ゼミでは夏季休暇を利用して、関東圏外の美術館、および建築や庭園などの文化財を3日間かけて見学しています。

「旅の空のまなびや──瀬戸内に美術を訪ねて」(2015年度夏季見学旅行記)


‣2017年 夏季見学旅行 @福岡・太宰府(9/5 - 9/7):参加者7名 

‣1日目:福岡アジア美術館アジアの近現代美術を対象とする、国際的にも唯一と思われる美術館。今回はタイ、ミャンマーの特集展示を拝見しました。//アクロス福岡(写真左)階段状の屋上部分に森のような植栽を施した、稀に見る建築物。この日は福岡勤務のゼミ卒業生ふたり(5期生)が食事にかけつけてくれました。
‣2日目:三菱地所アルティアム商業施設のワンフロアで、現代美術を中心にコンパクトで質の高い展覧会を開催し続けているところ。ディレクターによる丁寧な作品解説を頂くことができ、大規模館とは異なる意義と役割の理解も含めて有意義な見学でした。見学の様子がツイートされました。//九州国立博物館・太宰府天満宮(写真中)
‣3日目:西南学院大学博物館(写真右)W. M. ヴォーリズ設計の建築(1921)。特に2、3階の講堂、ギャラリーは落ち着きのある素晴らしいデザイン。ヴォーリズ(1880-1964)は実業とキリスト教伝道のかたわら数々の洋風建築を設計した異才。神戸女学院大学、関西学院大学等にも作品が残っています。また本館は大学博物館として活発な活動を展開している注目の館です。// 福岡市博物館「金印」の所蔵で名高い博物館。

 


 

‣2016年 *担当教員研究休暇のため、実施なし
 
‣2015年 夏季見学旅行 @高松・琴平・丸亀(9/11 - 9/13):参加者16名 *詳細については下記「旅の空のまなびや」をご覧ください。

‣1日目:香川県立ミュージアム
‣2日目:ベネッセアートサイト・豊島美術館、豊島横尾館ほか(写真左)瀬戸内海に浮かぶ直島、豊島(てしま)、犬島にベネッセが展開しているアートゾーン。豊島には、まったく展示物のない「豊島美術館」、暗闇で奇妙な音に包まれる「心臓音のアーカイヴ」(C. ボルタンスキー)など独創的な施設=作品があります。
‣3日目:金刀比羅宮(写真中)// 丸亀市猪熊弦一郎現代美術館(写真右)
 

‣2014年 夏季見学旅行 @神戸・倉敷(8/26 - 8/28):参加者16名

‣1日目:香雪美術館(写真左)日本の古美術を集めた雰囲気の良い美術館。
‣2日目:ヨドコウ迎賓館(旧山邑邸/フランク・ロイド・ライト設計・写真中)20世紀アメリカの大建築家(1867-1959)による住宅建築の貴重な作例(重文)。1924年の作品。内部の家具類も建築家によるトータルデザイン。主な作品に、ニューヨークのグッゲンハイム美術館、かつて東京にありその後明治村に移築された帝国ホテルなど。 // 兵庫県立美術館
‣3日目:大原美術館(写真右)1930年設立の、日本最古の私立西洋美術館。エル・グレコ《受胎告知》のほか、ゴーガン、セザンヌ、ドガなど多くの名品を収蔵しています。倉敷の「美観地区」にあり、周辺ゾーンもあわせて鑑賞。
  

‣2013年 夏季見学旅行 @金沢(9/3 - 9/5):参加者12名 

‣1日目:成巽閣 兼六園内にある前田家の旧御殿。この地方に特有の建築・内装や、オランダ渡来のガラスなどを見ることができます。// 石川県立美術館
‣2日目:鈴木大拙館(谷口吉生設計・写真左金沢出身の仏教哲学者・鈴木大拙を記念する施設(2011年竣工)。設計者の谷口吉生は、法隆寺宝物館、ニューヨーク近代美術館などで知られる建築家で、本作も傑作と言えます。// 金沢21世紀美術館(キュレーターによるガイド付き・写真中企画、常設展示とも個性的で、現在全国的にもっとも注目されている現代美術館のひとつ。建築はルーヴル美術館別館などで国際的に知られる日本人建築ユニットSANAA(妹島和世+西沢立衛)の代表作のひとつ。
‣3日目:ひがし茶屋街町並み見学(写真右質の高い観光政策を展開している金沢の中心的なエリアのひとつ。古い街並みを再生し、生きた博物館の性格を持たせることで文化的な関心を呼び起こすことに成功しています。

