ウナギの保全と持続的利用に関わる重要事項」カテゴリーアーカイブ

「ウナギ問題」を整理する

「ウナギ問題」を整理する

中央大学 海部健三
国際自然保護連合(IUCN) 種の保存委員会ウナギ属魚類専門家グループ

2018年7月20日は土用の丑の日でした。今年は8月1日にもう一度丑の日があり、この日は「二の丑」と呼ばれます。2018年はシラスウナギ来遊が遅れ、全体量も少なかったこともあり、ウナギに関する報道が多く、その多くに問題意識の変化が見られるように感じます。

この機会に「ウナギ問題」を整理しようと思い立ちましたが、すでに年初に10回の連続記事として整理していたことを思い出し、それらの記事をまとめました。

<2018年漁期 シラスウナギ採捕量の減少について>
【序】「歴史的不漁」をどのように捉えるべきか(2018年1月22日公開)
【その1】ニホンウナギ個体群の「減少」 〜基本とすべきは予防原則、重要な視点はアリー効果〜(2018年1月29日公開)
【その2】喫緊の課題は適切な消費量上限の設定(2018年2月5日公開)
【その3】生息環境の回復 〜「石倉カゴ」はウナギを救うのか?〜(2018年2月12日公開)
【その4】ニホンウナギの保全と持続的利用を進めるための法的根拠(2018年2月19日公開)
【その5】より効果的なウナギの放流とは(2018年2月26日公開)
【その6】新しいシラスウナギ流通(2018年3月5日公開)
【その7】行政と政治の責任(2018年3月19日公開)
【その8】ウナギに関わる業者と消費者の責任(2018年3月26日公開)
【その9】まとめ 研究者の責任(2018年4月2日公開)

いずれもある程度の長文です。より短時間で全体像を把握したい方は、昨年の丑の日に合わせて公開した「ウナギレポート」をご覧ください。

ニホンウナギで初めて天然遡上個体の減少を特定した論文が公開されました

ニホンウナギで初めて天然遡上個体の減少を特定した論文が公開されました

内容:中央大学を含む研究グループは、以下の論文を発表しました。この論文では、岡山県におけるケーススタディとして、ニホンウナギの天然遡上個体の減少を世界で初めて特定しています。また、近年開発された、ウナギの天然遡上個体と放流個体を判別する手法を河川及び沿岸域で捕獲された個体に応用した、初の事例でもあります。

ニホンウナギは絶滅危惧種に指定されていますが、その資源動態を推測した論文はこれまで1報しか存在せず、その論文では1990年以降1歳以上のニホンウナギは増加していると結論づけています。しかし、当該論文は、古くからウナギの放流が行われてきた日本の河川や湖沼の漁獲データに基づいており、放流個体の影響が考えられます。

そこで本研究では、最近開発された耳石安定同位体比を利用した手法を用いて天然遡上個体と放流個体を判別し、天然遡上個体の優占する水域における資源量の動態を推測しました。天然/放流の判別の結果、放流が行われている淡水域で捕獲された161個体のうち、98.1%が放流個体と判別されました。一方、放流が行われていない沿岸域で捕獲された128個体のうち82.8%が天然遡上個体と判別されました。天然遡上個体が優占する沿岸域における2003年から2016年までのはえ縄及び定置網のCPUE(単位努力量あたりの漁獲量、個体数密度の指標)は有意に減少しており、この水域における天然遡上個体が現在、減少していることが示されました。

岡山県の淡水域に生息する天然のニホンウナギは極めて少なく、しかも、天然遡上個体が多く存在する沿岸域の個体数密度指数も減少しています。全体的にみると、岡山県に生息する天然遡上のニホンウナギは、著しく減少したと結論づけられます。ニホンウナギは単一の産卵集団により構成されているため、この地域の資源動態が、個体群全体の動態を反映している可能性、つまり、ニホンウナギ個体群全体が減少を続けている可能性も考えられます。

論文タイトル:Depletion of naturally recruited wild Japanese eels in Okayama, Japan, revealed by otolith stable isotope ratios and abundance indices(岡山県の天然個体の優占する水域におけるニホンウナギ資源の減少)

著者:海部健三(中央大学法学部)、横内一樹(水産研究・教育機構中央水産研究所)、樋口富彦(東京大学大気海洋研究所)、板倉光(メリーランド大学環境科学センター)、白井厚太郎(東京大学大気海洋研究所)

掲載誌:Fisheries Science

連絡:論文のpdfファイルなどのご要望は、こちらのページにある「連絡フォームはこちら」からメールを送ってください。直接海部に届きます。

プレスリリース:中央大学からのプレスリリースはこちらのリンクから。

イオンのウナギ取り扱い方針について

イオンのウナギ取り扱い方針について

中央大学 海部健三
国際自然保護連合(IUCN) 種の保存委員会ウナギ属魚類専門家グループ

2018年6月18日、イオン株式会社がウナギの取り扱い方針を発表しました。この方針には、二つのの画期的な要素があります。一つは、ニホンウナギのトレーサビリティの重要性について、大手小売業が初めて公に言及したこと、もう一つは、世界に先駆けてウナギの持続的利用のモデルを開発しようとすることです。

イオンのウナギ取り扱い方針http://www.aeon.info/news/2018_1/pdf/180618R_1.pdf

これまでの状況
「ウナギの資源回復」をうたい自ら取り組みを行うか、または取り組みに対して資金を提供している小売業者や生活協同組合は複数あります。それらの業者が関与する取り組は通常、石倉カゴなどの成育場回復、放流、完全養殖への資金提供であり、業者が利益を上げている流通や消費そのものを対象としているものは、私の知る限りごく最近まで存在しませんでした(石倉カゴ放流完全養殖に関する課題については、それぞれ過去の記事を参照のこと)。ウナギの消費に関わる小売業者や生協であれば、環境問題や放流ではなく、ウナギの消費そのものに関わる問題と向き合うべきです。「ウナギの消費そのものに関わる問題」のうち、最重要の課題はシラスウナギのトレーサビリティと、資源管理です。

国内で養殖されているニホンウナギの半分程度に、密漁や密売などの違法行為が関わっています(詳しくは過去の記事を参照)。グリーンピースの行ったアンケートが明らかにしたように、小売業者や生協はこの問題を認識しながらもニホンウナギを販売しています。違法行為が関わっていることを知りながらも商品を販売する行為は、消費者に対する背信です。さらに、違法行為の問題には触れずに環境回復や放流の取り組みを行って、それを「ウナギ資源の回復に対する貢献」としてアピールしている場合があるとすれば、そのような行為は「グリーンウォッシュ」として非難されるべきでしょう。なお、「グリーンウォッシュ」とは、企業の経済活動全体としては環境に負荷を与えているにも関わらず、一部の取り組みを取り上げて、あたかも環境を保全しているかのように見せる、詐欺的な行為です。

資源管理について、現在日本、中国、韓国、台湾が設定しているニホンウナギの消費上限量は過剰であり、早急に適切な上限へと移行させる必要があります(詳細は過去の記事を参照)。これは、国がリーダーシップをとって進めるべきことですので、単一の企業や組織が対応するには限界があります。しかし、その問題を指摘し、改善を求めることは、ウナギを扱う小売業者や生協の責任でもあるのではないでしょうか。

トレーサビリティへのコミットメント
イオンの取り扱い方針では、『2023年までに100%トレースできるウナギの販売を目指します』としています。ニホンウナギについては、どのように『100%とレースできるウナギ』を確保するのか、また、トレース可能であることをどのように検証するのか、超えなければならないハードルは高く、数も多い状況です。しかし、期限を切ってトレーサビリティを確立するとのコミットメントを発表した小売業者または生協は、私の知る限りこれまで存在しませんでした。大手小売業者からこのような宣言がなされたことにより、違法行為の横行しているニホンウナギの業界が、変革されていくことが期待されます。

ウナギ持続的利用のモデル
取り扱い方針ではこの他に、『「インドネシアウナギ」の持続可能性を担保するため「インドネシアウナギ保全プロジェクト」を推進します』としています。具体的な中身について、取り扱い方針ではビカーラ種(取り扱い方針では「インドネシアウナギ」と表記)を対象として、『ウナギでは世界初となるFIP(漁業改善プロジェクト)をインドネシアで本格的に開始し、シラスウナギ採捕の「MSC認証」取得を目指します』としています。MSC(海洋管理協議会)は、国際的に認められている持続可能な漁業に対する認証制度(エコラベル)です。MSC認証を取得すれば、国際的な信用を得ている第三者機関によって、持続可能な資源管理が行われていることが担保されることになります。

これまで、岡山県のエーゼロ株式会社が類似の認証制度であるASC(水産養殖管理協議会)の予備審査を受けた事例がありますが(過去の記事)、本格的にMSCを目指してFIPを開始することになれば、世界でも初めての事例となるでしょう。持続可能であることが第三者機関によって証明されたウナギの養殖は、世界に一つも存在しません。現在、ニホンウナギだけでなく、ヨーロッパウナギ、アメリカウナギも減少し、IUCN(国際自然保護連合)によって絶滅危惧種に指定されています。イオンの取り組みは、持続可能なウナギ養殖のモデルを世界に先駆けて示すことにより、ウナギの持続的利用を世界に広げるきっかけとなることが期待されます。この取り組みが成功したのちには、同様の手法を日本にも取り入れ、ニホンウナギの持続的利用を促進することも、可能になるでしょう。

