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ホーム > 学生之声 > 【イベント報告】 城戸久枝氏講演会「『遥かなる絆』ができるまで~戦争をめぐる父と娘の物語」(09年6月9日開催)/報告者:08年度生・武井江利佳さん

 2009年6月9日、フリーランスのライターとして活躍中の城戸久枝さんの講演会「『遥かなる絆』ができるまで」が行われました。 今回は、城戸さんの著書『あの戦争から遠く離れて』の内容に沿って、執筆にまつわるお話を、今年の春にNHKで放送されたドラマの裏話などを交えながら、お話してくださいました。

 はじめに、実際の写真を映し出しながら、中国残留孤児だった父・幹さんの、日本へ帰国するまでのおおまかな流れのお話がありました。中国で孤児となり、中国人の夫婦に引き取られ、 中国人として生きてきた幹さんは、日本にいる実の両親に会うために、長い間日本への手紙を書き続けました。大変な努力と苦労の甲斐があって、1970年に念願の帰国を果たしました。 その1970年は文化大革命の真っただ中で、幹さんの帰国は奇跡的なことでした。

 次に、幹さんのことを執筆しようとした理由についてのお話がありました。城戸さんは幼い頃、幹さんが中国にいる家族や友人との電話の際に話す中国語が恥ずかしくて、きょうだいと一緒に開いている家中の窓を閉めてまわったとのことでした。 幹さんについては触れたくなかった城戸さんに変化が訪れたのは、大学3年の時でした。ホームステイで訪れた中国・大連で、昔の満州国のマンホールがそのまま使われているのを見て、かつてこの地に日本人がいたことを実感し、 幹さんの半生を知りたいと思うようになったとのことでした。そして幹さんのことを多くの人に知ってほしいと思い、執筆しようと決心したのです。

 つづいて、大連のホームステイを終えて、国費留学生として2年間中国へ留学した時の体験についてのお話がありました。中国にいる幹さんの家族が城戸さんを家族として温かく受け入れてくれる一方で、大学で反日感情を目の当たりにすることもあったということでした。 この体験を通して、城戸さんは自分が「日本人」であることをあらためて気づかされました。

 そして、著書の内容に基づいたドラマ『遥かなる絆』についてのお話がありました。まさかドラマ化されるとは思いもよらなかったと、ドラマ化の話がきた時の驚きを話してくださいました。 城戸さんは実際に撮影現場も見学したそうです。城戸さん本人を演じる女優さんの方が、当時の自分より中国語を話すのが上手だったと、撮影現場での感想を話してくださいました。 最後の質疑応答では、日中関係についての質問を受けて、日本と中国は「国と国」では分かり合うことは難しいが、「個人と個人」ならばお互いを見ることができるので分かり合えるとおっしゃいました。

 城戸さんが当時の率直な気持ちを、慎重に言葉を選んで伝えてくださるので、著書を読む以上に幹さんや城戸さんの心情を深く理解することができました。 そして、「自分につながる歴史」や「戦争」に対する理解を深める、非常に良い機会となりました。

「父」そして「私」。家族の歴史について講演する城戸久枝氏

当日のアンケートより

 講演会の3日前に『あの戦争から遠く離れて』を購入し、2日間で読みきって講演会に臨んだ。(中略)本を読んでない人は実に残念だと思った。 というのも、本を読み、もう一度その内容を著者自身の口から聞くことで、本を読まなかった人に比べて、より一層話の厚みが増えるからだ。 それを実感したのが、「マンホールの話」と「英語の授業での反日感情の話」を聞いた時だった。 マンホールの話を聞いた時、本を読んだ時には湧き上がらなかった感情が、その時には湧いてきたのだ。それがどういった感情(懐かしさなど)なのかは自分も言葉に出来ないが、 講演会中だというのに不意に目の奥が熱くなってしまった。(本当に何故だかわからない。)「反日感情」の話も、自分の中で悲しいのか怒りなのかわからない複雑な感情を抱いてしまった。 日本にいる私がこんな感情的になってしまうのに、その場にいて、直接あてられた城戸さんは本当に、言葉に出来ない程苦しかったのだと思う。 そして今でも迷っているように見えた。「個人と個人の顔が見える範囲での話し合い」でならお互いを認め、受け入れられる。これは単にその場しのぎの言葉などではない。 城戸さんが中国で様々な人と出会い、経験し、それでもなお迷い続けている中から導き出された答えを、私も大事にしたいと思った。(専攻2年女子)

 「単に“日本人として”ではなく、“個人として”接することで関係が違ってくる」ということは、とても印象的だった。高校2年生のときに、中国の学生と文通を始める機会があり、 それは私にとって初めての、同世代の中国人との交流であった。当時テレビでは反日のニュースが度々取り上げられていたため、最初は不安があった。しかし、いざ手紙を受け取ってみると、 彼女は日本が大好きで、日本語の学習を頑張っているという。私は当時、文通を始めるまでは“一人の中国人として”、 手紙が来てからは“一個人として”彼女をとらえていたのだと、城戸さんの話を通して気がついた。(専攻2年女子)

父の少年時代の写真を指して語る城戸久枝氏

 特に心に残ったのは二つほどありますが、一つは城戸さんが、お父さんの昔書いた手紙に当時のお父さんの中国名が書かれてあったのを初めて見たときに、 お父さんが中国で生活していたということを実感したということです。「なんとなく認識してはいたが、本当にわかってはいなかった。 その時に自分の中の認識と歴史上の出来事がつながった感じがした」とおっしゃっていましたが、私自身も歴史のことをなんとなくわかっているつもりでも、 現実にあったとは感じにくいものだと思いました。それは多くの人がそうではないかと思ったので心に残りました。もう一つは「歴史に対して自分の経験を踏まえた上で、 しっかり意見を持つことが大切」という言葉です。一般論ではなく、正しい、正しくないではなく、自分の意見を持つことの大切さを改めて感じました。(専攻2年女子)

講演後の記念撮影。中央・城戸久枝氏、右・飯塚容教授、左・榎本泰子教授

 はじめに城戸久枝さんを見た時、思っていたより若い方だと思った。(中略)お話を聞くまで、“戦争孤児”なんて遠い昔の話のように考えていた。しかし、実際にお話を聞き、 決して戦争は昔のことではないのだと感じた。親から子供に伝わり、子供からその子供へと伝えていく。大切なのは、戦争は自分たちにとって遠いものではないのだと、私たちが気づくことなのだ。(専攻2年女子)