 
‣2012年 夏季見学旅行 @京都(9/4 - 9/6):参加者17名

‣1日目:重森三玲庭園美術館写真左伝説の作庭家重森三玲(1896-1975)の旧宅を利用した美術館。専門的な解説を伺いながら、厳しい緊張感に満ちた庭に圧倒されます。
‣2日目:細見美術館 京都・平安神宮近くにある、日本美術を中心とする個性的な私立美術館。// アサヒビール大山崎山荘美術館京都郊外・山崎の地にある大正時代の山荘を利用した美術館。モネなど西洋美術から東洋陶磁まで幅広い名品を、クラシックな室内空間で鑑賞。庭園も美しく写真中、テラスからは桂川、淀川の流れる素晴らしい眺めを眼下に堪能することもできます。
‣3日目:京都文化博物館 // 岩倉 実相院京都北郊の岩倉の地にある門跡寺院。狩野派の襖絵などの美術品のほか、美しい庭を味わうことができます写真右。帰りは叡山電鉄で京都の穏やかな日常の空気を吸いながら、京都駅へ。

 


 旅の空のまなびや──瀬戸内に美術を訪ねて

 
 私は2011年に本学に着任し、文学部でフランス語と美術史の教育にあたっています。専門が美術史であると申し上げると、「綺麗な絵を眺めていられてうらやましいですね」といった感想をいただくことがしばしばあります。しかし学問としての美術史は単なる美術鑑賞ではありませんので、日頃の研究は文献を集めて読解することでほぼ塗りつぶされています。大学で美術史を学ぶ場合も、日本語、外国語の書物にあたって学ぶことが大切であることはいうまでもありません。そのようなわけで私のゼミ生たちは、日々課題とされている書物、そして自分で探した参考文献を読み、それをもとに議論し、その成果を発表するという学びに勤しんでいます。
 しかし実際の作品と向き合い、それとじっくりと対話することもまた、書物と同程度に重要であることも確かです。教室ではスライドを用いて作品分析を行いますが、客観的な観察の仕方を教えるだけで驚くほど作品にのめり込むゼミ生が多く、その姿を見ると文字ベースではない学修の劇的な効果を実感せずにはいられません。学力についてさまざまな意見のある現代の大学生ですが、若い知性と感性の吸収力は今も昔も変わらない、というのが私の実感です。大学教育としての質を落とすことなく、その吸収力に適合した教授法を採用すれば、彼らは十分に自ら成長していきます。
 さて普段教室ではスライドという複製を通じて作品を参照するのみですが、やはり機会を設けて実際の作品に触れることも必要です。たとえ絵画であっても、スライドとは違って実作には厚みも質感もあります。彫刻、建築の場合はもはや比較になりません。というわけでいかに複製技術が進歩したとしても生(なま)の作品に触れる必要があるのですが、その方法には二つあります。まず教室を飛び出して、美術館に向かうことです。東京は世界でも有数の美術館都市であり、近県の館を加えれば優に200館以上あります。この恵まれた環境を利用しない手はなく、ゼミではゼミ生自らが議論を通じて見学テーマを設定し、見学先を選択することにして、ひとつの教育機会としています。
 作品と出会う今ひとつの機会として、夏季に実施する2泊3日の見学旅行があります。これまで京都、金沢、神戸・倉敷と3回実施してきましたが、今年は高松市とその周辺を目的地として選びました。高松市は大名庭園の代表例である栗林公園をはじめ、高松市美術館、香川県立ミュージアムという展示施設、そして丹下健三設計の香川県庁舎といった文化財を擁する文化都市です。さらに近年、高松市沖合の幾つかの島々には、ベネッセが作り上げた大規模な「アートサイト」が展開されています。今回の主な目的地は、このアートサイトでした。
 