ビカーラ種はその広大な分布域に対して、消費量は現在のところ限定的と考えられます。このため、持続的に利用できる可能性があります。しかし、現在その資源を管理できるルールは定められていないため、ビカーラ種に対する需要が拡大することで、ニホンウナギと同じように資源が減少する危険性があります。世界のウナギを消費してきた日本は、ウナギの持続的利用に関して、大きな責任を負っています。この取り組みは、この責任の一端を果たす、非常に重要なものです。このような重要な責任は、単一の企業のみが負うべきものではありません。行政やウナギに関する業界だけでなく、消費者の方々に応援していただくことによって、日本全体でウナギに対する責任を果たしていくことが望まれます。

消費者にできること
ウナギ消費の問題に正面から取り組もうとする、イオンやエーゼロのような企業を、消費者は購買行動によって応援することができます。重要な問題から目を背け、グリーンウォッシュを続ける企業ではなく、より適切な取り組みを行う企業の商品を選択することによって、消費者がウナギの持続的利用を促進できるのです。鰻の持続的利用に興味のある方がウナギを消費するときには、それぞれの小売業者や生協がどのような取り組みを行なっているのか調べた上で、最も適切と思われる取り組みを進めているところの商品を選択するようにしましょう。

当研究室の立場について
「インドネシアウナギ保全プロジェクト」には、中央大学ウナギ保全研究ユニットも参画しています。ただし、イオンを含むこのプロジェクトに参画する企業から、研究費や謝金を含む金銭的な援助は一切受けていません。現在は、中央大学の「共同研究プロジェクト」という仕組みの中で、学内の研究予算を充当しています。今後も、大学や研究費の助成を行なう財団などから資金を調達し、プロジェクトに参画し続ける予定です。

日本初 持続的なウナギ養殖を目指す  岡山県西粟倉村エーゼロ株式会社の挑戦

日本初 持続的なウナギ養殖を目指す
岡山県西粟倉村エーゼロ株式会社の挑戦

2018年4月2日は、ニホンウナギにとって記念すべき日となりました。この日ついに、客観的な指標に基づいて、持続的なニホンウナギの養殖に取り組むことを、ある企業が発表したのです。

持続的なウナギ養殖を目指すのは、岡山県北部の西粟倉村にあるエーゼロ株式会社です。エーゼロ株式会社は、持続的な水産養殖の認証制度を運営する水産養殖管理協議会(Aquaculture Stewardship Council, ASC)の基準に従い、近々認証機関による審査を受けることを予定しています。ASCの審査によってギャップ(解決すべき課題)を明らかにし、「持続的なニホンウナギの養殖」という、遠い遠いゴールへの到達度合いを確認しながら対策を進めます。国際的に認められているASCの基準に基づいてゴールを設定し、審査を通じて現状を確認しながら状況を改善することで、確実にゴールに近づくことができます。ASCのような客観的な指標に基づく取り組みは、ニホンウナギでは初、世界でも稀有な例でしょう。

エーゼロ株式会社は、「人や自然の本来の価値を引き出し 地域の経済循環を育てていく」ことを掲げるベンチャー企業です。代表の牧さんは、森林管理協議会(Forest Stewardship Council, FSC)の認証を受けた、持続可能な林業に基づく地域おこしを西粟倉村で推進した方々の一人です。ウナギを通じて持続可能な資源利用、地域の循環経済がどのように進められるのか、注目されます。

今回の取り組みは、ニホンウナギの養殖や流通の世界から見れば、あまりにも規模の小さなものですが、その重要性は非常に大きなものです。これまで客観的な基準に基づいて、ニホンウナギ養殖の持続可能性やトレーサビリティに挑戦する企業はありませんでした。このため、消費者は持続不可能で違法性の疑われる商品しか選択することができなかったのです。今回のエーゼロの取り組みの公表は、消費者が商品選択を通じて、持続可能なウナギの養殖を応援できる、新しい時代の到来を告げるものです。今後、このような取り組みが広がっていくことを願います。

エーゼロ株式会社のウェブサイト
https://www.a-zero.co.jp

以下、エーゼロ株式会社のプレスリリースに対して公開したコメントです。エーゼロ株式会社が行うウナギ放流調査にも言及しています。当初リリースは4月3日の予定でしたが、途中で2日に変更になったため、あらかじめ4月3日付で準備していたコメントが前日に発表されることになってしまいました。
——————————————————————————————

ニホンウナギの持続的利用を目指す取り組み『西粟倉から世界へ〜人と二ホンウナギの持続可能な関係づくりを目指す』に関するコメント

2018年4月3日
海部健三

ニホンウナギの現状
国内の河川や湖沼におけるニホンウナギの漁獲量は、1960年代には3,000トンを超える年もあったが、2015年には68トンにまで減少している。このような状況を受け、2013年2月には環境省が、2014年6月には国際自然保護連合(IUCN)が、相次いで本種を絶滅危惧種に区分したことを発表した。

ニホンウナギは、天然の、再生可能な資源であり、再生産速度を超えて利用されれば、資源量は減少する。ニホンウナギを持続的に利用するためには、利用速度を低減させ、再生産速度を増大させる必要がある。ウナギの場合、利用速度の低減は、漁獲量の削減によって実現できる。また、再生産速度の増大は、生息環境の回復を通じて実現することが可能である。

利用速度については現在、日本、中国、韓国、台湾の4カ国・地域で、養殖に用いるウナギ稚魚の量を制限している。しかし、その上限量は78.7トンと、2016年漁期における実際の漁獲量40.8トンの倍近くで、実質的には取り放題に近い状態にある。河川や沿岸域などウナギが生息する環境の回復については、堰やダムなどによる遡上の阻害を解消し、生息可能な水域面積を拡大することの重要性が、環境省と水産庁の調査で明らかにされている。にもかかわらず実際には、「石倉カゴ」と呼ばれる器具の設置など、科学的根拠に乏しく、優先順位の低い対策が行われている。加えて、国内で養殖に用いられているウナギの稚魚のうち、半分以上が違法行為を通じて流通している。ニホンウナギをめぐる状況は、末期的と言わざるを得ない。

エーゼロの取り組みの意義
このような困難な状況の中、エーゼロ株式会社(以下「エーゼロ」)が「持続的なニホンウナギの養殖」を目指し、行動を開始することを歓迎する。エーゼロの取り組みの最大の特徴は、水産養殖管理協議会(Aquaculture Stewardship Council, ASC)の考え方を基礎に置くことにある。ASCは国際的な水産養殖の認証制度で、その基準は資源の持続的利用にとどまらず、法令遵守、養殖場の立地する環境への配慮、不当労働行為の防止、地域への貢献など、多岐に渡る。数多く存在する認証制度の中でも基準が厳しく、したがって信頼性の高い制度である。

モニタリングや「石倉カゴ」の設置、放流など何らかの取り組みを行うことによって、ウナギの持続的利用に貢献しているかのようにアピールしている組織や企業は数多く存在する。しかし、ASCのような、客観的で明確な基準に照らし合わせて持続性を担保しようとする動きは非常に珍しい。ニホンウナギでは、私の知る限り世界で初めての例である。

残念なことに、ニホンウナギの資源状態を考えたとき、ASC認証を取得することは困難だろう。しかし、ASCの基準に基づいてギャップ解析を行えば、解決すべき課題を明確にすることができる。それら明確にされた課題に取り組むことによって、「持続可能なニホンウナギ養殖のモデル」、つまり、他の多くの養殖業者が同じようにニホンウナギの養殖を行えば、ニホンウナギの持続的利用が可能になるような雛形を作り上げることが、可能になるはずだ。ASCの考え方に基礎をおいたエーゼロの取り組みは、「持続可能なニホンウナギ養殖のモデル」の開発を通じて、誰もが不可能と考えてきた、ニホンウナギの持続的利用を実現させる可能性がある。

放流手法の開発試験について
ニホンウナギ資源の増殖を目的として、日本の河川や湖では大量のウナギが放流されている。しかし、ウナギ放流の資源量回復に対する効果は未だ明確にされておらず、国際海洋探査機構(ICES)のウナギ放流作業部会は、『放流による総合的な利益を評価するための知見は、限りなく弱い』と報告している。効果が不明確なだけでなく、ウナギの放流は、外来種の侵入、病原体の拡散、性比の撹乱、低成長個体の選抜などを通じて、ウナギ個体群に悪影響を与える可能性も想定される。

一方、ウナギの放流に関する研究が進んでいるヨーロッパウナギでは最近、3g程度以下の個体の生残率と成長率が高いと報告されている。日本のウナギ放流では一般的に、10gよりも大きい個体、場合によっては200g程度の食用のサイズの個体も放流されている。放流個体のサイズの大きさが、日本のウナギ放流における問題点の一つである可能性が高い。

エーゼロの放流調査では、短期間のみ飼育を行った3g程度以下の個体の放流を行い、その成長と生残を追跡する。3g程度以下の小さな個体は、放流後の高い生残と成長が期待されるだけでなく、飼育期間が短いため、病原体のキャリアとなるリスクが低い。また、このサイズは性決定以前であり、性比の偏りも生じにくい。さらに今回は、体サイズによる選抜を行わず無作為で半数の個体を放流用に用いるため、低成長個体が選択的に自然界に放されることもない。

小さなウナギの放流実験が必要であることは明らかであったが、放流用の小型ウナギは高価で入手が難しく、これまでニホンウナギでは実験が行われていなかった。今回、エーゼロが入手したシラスウナギの半数を放流に用いるよう判断したことから、ニホンウナギでは世界で初めて、3gという小型の個体の標識放流調査を行うことが可能になった。

なお、3g程度以下の個体の放流実験の比較対象として、地元の漁業協同組合が放流用に購入する、比較的大型(10-30g程度)の個体も同一の調査水域に放流し、追跡する。また、水産庁が2016年より行っている「効果的な放流手法検討事業」(中央大学が標識放流調査を担当)と同じ調査手法を用いることにより、互いの結果を比較可能にする。放流後のウナギの生残・成長の状況を把握し、従来型の放流と比較することによって、ウナギ資源の増大に資する、適切な放流手法の検討が可能になると期待される。

