったとおりに政府・企業・個人に限らず、普通の「老百姓」と付き合っていくことが根底に必要である。各階層の中国人と触れ合ってから、一体中国がどんな国かと自分なりの答えがたぶん出て来るであろう。ほんとうに中国に興味があればただテレビにこだわっているのはよくないと思う。ぜひ、一回でもいい、中国にきてください。だからこそ、私は今、日本にきた。自分なりの日本の印象を探すために。
 新興国として、世界の各国に注目されてあたりまえである。良いことも悪いことも。しかし良いことはひとまず言わない。特に悪いことが出た時、日本などの各国メディアに熱く報道される。さらにも事実を歪めて報道される。報道にそんなに時間をかけるよりも、解決法を考えたほうがいいであろうと思う。また麻生先生のおっしゃったとおりに中国で何か問題がある場合、中国バッシングよりも具体的な解決法を考えることがもっと現実的であろう。(1年生女子)