 高松市直島、豊島(てしま)、犬島を中心とするこの アートサイトでは、展示施設としての美術館に加えて、さまざまなかたちで設置された現代美術作品に接することができます。その幾つかは埠頭など野外に置かれており、他に民家を改装したもの、雑木林のなかに設えられたもの、家と家の間の空き地に設置されたものなどいろいろです。来訪者はこれらの島々ののんびりとした家並みと風景の中を、歩いて、あるいは貸自転車に乗って、地図を頼りにひとつひとつの作品を見て回ることになります。その作品はどこかから購入してきたものではなく、はじめからその設置場所に置かれることを前提に制作されている点が、一般的な美術館にある作品とは大きく違います。いわばオーダーメイドですが、考えてみれば市場で作品が売られるようになったのは西欧でも近代になってから(一般的になったのは19世紀と言えるでしょう)ですから、このアートサイトのあり方の方が、美術の歴史においては普通だと言えるかもしれません。
 そういうわけでこれらの島々を訪れる醍醐味は、場所と作品の結びつきを全身で味わうことができるところにあります。ひとつの展示場所から次の作品に向かう途中で瀬戸内の柔らかい海風を感じ、丘を越えれば棚田の向こうに穏やかな海原が眺められたりします。集落の路地を抜ければ、そこに長く住むお年寄りと挨拶を交わし、時には話し込むこともあるでしょう。実際今回の見学旅行でも、何人かのゼミ生がそのような触れ合いに恵まれました。その気があれば島の民宿に宿泊して、宿の方々と一緒に島で取れる食材を使った料理をすることもできるそうです。ふだん都会に住むわれわれは、美術館という目的地に向かって最短距離を移動するだけで、その途中の道のりは意味を持ちません。その当たり前のことが、この島ではまるごとひっくり返るという新鮮な体験をすることができます──ときに畑のなかで道に迷うことも含めて。今回見学旅行先にここを選んだのは、作品自体を見てもらうことももちろんですが、東京とは全く異なる時間の流れ方、その中での美術のあり方を経験してもらいたいという理由もあったのです。

 
 アートサイトができるまで、これらの島々は過疎に悩む地域でした。その場所に住み、またそこを訪れる人のために制作される美術は、この地域が抱える問題を解決し去ったとはまだ言えませんが、少なくとも全国的な注目をもたらすことで島の雰囲気を大きく変えました。それがどんな結果をもたらすかは今後も見守っていかなければなりませんが、地域の問題、コミュニティの問題、そして被災地の問題を解決しようと試みる美術の動きは確実にひとつの潮流となり、広がり始めています。ゼミ生の中からも、問題解決に奉仕するアートの役割に興味を持ち、その分野で自分の力を発揮する人が出て来ればと期待しているところです。

 
 さておっかなびっくりの船旅を含む豊島訪問の翌日、われわれは琴平電鉄に乗って金刀比羅宮に足を伸ばし、今度は700段超の石段に挑戦しました。古くから崇敬を集めたこの聖域は独特な雰囲気を持っていますが、ここにもまたオーダーメイドの重要な美術作品があります。それは階段途中(ここまでで447段だそうです)の 表書院に設置された、円山応挙(1733-95)の襖絵です。描かれて以来ずっとそこにあるこの大迫力の傑作群を堪能してからさらに階段を上がり、ついに785段を上がりきったわれわれは、御本宮拝殿前に到着しました。ここからは、どこか大和絵屏風のような讃岐平野のうるわしく広々とした眺めを楽しむことができます(写真)。明るい空と平野を眺めるゼミ生たちの姿を見て、私にはそれがいかにも若者にふさわしい風景であるように感じました。
 初日に訪ねた 香川県立ミュージアム、金刀比羅宮の後に訪ねた 猪熊弦一郎現代美術館(丸亀市)もまた、それぞれに興味深い施設でした。青春の夏の数日、遠い四国の地の風光と、そこに根づいた美術に触れた経験が、学生の未来を開くにあたって少しでも役に立てばと願っています。

 

(中央大学父母連絡会会報『草のみどり』291号掲載)