ただし、放流はそれ自体が人為的な自然環境の操作であり、既存のニホンウナギ個体群や生態系に悪影響を生じさせる可能性がある。このため、放流せずにニホンウナギを持続的に利用することが可能になった場合は、放流は中止すべきである。放流それ自体が目的となるべきではなく、あくまで選択し得る手段の一つであることに、留意が必要である。

利益相反の可能性について
私は国際自然保護連合(IUCN)における、種の保存委員会(SSC)ウナギ属専門家グループ(AESG)の、アジア圏で唯一のメンバーとして、ニホンウナギを含むウナギ属魚類の絶滅リスク評価に関わっている。当然、評価に関して中立の立場を堅持する必要があるが、その一方で、ニホンウナギを商材として扱うエーゼロにとっては、IUCNレッドリストにおける本種のカテゴリーが、組織の利害に関係する可能性がある。エーゼロと私の職務には利益相反が成立する場合が想定されるため、中央大学法学部海部研究室および中央大学ウナギ保全研究ユニット、またはそこに所属する個人は、エーゼロから報酬、謝金、旅費、機材・消耗品の購入費など、一切の金銭的な支援を受けていない。また、今後も受けない。調査や打ち合わせについて、中央大学が必要とする費用は、中央大学法学部海部研究室および中央大学ウナギ保全研究ユニットが負担する。

 

海部健三
中央大学法学部 准教授
中央大学ウナギ保全研究ユニット ユニット長
国際自然保護連合(IUCN)種の保存委員会 ウナギ属魚類専門家グループ
——————————————————————————————

2018年漁期 シラスウナギ採捕量の減少について   その9 まとめ 研究者の責任

2018年漁期 シラスウナギ採捕量の減少について
その9 まとめ 研究者の責任

要約

  1. 特定の分野については、日本はウナギの研究で世界をリードしている。しかし、持続的利用に直結する研究では、大幅に遅れをとっている。
  2. ニホンウナギに関する研究は基礎研究に偏り、適切な応用研究が進められていなかったことが、その理由。
  3. 「ニホンウナギの持続的利用」そのものを明確な目的に設定した、適切な応用研究を押し進めることが必要。
  4. 研究者、特に大学所属の研究者には、政治的、経済的に独立した立場より、科学的知見と信念に基づいて、必要と考える対策を提案する責任がある。
日本におけるウナギ研究の現状
3月末をもって、2018年漁期のシラスウナギの採捕はおよそ終了しました。業界紙である日本養殖新聞の調べでは、東アジアの総漁獲量は11.0トンと、史上最低の漁獲量を記録しました(日本養殖新聞2018年3月25日)(水産庁によれば2016年漁期の漁獲量は40.8トン、2017年漁期は50.5トン以上)。商業目的の採捕は終了しましたが、漁期終盤に入ってから採捕量は好転しました。シラスウナギ来遊量の動態を見極めるために、4月以降も科学的なモニタリングとしての採捕調査は継続する必要があります。

今後のシラスウナギの来遊状況は不明ですが、今回の漁期では、資源管理の為に「ここまで漁獲しても良い」とされている池入れの上限値78.8トンに対して、わずか14%しか採捕することができませんでした。このような危機的状況にありながら、ニホンウナギについては、資源管理も、生息環境の回復も進んでいません(資源管理については第2回、生息環境については第3回の記事を参照)。その理由の一つに、ニホンウナギの資源管理や生息環境の回復に関する科学的な知見が不足していることが挙げられます。例えば、資源管理に不可欠な個体群動態に関する論文は、私の知る限りTanaka(2014)の一報のみです。その結論は現場の感覚からは大きく乖離しており、この論文を基礎に資源管理を進めていこう、という合意形成が成立する状況にはありません(詳細は過去の記事を参照)。

最近になってようやく、環境省や水産庁の調査事業として、個体群動態の把握や生息環境の回復を目的とした研究が進められるようになりましたが、「いまさら」という批判は免れようがありません。2016年10月末に開催された「うなぎ未来会議2016」のシンポジウムでは、2日間にわたって専門家による会議を傍聴した高校生が、「絶滅しかけているというときになって、今更データがないないと騒ぎだしているのは、何かちょっとおかしな話しです」と発言しました。まさに、この言葉通りの状況ではないでしょうか。

産卵場探索や仔魚の輸送メカニズム、ウナギ属魚類の進化プロセスなど、特定の分野については、日本はウナギの研究で世界をリードしています。しかし、個体群動態の解析や環境改善手法の開発、放流効果の検証といった、持続的利用に直結する研究では、大幅に遅れをとっているのが現実です。なお、完全養殖に関する研究については、日本は世界に先んじていますが、過去の記事で説明したように、現状では、完全養殖(人工種苗生産技術)技術の開発が、天然のニホンウナギの持続的利用に直結するとは言いがたい状況ですので、今回の議論からは除外します。

基礎研究と応用研究
なぜ日本では、ニホンウナギの研究が盛んであるにもかかわらず、持続的利用に直接結びつくような研究が進んでこなかったのでしょうか。その答えは、基礎研究と応用研究の違いを明確にすることによって、見えてきます。基礎研究とは、すぐに応用には結びつかない基礎的な知見を積み上げるための研究、応用研究とは、ウナギの持続的な利用の実現といった、経済的な価値に結びつくような研究を指します。

基礎研究と応用研究の根本的な相違は、目的にあります。基礎研究は好奇心に基づく研究(Curiosity-driven research)であり、研究者が自らの知的好奇心によって研究対象を選択します。これに対して、応用研究は使命志向の研究(mission-oriented research)であり、社会への経済的価値の還元を目的としています。このため応用研究が対象とする研究領域は、研究者の好奇心ではなく、社会の要請によって決定します。例えばウナギの研究を例に取ると、生命の謎を解き明かすという、知的好奇心に基づいてウナギの進化に関する研究を行う場合は基礎研究、ウナギの生息環境を改善するという社会的要請に応えることを目的として、ダムによるウナギの移動の阻害について研究を行う場合は、応用研究となります。確認のため、もう一つずつ例を考えてみましょう。基礎研究と応用研究の根本的な相違は目的であり、研究内容ではありません。このため例えば、あるウナギの種について、遺伝的に異なるグループの構造(集団構造)を調べる研究した場合でも、知的好奇心に基づいてウナギの進化を解明することを目的としていれば基礎研究であり、社会的な要請である資源管理を実現するため、管理の単位を明らかにすることを目的としていれば、応用研究と言えます。

日本において、ウナギの研究が盛んであるにもかかわらず、持続的利用に直結するような研究が遅れていたのは、日本のウナギ研究のほとんどが、研究者の知的好奇心を満たすことを目的とした基礎研究であったためです。人間の知見を広げるためにも、応用の基盤とするためにも、基礎研究が重要であることは自明です。しかし、ニホンウナギに関する研究が基礎研究に偏り、応用研究が適切に進んでいない場合、持続的利用の実現は当然、促進されません。

応用研究を装った基礎研究の弊害
1980年代から1990年代にかけて、科学が実社会に利益をもたらすプロセスの説明として、線形モデルまたはリニア・イノベーション・モデルと呼ばれる考え方が注目を集めました。科学における線形モデルとは、基礎研究(Basic research)に始まり、応用研究(applied research)、開発(development)を経て、最終的には生産と拡散(production & diffusion)を通じて経済的価値が社会に還元される、という考え方です(Godin 2006)。しかし、基礎研究から経済的価値の還元までを直線的な関係として想定したこのモデルは、現在では批判的に論じられています(例えばKline & Rosenberg 1986; Godin 2006など)。

さまざまな応用研究や技術開発が基礎研究の結果に基づいていることは厳然たる事実です。しかし、基礎研究全体を見渡した時、その成果が社会の経済的利益として結実する例は限られており、基礎研究を重ねていけば、いつかその結果が社会に経済的価値として還元される、という説明は適切ではありません。基礎研究と応用研究では、根本にある目的が全く異なっており、そもそも基礎研究は、研究結果を経済的な価値として結実させることを、その目的としていないのです。

それにも関わらず、現在でも社会に対する説明のしやすさを理由に、線形モデルが研究者の中に生き残っているとする見方があります。2001年に行われた「線形モデルの終焉について」と題した講演において、当時日経BP編集委員の西村吉雄氏は、『ほんとうは研究だけしたい研究者が、産業だの経済だのにちっとも興味がないくせに、「基礎→応用、あるいは研究→開発→生産→販売、としてやがて金儲けの種になるんだ」、あるいは「科学→技術→産業という、この矢印の方向で産業を発展させるためには、科学をちゃんとしなきゃいけないんだ」ということを、その研究予算の請求書の冒頭に書くわけですね。とにかく基礎研究をしたい人が予算を獲得するのに非常に好都合だった。』と述べています。

公には「保全」や「持続的利用」を口にしながら、裏に回ると「保全は片手間」「我々は楽しくウナギの研究ができればそれで良い」などと発言するウナギの研究者は数多く存在します。むしろ、大多数を占めるといっても良いかもしれません。これらの研究者の方々は、好奇心を満たす基礎研究として、ウナギを対象にしているのだと考えられます。しかし、予算獲得のための申請書では、「ウナギの持続的利用を実現する」という応用研究としての目的を設定することによって、研究予算の獲得は容易になります。この傾向は、国や施設財団の研究資金を獲得するときにも見られますが、ウナギに関わる業界から研究資金を得る場合は、尚更強くなります。このため、「ウナギの保全」「ウナギの持続的利用」といった応用研究の看板を掲げながら、内実では基礎研究を進める例が数多く見られます。

私が専門とする保全生態学は、応用研究を行う学問分野です。このため、私は応用研究の立場にあるわけですが、ウナギの基礎研究を行うことに対して決して反対ではなく、むしろ賛成です。基礎的な知見は応用研究で活用することができますし、何より生命の謎が解き明かされ、人間が世界の仕組みを理解していくことは、非常に重要であると考えているためです。しかし、現在の日本の科学政策では、基礎研究が軽視され、経済的価値に直結する研究ばかりが偏重されています。このため、西村吉雄氏が指摘したように、基礎研究を行う研究者が、応用研究の「振り」をせざるを得ない状況になっているのです。この状況は、基礎研究を行なっている研究者にとって、不幸なことです。そして、当然応用研究に対しても悪影響があります。応用研究に分配されるべきリソースが、応用研究を標榜した基礎研究へ分配されることによって、適切な応用研究の促進が阻害される可能性があるためです。

日本において、科学をめぐる状況に問題があることは明らかです。しかし、ニホンウナギの持続的利用を実現するためには、現在のまま応用研究を標榜した基礎研究ばかりを継続するわけにはいきません。「ニホンウナギの持続的利用」そのものを明確な目的に設定した、適切な応用研究を押し進めることが必要とされています。

研究者の責任
ウナギの持続的利用を実現するにあたって、研究者が果たすべき役割は大きく二つあります。一つは、研究を進めること、もう一つは、研究で得られた知見を元に、対策を提言することです。

研究については、これまで述べてきたように、「ウナギの持続的利用」を目的として設定した、適切な応用研究を促進することが重要になります。研究を進めるにあたっては、研究課題の重要度を考慮し、限られたリソース(予算、時間、人員)を適切に配分する必要があるでしょう。研究によって得られると予測される結果から、どのような対策を社会に実装するのかについて考え、議論しながら進めていくことが重要です。

もう一つの重要な役割は、研究で得られた知見に基づき、持続的利用を実現するための対策を提案することです。このとき、研究者は中立の立場から、科学的に「正しい」知見を伝えるべきでしょうか。私は、そのようには考えていません。過去の記事で書いたように、研究者であっても、それぞれの理念は異なり、利害関係もあります。このため、どのような場合であっても、完全に中立な立場はあり得ません。

研究者にとって重要なことは、独立している、ということです。期限なしで雇用されている、つまり、定年までの雇用がある程度保証されている研究者は、ウナギが増えても減っても、ウナギの値段が高くなっても安くなっても、支給される給与にほとんど影響はありません。ウナギをめぐる関係者、特にウナギで生業を立てている方々について考えると、ウナギの状況は収入の多寡に直結します。これに対して、研究者の収入は、ウナギの状況とは独立しています(期限付き雇用の研究者の場合、ウナギの調査研究に関する予算が削減されると職を失う可能性がありますので、この議論からは除外して考えます)。

所得以外の立場について考えると、研究者の中でも、国立、県立など公立の研究所に所属している研究者については、政治や行政の影響を強く受ける場合があります。しかし、大学に所属している研究者は、政治と行政の影響からも独立しています。経済的にも政治的にも独立性の高い大学の研究者は、科学的な知見と自身の信条に従って発言することができます。独立性の高い立場を利用して、業界や行政に「忖度」することなく、科学的知見と信念に基づいて、行うべき対策を提案することが、研究者の果たすべき役割です。少なくとも、私はそのように考えています。

自身の責任
この連載の中でも、または当研究室(Kaifu Lab)の他のブログ記事、著書、講演会や新聞記事などでも、ウナギで生計を立てている方々が不利益と感じる、または不快に感じる内容も書き、話してきたことは自覚しています。行政への批判も多く口にしてきました。ときには直接的に、または間接的に、業界の方からも、行政の方からも、「これ以上ウナギ業界に不利な内容を話さないように」と介入されたこともありました。しかし、自分が書き、話している内容は、現在私が知るところの最善の科学的知見に基づいて、ウナギの持続的利用を実現するために必要と信じている事柄です。その内容を、関係者に憚って曲げることなく、率直に公開することが、大学に雇用されている研究者としての、自身の責任だと考えています。

当然、提案は一方的に押し付けるものではなく、ステークホルダーとの対話を通じて修正され、実現されてゆくものです。しかし、対話によって合意を形成し、問題を解決に導くためには、適切な情報共有と、率直な意見交換が不可欠です。今後も、ブログや書籍、新聞記事や講演会などを通じて、可能な限り正確に現状をお伝えするとともに、自分が正しいと考えている対策を提案していく所存です。

引用文献
Godin B (2006) The linear model of innovation: The historical construction of an analytical framework. Science, Technology, & Human Values 31.6, 639-667.
Kline, SJ, Rosenberg N (1986) An overview of innovation. The positive sum strategy: Harnessing technology for economic growth, 14, 640.
Tanaka E (2014) Stock assessment of Japanese eels using Japanese abundance indices. Fisheries Science 80, 1129-1144.




今回をもって、序章から数えて10回の「2018年漁期 シラスウナギ採捕量の減少について」の連載を終了します。短い間でしたが、お付き合いありがとうございました。連載は終わりましたが、ウナギの問題は深刻化する一方です。消費者を含む、あらゆるステークホルダーが協力し、解決に近づけていく必要があります。微力ながら、その一助となれるよう努力していきたいと考えています。

連載「2018年漁期 シラスウナギ採捕量の減少について」
序:「歴史的不漁」をどのように捉えるべきか
1:ニホンウナギ個体群の「減少」 〜基本とすべきは予防原則、重要な視点はアリー効果〜
2:喫緊の課題は適切な消費量上限の設定
3:生息環境の回復 〜「石倉カゴ」はウナギを救うのか?〜
4:ニホンウナギの保全と持続的利用を進めるための法的根拠
5:より効果的なウナギの放流とは
6:新しいシラスウナギ流通
7:行政と政治の責任
8:ウナギに関わる業者と消費者の責任
9:まとめ 研究者の責任

2018年漁期 シラスウナギ採捕量の減少について   その8 ウナギに関わる業者と消費者の責任

2018年漁期 シラスウナギ採捕量の減少について
その8 ウナギに関わる業者と消費者の責任

中央大学 海部健三
国際自然保護連合(IUCN) 種の保存委員会ウナギ属魚類専門家グループ

要約

  1. ウナギの生産と流通に関わる種々の業界のうち、最も影響力が強いのは養殖業者である。このため、ウナギ問題に関する養殖業者の責任は大きい。
  2. 現在の養殖業者の一部には、シラス密漁への関与や黙認など、無責任な言動が見られる。将来20年、30年と現役を続ける世代が将来像を議論し、業界を牽引すべき。
  3. 消費者と直接関わる小売業者と蒲焼商は、養殖業者へ消費者の声を届ける役割を果たすことができる。
  4. 消費者の役割は、ウナギに関わる業界と政治に、ウナギの問題を解決するよう声を上げることにある。SNSを用いた情報共有も手段の一つ。
  5. グリーンウォッシュを行なっている組織や企業の商品の購入は避ける。今後、明確なゴールと客観的な基準を持って、適切な取り組みを進める企業が現れれば、その商品を選択することで、ウナギの持続的利用を応援できる。
 

ウナギに関わる業界の構造
ニホンウナギの蒲焼きが消費者の口に入るまでの流通経路は、シラスウナギ採捕者から始まります。外洋で生まれ、沿岸にたどり着いたウナギの子供は色素を持たず、体が透き通っているためにシラスウナギと呼ばれます。シラスウナギは、成育期を過ごすために河川など陸水の影響を受ける水域に侵入しますが、このシラスウナギを捕獲するのがシラスウナギ採捕者です。シラスウナギ採捕者は一般的に採捕組合に所属しており、採捕されたシラスウナギは組合に集荷されます(密漁や密売が横行している問題については、過去の記事を参照)。採捕組合に集荷されたシラスウナギは、ウナギの養殖を行う養鰻業者に販売されますが、養鰻業者は、シラスウナギが少量ずつ断続的に養殖池に入ると、育成に手間がかかるため、なるべくまとまった量のシラスウナギを入手したいところです。そこで、中間流通業者であるシラス問屋が国内外のシラスウナギをまとめ、養殖業者に販売します。採捕組合から養殖業者へ直接販売されるケースと、シラス問屋が仲介するケースとがあり、また、養殖業者がシラス問屋の機能を兼ねている場合もあるようです。養鰻業者が食用サイズにまで育成したウナギは、成鰻問屋を通じて蒲焼商など末端の業者へ流通し、消費されます。このほかに、いわゆるパックの蒲焼きを生産する加工場が存在し、加工された製品は小売業者専門店以外の外食業者へ販売され、消費されます。流通の過程で最下流にあるのは消費者であり、最上流はシラスウナギ採捕者になります。

これらウナギ流通の川上から川下に関わる様々な業者うち、最も強い影響力を持つのは、養鰻業者と考えられます。現在、ウナギは供給不足の状況にあるため、川上の業者は川下の業者に対して発言力が強くなります。小売業者が養殖業者に「お願い」して商品を販売してもらっているような状況を目にすることもあります。採捕組合やシラスウナギ採捕者は、養鰻業者よりも流通経路では上流に位置しますが、シラスウナギ採捕は個人か少人数のグループで行われることが多く、それをまとめる採捕組合も、一般的には小規模です。ある採捕組合の組合長は、経営規模が圧倒的に大きい養殖業者について、「養殖場にシラスウナギを買ってもらって初めて、我々の商売が成り立つ」と話していました。

需要と供給のバランスと経営規模のほか、特有の商慣習が存在することも考えられますが、日本のウナギ業界では、養殖業者の力が圧倒的に強いのが現状です。このため、ウナギ問題の解決を考えた時、ウナギに関わる業者の中で最も大きな責任を有しているのは養殖業者であると、筆者は考えています。

ウナギの養殖
自然環境下で生まれたウナギの子供(シラスウナギ)は、シラスウナギ採捕者に捕獲され、養殖業者によって大きく育てられ、消費者により消費される。



養殖業者の感覚
養殖業者は大きな責任を有しているにもかかわらず、必ずしも適切に問題に対応しているとは考えられないのが、現在の状況です。過去の記事でも紹介しましたが、国内で養殖されているニホンウナギのうち、半分程度以上が密漁、密売、密輸などの違法行為を経て養殖池に入っています。養殖業者は、背後に違法行為があることを知りながら、シラスウナギを購入しています。中には、直接的に違法行為に関与する業者もあります。数年前には、国内大手の養殖業者が他県の漁業者を使嗾し、シラスウナギの密漁をさせていたケースを直接見たこともありました。

最近、シラスウナギをめぐる違法行為に関する報道が目立つようになりました(例えば共同通信2017年6月14日)。このような報道に関し、上述の養殖業者とはまた別の、しかし同じように国内大手の養殖場の経営者から筆者は直接、「火のない所に煙は立たないのだから、黙っておけ」と言われました。シラスウナギをめぐる違法行為について、表立って発言するな、という意図です。この発言で興味深いところは、シラスウナギをめぐる違法行為そのものではなく、違法行為をめぐる筆者の発言を「火」と捉えているところです。おそらく、報道が「煙」に相当するのでしょう。この人物は、上記発言から数ヶ月後の別の機会には、「(シラスウナギの採捕・流通に関する規則を)あんまりきつくしたら、ワシらの池にシラスが入らなくなる」と発言しました。二つの発言をまとめると、“違法行為を取り締まったらシラスウナギの入手が困難になって商売が滞るから、違法行為については黙認しろ”という意味になります。

世代交代の必要性
筆者がこれまで見聞きしてきた事例の一部を挙げてみると、ウナギ養殖業者が悪の権化のようにも見えます。しかし、国内に業者は数多く存在し、その全てが現状を良しとしている訳ではありません。例えば、九州のある養殖業者の方は、シラスウナギをめぐる違法行為に関して、採捕・流通のシステムを一新して違法行為をなくしていく方針に強く賛成しました。その理由として述べていたのが、「我々は泥棒呼ばわりされたくない」という言葉です。この感覚は、とても真っ当だと考えています。 “悪いことをしたくない”、“悪い奴だと思われたくない”というシンプルな動機こそ、複雑な問題を解決に導くものかもしれません。

シラスウナギをめぐる違法行為を例にして考えると、養殖業者の態度は様々です。これまでの筆者の経験から考えると、高齢の経営者は違法行為に対して寛容であり、現状維持を求めている方が多いようです。これに対して比較的若い世代の経営者は、より適切な改革を求めているように見えます。これは、資源管理をめぐる態度にも共通している可能性が高く、若い世代の経営者には、シラスウナギ池入れ量の上限を引き下げることに対しても、比較的理解があるように感じています(池入れ量に関しては過去の記事を参照)。

養殖を含むウナギの業界は、意思決定を行うメンバーが高齢で、上記の「比較的若い世代」には、50歳程度の方も含まれます。高齢の方々を中心に意思決定が行われている現状が、ウナギの持続的利用の実現を遠ざけている大きな要因の一つである可能性があります。世代によって考え方が異なるのは当然であり、将来も仕事を続ける若い世代の方が持続性について深く考えるのもまた、当然でしょう。持続性を語る場に、今後20年、30年と現役で業界に携わる人間が多く参加するべきです。ウナギの持続的利用を促進するため、養殖業を含むウナギに関わる業界は、世代交代を進める必要があるでしょう。

小売と蒲焼商の責任
ここまで、流通経路で最も影響力の強い養殖業者について議論してきましたが、消費者と直接向き合う小売業者と蒲焼商の責任もまた、重要です。上述のように、最も影響力の強い養殖業者の中枢にある、一部の経営者の意識は、一般社会の意識から、著しく乖離しています。流通経路の中でも消費者から物理的・精神的に離れた位置にあることが、その要因であると推測されます。

これに対して、流通経路の末端で消費者と接する小売業者や外食業者は、消費者の考え方や意識を、流通経路の上流へ伝える役割を果たせるはずです。特に養殖場や加工場から直接商品を買い付ける大手小売業者や生活協同組合は、消費者の感覚を直接生産現場へと伝えることのできる、貴重な存在です。また、伝統的な蒲焼商はその他の外食業者とは異なり、ウナギに特化し、蒲焼商組合を通じて組織化されています。このため、影響力の強い養殖業者に対し、団結して議論することも可能なはずです。

しかしながら現在、このような責任を果たそうとしている小売業者や蒲焼商は、決して多くありません。違法行為を経た、資源管理の行き届いていないウナギを販売していることを自覚していながら、科学的根拠の希薄な石倉の設置(詳しくは過去の記事を参照)、資源回復への効果が明確ではない調査研究や放流などに資金を提供することによって、「ウナギ資源回復への貢献」をアピールする小売業者や生活協同組合を多く目にします。このような、問題の本質を無視しながらも資源回復に貢献しているかのような広報を行う態度は、まさに「グリーンウォッシュ」に他なりません。なお、「グリーンウォッシュ」とは、企業や組織が、相対的には環境に負荷をかけているにもかかわらず、一部の環境保全活動をアピールすることによって、その組織や会社の商品やサービスを利用することが、環境保全につながるかのように見せかける、詐欺的な行為です。

養殖業者の中に現状を改善しようとする方々が存在することは確かですが、現状維持に賛成か、または持続的利用を目指す改革に反対する経営者が数多く存在することも事実です。この現状を打開するためには、川下から消費者の声を届ける役割が必要です。養殖業者と直接対話のできる大型小売業者や生活協同組合、ウナギに特化した組織を有する蒲焼商には、この役割を果たせる可能性があります。グリーンウォッシュでお茶を濁すのではなく、ウナギの問題に正面から向き合うことが期待されます。

なお、小売や蒲焼商の中には、「消費者からのウナギ問題を解決してほしいという要望は少なく、消費者と養殖業者とをつなぐ必要はない」と考える方もあることでしょう。この点に関し、消費者の責任については次節で議論しますが、現在具体的な言葉で発せられていないとしても、消費者に「違法なウナギと適法なウナギのどちらを選ぶか」、「ウナギ資源を持続的に利用するか、枯渇させるか」について判断を問えば、ほとんどの場合で適法かつ持続的なウナギを選択するであろうことは、火を見るより明らかです。消費者の直接的な発言を受けてからようやく行動するようでは、組織としての責任を果たしているとは言えません。速やかに行動を開始するべきです。

消費者の責任
ウナギ流通における最下流に存在する消費者には、どのような責任があるでしょうか。消費者は下流側の末端に位置しますが、当然のことながら、消費者の需要がなければ川上からウナギが供給されることはありません。このため、消費者は流通経路にある様々なアクターの中にあって、養殖業者をも凌ぐ最大の影響力を持つはずです。一方で、前回の記事で述べたように、ウナギ問題の解決には、政治が適切なリーダーシップを発揮することも必要です。国内のウナギ消費者の大部分は、日本の政治を動かしている有権者です。消費者は、ウナギ流通に対しても、政治に対しても、理論上最大の影響力を持つ存在なのです。

このように考えると、現在、消費者が果たすべき大きな役割は、「ウナギ資源を持続的に利用したい」「違法行為の関わったウナギを食べたくない」という声を、養殖業者を筆頭としたウナギに関係する種々の業者に、そして、政治の場に伝えることです。ウナギの問題が未解決のまま残されているということは、ウナギ業界においても、政治においても、この問題の重要性は低い、または十分には高くないと認識されているということです。需要を生み出し、政治を動かす消費者の声があって初めて、ウナギの問題の優先順位を高め、適切な対策に舵を切ることが可能になります。

消費者にできること
消費者が果たすことのできる役割は大きなものですが、現在ウナギの問題に関して、その影響力は決して大きくありません。消費者全体の影響力は絶大であっても、個々人の影響力は、無視できるほどに小さいためです。

個々の消費者がウナギ問題の優先順位を高めるためにできることには、どのようなものがあるでしょうか。具体的で簡便な手法としては、情報の共有が考えられます。日本は民主主義国家であり、議会選挙や首長選挙における投票によって、有権者は自らの意思を表示することが可能です。しかし、ウナギの持続的利用という問題が選挙の争点になることは考えにくく、選挙を通じてウナギの問題を解決に向かわせることは困難でしょう。選挙以外にもデモへの参加やパブリックコメントへの応募といった意思表示の手法は存在しますが、より手軽な方法として、新聞やインターネットの記事を読むこと、SNSで興味のある記事を紹介することなどが考えられます。例えばシラスウナギの違法な流通の問題を報じる記事へのアクセス数、SNSによる拡散の度合いが増大することが発端となり、最終的に立法府、行政府における当該問題の優先順位が上昇する、という結果に結びつく場合も想定できます。ウナギに関する情報により多く触れ、それぞれの立場で考え、多くの人々と共有することが重要です。

ただし、報道やインターネットの記事には誤った情報も多く存在するため、情報源の選択は慎重に行う必要があります。2018年3月18日にForbes Japanに掲載されたウナギに関する記事のように、ウナギ資源の持続的利用を目指そうとする趣旨ではあっても、ジャイアントパンダとウナギを同一視するような、希少種の管理の考え方に関して重大な誤解を含んでいる場合が見受けられます(詳細は過去の記事を参照)。

ごく一部の業界関係者やジャーナリスト、専門家以外に、ウナギに関する情報の正誤を的確に判断することは困難です。なるべく正確な情報を得るためには、以下のことに気をつけると良いでしょう。インターネット上の記事の場合、記事を書いている個人名または組織名が不明なものは論外です。次に、記事の内容と執筆者の専門性の適合を確認することが重要です。ジャーナリストの場合は過去に書いた記事によって、大学教員など職業研究者の場合は業績一覧で執筆した学術論文のタイトルを見ることで、その専門分野を知ることができます。

さらに、記事の執筆者の立場を考慮することも重要です。例えば2018年3月6日にCitrusに掲載された業界紙編集長が執筆した記事では、『近年、うなぎ資源の減少要因のひとつとして“うなぎの大量消費”を掲げる動きがある』ことについて、『最新データのうなぎ消費量は2016年でみると約5万トンで、2000年の実に1/3に減少している。消費自体は増えているどころか、逆に減っているのである。』と述べています。しかし、重要なのは資源量に対してどの程度の割合を消費しているのかであって、消費の絶対量ではありません。また、2000年と比較して3分の1になったとはいえ、5万トン、1個体250gと大きめに見積もっても2億個体が1年間に消費されている状況を考えると、同じデータから「やはりウナギは大量消費されている」という結論を導くことも可能です。

環境保全NGOのメンバーが執筆していれば、結論を保全に導こうとしている可能性がありますし、ウナギ業界の関係者であれば、業界を擁護する主張に偏っている可能性が考えられます。ジャーナリストにも政治的な主張があり、職業研究者でも、ウナギ業界や環境保全NGOから研究費を得ている場合があります。執筆者が異なれば、立場と考え方も異なるため、絶対的に中立な記事はあり得ません。重要なことは、執筆者がどのような立場で記事を書いているのか、読み手が考えることです。

どのような商品を選択するべきか
ウナギの持続的利用のために消費者が取り得る行動として、情報共有の他に、「より適切な商品を選択すること」が考えられます。例えば、MSC、ASCなど、比較的信頼性の高い国際認証制度の認証を取得している水産物を選択することで、持続的な水産物を提供しようとしている個人や組織を応援することが可能です。しかし、ウナギの場合は残念なことに、世界のどこを見渡しても、持続可能な商品など存在しません。資源の持続可能性どころか、日本では合法性が担保されている養殖ウナギを入手することすら、不可能な状況です(詳細は過去の記事を参照)。

それでは、消費者はどのように商品を選べば良いでしょうか。一つの基準は、上述の「グリーンウォッシュ」にあります。資源回復への効果が明確ではない取り組みや調査研究を行ったり、資金の提供することによって、あたかもウナギ資源回復へ貢献しているかのように広報している組織や企業の商品の購入は、控えるべきです。これらの組織や企業も、違法である可能性が非常に高い商品を扱っていることを知っています。知っていながらも、その根本的な問題に向き合うことなく、資源回復への貢献をアピールしているとすれば、それは詐欺に近い行為ではないでしょうか。

そうはいっても、適法なウナギを入手することすら困難なのが、現在の状況です。そこで二つ目の基準となり得るのが、明確なゴールと客観的な基準です。現時点では持続性も、適法性も担保されていないとしても、明確なゴールを持って、客観的な根拠に基づいた適切な取り組みを行っている組織や企業があれば、それらの取り組みを応援できます。この原稿を公開する2018年3月26日の時点ではまだ公表されていませんが、今後、このような取り組みが順次公表されていく予定です。ようやく、商品の選択によって、消費者がウナギの持続的利用の促進に貢献できる時代が近づきつつあります。

ウナギの値段によって消費する商品を選択することについてはどうでしょうか。近年のニホンウナギ減少に関する報道とともに、「大量消費によってウナギが減少したのだから、食べる回数を減らし、食べる時にはスーパーやコンビニ、ファストフードではなく、専門店で手間をかけて調理したウナギを選択するべきである」といった趣旨の意見を目にすることが多くなりました。ウナギの置かれている現状を考えると、これらの意見を表明するに至った心情は十分に理解できます。しかし、「ウナギの持続的利用」という目的を設定したとき、消費者がウナギを食べる回数を減らすこと、専門店のウナギを選択することがどのような意味を持つのか、慎重に考える必要があります。

ニホンウナギを持続的に利用するためには、現状では消費を削減すべきです。個々の消費者がウナギを食べる回数を控えることで、消費が削減される可能性はあります。しかし消費の削減は、漁業管理など社会のシステムの変革を通じてなされるべきではないでしょうか。適切な消費上限量を定め、遵守する社会こそが、持続可能な社会であり、事実上捕り放題、食べ放題のシステムを放置したまま、個々の消費者の行動によって消費量の削減を目指すような社会は、持続的とは言えません。

専門店のウナギか、スーパーやコンビニ、ファストフードのウナギか、という食べ方の選択についても、適切に設定された消費量の上限が遵守されていれば、5百円の安価なうな丼を販売するのか、または5千円の高級うな重を販売するのかは、個々の経営体の経営方針の相違であり、社会が制限すべきものではありません。ましてや個人の消費行動は、一人ひとりの価値観や経済的な状況が大きく影響するものであり、「大切に食べよう」という気持ちの表明が、安価な商品の購入に対する非難に転じないよう、十分に気を配る必要があります。ウナギの持続的利用という目的を前提とした場合、問題点を明確にするために、食べ方の選択は、社会のシステムの改革とは切り離して考えるべきです。

 

ウナギを守ろうとする消費者の声が大きくならない限り、ウナギの問題が解決するとは考えられません。消費者の声が大きくならないとすれば、それはウナギを持続的に利用する必要はない、という消費者の判断の現れです。大変悲しいことですが、市民の意思として受け入れるしかないでしょう。

 

次回は最終回「まとめ 研究者の責任」を4月2日の月曜日に公開する予定です。なお、ニホンウナギの基礎知識については、「ウナギレポート」をご覧ください。

「2018年漁期 シラスウナギ採捕量の減少について」連載予定(タイトルは仮のものです)
序:「歴史的不漁」をどのように捉えるべきか(公開済み)
1:ニホンウナギ個体群の「減少」 〜基本とすべきは予防原則、重要な視点はアリー効果〜(公開済み)
2:喫緊の課題は適切な消費量上限の設定(公開済み)
3:生息環境の回復 〜「石倉カゴ」はウナギを救うのか?〜(公開済み)
4:ニホンウナギの保全と持続的利用を進めるための法的根拠(公開済み)
5:より効果的なウナギの放流とは(公開済み)
6:新しいシラスウナギ流通(公開済み)
7:行政と政治の責任(公開済み)
8:ウナギに関わる業者と消費者の責任(公開済み)
9:まとめ 研究者の責任(4月2日)

 

2018年漁期 シラスウナギ採捕量の減少について    その7 行政と政治の責任

2018年漁期 シラスウナギ採捕量の減少について
その7 行政と政治の責任

中央大学 海部健三
国際自然保護連合(IUCN) 種の保存委員会ウナギ属魚類専門家グループ

要約

  1. シラスウナギの漁獲枠は過大で実質的には取り放題にもかかわらず、水産庁は『シラスウナギは管理できている』と主張。
  2. 科学的な消費上限の算出を困難にしているにもかかわらず、水産庁は『闇流通はシラス高騰につながるものの、資源管理とは別問題』と主張。
  3. 水産庁は優先順位が低く、科学的根拠に乏しい「石倉カゴ」の設置を推進。
  4. 高知県と鹿児島県は、持続的利用とは正反対の方向に向かう、シラスウナギ漁期の延長を決定。
  5. ウナギ問題は水産行政の対応能力を超えており、政治によるリソースの提供が欠かせない。
 

農林水産省の統計によれば、国内の河川や湖沼におけるニホンウナギの漁獲量は、1960年代には3,000トンを超える年もありましたが、2015年には68トンにまで減少しています。このような状況を受け、2013年2月に環境省が、ついで2014年6月にIUCN(国際自然保護連合)が、相次いで本種を絶滅危惧種に区分したことを発表しています(環境省 2015; Jacoby & Gollock 2014)。ニホンウナギの資源管理について、漁業を管轄する水産庁の責任が問われる場合が多くみられます。現在の状況を確認し、行政と政治の責任について、改めて考えます。

日本の河川・湖沼におけるウナギ漁獲量の変遷



水産庁の現状:池入れ量制限
ニホンウナギの養殖を行なっている主要な国と地域である日本、中国、韓国、台湾は、養殖に用いるシラスウナギの量(池入れ量)を制限する合意を結び、2015年より「池入れ数量管理」を実施しています(過去の記事)。4カ国・地域が全体で利用する、シラスウナギ池入れ量の総計の上限は78.8トンと定められていますが、実際の池入れ量は37.8トン(2015年漁期)、40.8トン(2016年漁期)、50.5トン(2017年漁期)であり、それぞれ上限の48.0%、51.8%、64.1%にとどまっています(2017年魚期については3月31日までの数値)。池入れ量の上限値は、実際に池入れされているシラスウナギの量に対して、明らかに過剰であり、実質的には取り放題に近い状態が放置されています。

これに対して、池入れ量制限の導入を主導した水産庁は、『この仕組みで過剰な採捕は防げており、取り過ぎたから減ったという指摘は当たらない。シラスウナギは管理できている』と述べています(東京新聞2018年1月30日)。過去の記事でも指摘したように、現在の池入れ量制限は、近年でも稀なシラスウナギ豊漁の年を基準としており、さらに、この年には池入れ量制限を見越した過剰報告も疑われています(毎日新聞2018年2月22)。そのような状況でも『シラスウナギは管理できている』と言えるとすれば、一般社会と水産庁で『管理』という言葉の定義が大きく異なる、ということなのかもしれません。

水産庁の現状:シラスウナギの密漁と密売
『シラスウナギは管理できている』と水産庁は主張します。しかしながら、以前の記事などでも指摘したように、国内の養殖場で養殖されているニホンウナギのうち、およそ半分が密漁や密売などの不法行為を経ています。この問題について水産庁は、2016年10月12日に開催された自民党水産部会において、『闇流通はシラス高騰につながるものの、資源管理とは別問題。闇流通のシラスも、最終的には養殖池に入る』と発言しました(みなと新聞2016年10月17日)。シラスウナギの国内漁獲において、密漁や密売が横行している現状について、国会議員や関係者からの質問や意見に対する回答です。

密漁や密売が資源管理とは無関係とは、いったいどのような理屈でしょうか。密漁、密売を経たシラスウナギであっても、最終的には養殖池に入る、つまり、スペインのバスク地方のようにシラスウナギそのものとして消費されることはないため、池入れ量を管理すれば、間接的にシラスウナギの漁獲量を管理することが可能である、というのが、水産庁の考え方です。

しかし、この説明には重要な視点が欠落しています。資源を管理して、持続的に利用するためには、(1)持続可能な消費上限を設けること、(2)消費上限を遵守すること、の双方が必要です。水産庁のロジックはこのうち(2)の消費上限のみに関する言及であり、(1)の持続可能な消費上限の設定については、おそらく意識的に無視しています。ニホンウナギに関しては、すでに述べたように、池入れ量上限は漁獲可能な量に対して過剰であり、実質的に取り放題の状態です。

ニホンウナギでは持続可能な消費上限の設定ができない理由は、資源量に関するデータの不足にあります。マグロ類のように、漁業に関するデータが豊富で、漁業から独立した科学的なモニタリングが行われている魚種では、科学的な知見に基づいた消費上限の設定が可能です。資源量動態の指標としては、一般的に、漁業者あたり、操業時間・回数あたりの漁獲量であるCPUE(Catch per Unit of Effort)が用いられます。CPUEの算出には、漁獲量と漁獲努力量のデータが必要になりますが、ニホンウナギのシラスウナギの場合、国内漁獲量の半分は密漁や密売で、報告されることはありません。漁獲努力量は一切わからず、間接的に求めた漁獲量そのものでさえも、どこまで信頼できるのか、疑わしいところです。このようなデータに基づき、ニホンウナギの資源量動態を求めることは困難です。このため、科学的な知見に基づいたシラスウナギの池入れ量の上限値を設定することができず、78.8トンという、現実の漁獲量を大きく超える上限値が、そのまま放置されているのです。

自民党水産部会における水産庁の主張『闇流通はシラス高騰につながるものの、資源管理とは別問題』は論理的に誤っており、実際には、シラスウナギの密漁と密売は、資源量解析と消費上限の算出を困難にすることを通じて、資源管理を困難にしています。ただし、そのような状況にあっても水産庁は『シラスウナギは管理できている』と述べていますので、前述のように、水産庁が使用する言葉が一般社会の定義とは大きく異なる可能性は、十分に想定する必要があります。例えば、一般社会で「管理できている」と言えば「管理が成功している」ことを指しますが、水産庁では同じ言葉が「管理を目的とした規則が施行されている」「管理しようと努力をしている」という意味で使われている可能性が考えられます。

水産庁の現状:石倉カゴ
シラスウナギ漁だけでなく、生息環境の回復を目指した取り組みにも問題があります。堰やダムなどによる遡上の阻害を解消し、生息可能な水域面積を拡大することの重要性が、既に環境省や水産庁の調査で明らかにされています(環境省 2015 & 2016)。堰やダムがニホンウナギの遡上を阻害し、利用可能な生息域が狭まることで、個体間の競争が激化し、生残率が低下することは、生態学の基本的な法則に沿ったシナリオです。

遡上が困難な水域について局所環境の回復を進めても、ニホンウナギの個体群サイズを回復させる効果は期待できません。堰やダムによる遡上の阻害を解消することが、本種の生息域を回復する上での最重要課題であることは、すでに水産庁や国交省も参加し、環境省がまとめた「ニホンウナギの生息地保全の考え方」(環境省 2017)で明らかにされています。

それにもかかわらず水産庁は、優先順位の低い局所環境の回復の中でも、科学的根拠の非常に乏しい「石倉カゴ」の設置を推進しています。水産庁が実施している「鰻生息環境改善支援事業」では、『国内のニホンウナギの生息環境改善のため、ニホンウナギの住み処となるとともに、餌となる生物(エビ類等)を増やす効果が期待されている石倉増殖礁等の構造物の設置及び維持・管理を行う』(水産庁平成29年度鰻供給安定化事業に係る公募要領)とされています。

石倉カゴの設置がニホンウナギを増大させるのであれば、少なくとも、隠れ場所の不足がニホンウナギの再生産を阻害している必要があります。しかし、環境省が行なった調査(環境省 2015 & 2016)では、そのような結果は得られていません。詳しくは過去の記事をご覧ください。「石倉カゴ」がニホンウナギの再生産を促進するという、科学的な根拠は一切存在しないにもかかわらず、より優先順位が高いことが明らかな遡上の阻害の解消よりも優先的に、「石倉カゴ」の設置が進められています。

石倉カゴの設置そのものではなく、最終的には石積み護岸を復活させることが目的なのだ、という説明を耳にすることもありますが、理屈は同じです。ニホンウナギの隠れ場所は石の隙間に限られているわけではなく、砂や泥に穴を掘ることも可能です。なぜ、石の隙間を人工的に作ってやる必要があるのでしょうか。「石倉カゴ」を推進する方々と、このようにニホンウナギの生態を説明しながらお話ししていくと、「三面コンクリートよりも石倉カゴの方が良いでしょう」という極端な比較に至ります。両岸と川底をコンクリートで固めた場所に石倉カゴを置いただけで問題は解決するでしょうか。落ち着いて考えれば、答えは明白です。隠れ場所が不足しているという事実が全く報告されていないにもかかわらず、「石倉カゴ」の設置に貴重な時間と予算を割くほどの重要性があるのか、真剣に考える必要があります。

都府県行政の現状:シラスウナギ漁期延長
今期のシラスウナギ漁獲量の激減を受け、高知県と鹿児島県はシラスウナギの漁期を延長しました。水産庁の指導により、一般的には4月末までとされている漁期を、両県は資源保護を目的として、自主的に短くしていました。「資源保護」という目的で漁期を短くしていたにもかかわらず、稚魚の来遊量が激減している状況にあって、稚魚に対する漁獲圧を高める決定を下したのです。持続的利用とは正反対の方向へ向かう、誤った判断と言わざるを得ません。

高知県の担当者は「今シーズンは非常事態で、県内のウナギ養殖業者の経営なども考慮して延長を決めた」(日本経済新聞2018年2月28)、鹿児島県の担当者は「ウナギの養殖業の経営に深刻な影響が心配されるため、漁期の延長を判断した」(NHK2018年3月110)、と述べています。業界は、長期的には自らの首を絞めることになることを理解しつつも、短期的な利益を優先し、行政に対して漁期の延長を求めたのでしょう。そのような要求に対して、県行政が長期的な視野を持って強いリーダーシップを発揮できなかった結果、漁期延長という誤った判断に至ったと想像されます。

行政の限界
水産庁は、漁獲可能な量の倍の池入れ上限を設定し、事実上取り放題の状況を放置しながらも『シラスウナギは管理できている』と述べています。また、適切な池入れ上限が設定できない理由が密漁、密売にも起因するデータ不足であることが明らかであるにもかかわらず『闇流通はシラス高騰につながるものの、資源管理とは別問題』と言い切り、さらには、優先順位が低く、科学的根拠の乏しい「石倉カゴ」の設置を推進しています。県行政では、高知県と鹿児島県が持続的利用に真っ向から反するシラスウウナギの漁期延長に踏み切りました。

ウナギをめぐる問題に関して、国家及び県単位の水産行政が適切に機能していないのは明らかです。どのような理由が、その背景にあるのでしょうか。水産行政に関わる人間がそろって極悪人で、業界からの賄賂を懐に入れ、ニホンウナギを絶滅に追い込むことに至上の喜びを感じているという状況は、どう考えてもあり得ないことです。私の知る限り水産行政の方々は、ウナギの問題に対して適切に対応したい、可能であれば持続的な利用を実現したい、と考えています。

水産行政がウナギの問題に対して、適切に対応していないように見える理由は、リソースの欠如にあると考えられます。「リソース」とはこの場合、資金、時間、人員、法規則など、問題に対処するために必要な、あらゆる資源を想定しています。簡単に言えば、資金や能力が不足しているため、行政だけでは問題を解決できない状況にあるのです。

例えばシラスウナギの問題に関して、『シラスウナギは管理できている』『闇流通はシラス高騰につながるものの、資源管理とは別問題』といった水産庁の発言は、解決すべき問題の重要性を無視、または軽視するものです。行政は、決まったリソースで仕事をしています。問題の重要性を認めたら、対処せざるを得ませんが、新しい問題に対処するためには、新しいリソースが必要です。そこで、リソースを含む現在の状況を鑑みながら、「解決すべき問題かどうか」について、慎重に言及することになるでしょう。極端な場合、解決可能な状況になるまで、問題の重要性を認めないかも知れません。

一方で、優先順位が低く、科学的根拠に乏しい「石倉カゴ」の設置が進められている理由については、ウナギの生態や、世界的な保全の動きを水産庁が把握できていないことが要因だと思われます。例えば、堰やダムによる遡上の阻害の解消について、水産庁が全く取り組んでいないわけではなく、簡易的な魚道の開発を調査事業によって進めています。しかしながら、国家予算をかけて5年間行われた調査事業によって「開発」されたものは、英国のウナギ魚道ガイドラインに紹介されている魚道とほぼ同じものでした。すでに実用化されているウナギ用簡易魚道の存在を知らずに、独自で開発事業を進めてしまった結果です。同様に、担当者の科学的知識の欠落が、「石倉カゴ」の設置という、誤った対策が進められる背景であったと想像されます。水産行政の科学的知識の欠落は、科学的な知見に基づいて問題を解決しようとする姿勢が欠けている、という根本的な問題も関係しますが、おそらくは主に、人員というリソースの不足に起因していると考えられます。人員が十分にそろっていなければ、科学的な知識や他国における保全の動きを把握することは不可能です。これは水産庁だけでなく、調査研究を担当し、水産庁に科学的な助言を行う国立水産研究・教育機構にも言えることです。

高知県と鹿児島県におけるシラスウナギの漁期延長という誤った判断は、行政のリーダーシップの欠如に起因していると考えられます。業界の将来を考えれば漁期延長はありえない判断ですが、相手を説得することが難しかったのでしょう。常に業界の方が強い立場にある状況は、法規則など、適切なリーダーシップを発揮するために必要なリソースが不足していることを示しています。

政治は適切に対応してきたのか
ニホンウナギの持続的利用が適切に進んでいないことについて、漁業を管理する水産行政を批判することは容易いことです。しかし、問題の根幹は水産行政にあるのでしょうか。私は、問題の根っこは、行政が適切な対応を果たすために必要なリソースが不足していることではないか、と考えています。

行政がウナギの問題に正面から取組むためには、予算や人員、法整備といったリソースの提供が欠かせません。リソースを提供できるのは、政治の力です。つまり、ウナギ問題の解決には政治の力が欠かせないのです。そもそもウナギの問題は、漁業管理、生息環境の回復、密漁や密売など違法行為の監視といった、多様な要素を含んでおり、水産行政が対応可能な範囲を超えていることは明らかです。

それにもかかわらず、これまでウナギの問題で、政治の不作為が問題視された例を、ほとんど目にしたことがありません。行政が対応できていない問題があるとすれば、それは、行政が適切に動ける状況を作り出していない、政治の責任であると考えるべきではないでしょうか。例えば養殖業に関わる議員団体としては「養鰻振興議員の会」があり、川や湖の漁業や環境に関しては「内水面振興議員連盟」があります。また、与党には「自民党水産部会」があり、それぞれニホンウナギの漁業や養殖、生息環境である河川や湖沼、沿岸域の環境に関する議論を行なっているはずです。ウナギの養殖を許可制にした内水面漁業振興法の成立など、これまで成果がないわけではありません。しかし、この法律の施行によって、多々あるウナギの問題のうちどれが解決されたのか、と考えてみましょう。シラスウナギは実質的に取り放題であり、密漁と密売が横行し、生息環境の回復は進んでいません、つまり、法律の施行前後で、状況はあまり変わっていないのです。

政治はこれまで、ウナギの問題に対して適切に対応してきたのでしょうか。私は、そうは思いません。おそらく現在の政治にとって、「ウナギの保全と持続的利用」という問題は、まだまだ優先順位が低いのでしょう。行政がウナギの問題に適切に取り組むには、政治によるリソースの提供が欠かせません。そして、政治がウナギの問題に取り組むには、社会におけるこの問題の優先順位を上げる必要があります。社会におけるウナギの問題の優先順位を上げるのは、消費者の声です。この件については次回「ウナギに関わる業者と消費者の責任」で議論します。

引用文献
Jacoby D, Gollock M (2014) Anguilla japonica. The IUCN Red List of Threatened Species. Version 2014.3
環境省 (2015a)「レッドデータブック2014−絶滅のおそれのある野生生物−4汽水・淡水魚類」ぎょうせい.東京
環境省(2015b)「平成26年度ニホンウナギ保全方策検討委託業務」
環境省(2016)「平成27年度ニホンウナギ保全方策検討委託業務」
環境省(2017)「ニホンウナギの生息地保全の考え方」

次回は「2018年漁期 シラスウナギ採捕量の減少について その8:ウナギに関わる業者と消費者の責任」を3月26日の月曜日に公開する予定です。なお、ニホンウナギの基礎知識については、「ウナギレポート」をご覧ください。行政に関わる筆者の考え方については、過去の記事「リソースとエフォート:ウナギ漁業管理問題をめぐる行政と研究者の「論争」から考えたこと」をご覧ください。

「2018年漁期 シラスウナギ採捕量の減少について」連載予定(タイトルは仮のものです)
序:「歴史的不漁」をどのように捉えるべきか(公開済み)
1:ニホンウナギ個体群の「減少」 〜基本とすべきは予防原則、重要な視点はアリー効果〜(公開済み)
2:喫緊の課題は適切な消費量上限の設定(公開済み)
3:生息環境の回復 〜「石倉カゴ」はウナギを救うのか?〜(公開済み)
4:ニホンウナギの保全と持続的利用を進めるための法的根拠(公開済み)
5:より効果的なウナギの放流とは(公開済み)
6:新しいシラスウナギ流通(公開済み)
7:行政と政治の責任(公開済み)
8:ウナギに関わる業者と消費者の責任(3月26日)
9:まとめ 研究者の責任(4月2日)

2018年漁期シラスウナギ採捕量の減少について    その6 新しいシラスウナギ流通

2018年漁期 シラスウナギ採捕量の減少について
その6 新しいシラスウナギ流通

中央大学 海部健三
国際自然保護連合(IUCN) 種の保存委員会ウナギ属魚類専門家グループ

要約

  1. 国内で養殖されているウナギのおよそ半分は、密漁、密売、密輸など、違法行為を経たシラスウナギから育てられている。
  2. 違法なウナギと合法のウナギは養殖場で混じり合い、消費者に提供される段階では区別することができない。違法な養殖ウナギを避ける唯一の方法は、ウナギを食べないこと。
  3. 密漁や密売には、反社会的集団だけでなく、一般的な個人や業者も関わっている。むしろ、その割合の方が高い可能性もある。
  4. シラスウナギ採捕者に対して、指定業者に市場より安い価格で販売を強制する「受給契約」が存在し、密売を促進していると考えられる。
  5. 流通量が、報告されたシラスウナギ採捕量を超えないようにするため、全国共通のシステムとして、報告の電子化と全取引の報告義務化が必要。
  6. シラスウナギに印をつけることで、適法であることを確認することも可能。
シラスウナギ採捕の規則
国の行政によって漁業管理が行われているサンマやスルメイカ、マサバなどと異なり、ウナギ漁業は都道府県の漁業調整規則に従って管理されています。いずれの都道府県の漁業調整規則を見ても、およそ20センチメートル以下のウナギの採捕が禁じられています。例えば、ウナギの漁獲量の多い愛知県、宮崎県、青森県の漁業調整規則には、以下のような規則があります。
  • 愛知県:全長20センチメートル以下(佐久間湖においては、全長30センチメートル以下)(愛知県漁業調整規則第35条)
  • 宮崎県:全長25センチメートル以下(宮崎県漁業調整規則第36条)
  • 青森県:全長30センチメートル以下(青森県内水面漁業調整規則第26条)
養殖に用いるニホンウナギの子ども、シラスウナギの全長はおよそ6cmであるため、上記のサイズ制限によって、シラスウナギの採捕は全面的に禁止されていることになります。このため、都道府県知事より特別採捕許可を受け、サイズ制限の適用を除外されることによって初めて、シラスウナギの採捕を行うことが可能になります。

養殖に用いるウナギの子供(シラスウナギ):飼育下でウナギの子供を生産する技術は商業化されておらず、全ての養殖ウナギは、天然のウナギの子供(シラスウナギ)を養殖場で大きく育てたものである



国内養殖の半分が違法行為を経たウナギ
日本国内の養殖場に池入れされ、養殖されるシラスウナギは、国内で採捕されたものと、輸入されたものに分けることができます。シラスウナギの輸入量のうち、適切に報告されたものについては、財務省の貿易統計で調べることが可能です。報告されなかった、つまり密輸されたシラスウナギも存在すると考えられますが、ここでは水産庁の計算に習い、貿易統計の数値をそのままシラスウナギの輸入量として考えます。国内の養殖場から報告されたシラスウナギ池入れ量の総計から輸入量を差し引くと、その差は国内で採捕されたシラスウナギということになります。2014年末から2015年までの漁期(2015年漁期)を例に計算してみますと、国内の養殖場に入ったシラスウナギは18.3トン、輸入された量が3.0トンなので、国内採捕量は18.3-3.0=15.3トン、となります(水産庁資料)。

国内で採捕されたと考えられる15.3トンはどのように採捕、流通されているでしょうか。日本国内でのシラスウナギ採捕は、特別採捕許可に基づいて行われるため、採捕量を報告する義務が付随します。2015年漁期に報告された採捕量は全国総計で5.7トンでした。これは、国内採捕量15.3トンの、わずか37%でしかありません。残りの63%は、無許可で行う密漁や、許可を受けた採捕者の過小報告(無報告漁獲)など、違法行為によって流通しているのです。

一方、輸入された3.0トンはどうでしょうか。2015年漁期に輸入された3.0トンのシラスウナギの内訳を財務省の貿易統計で調べてみると、そのすべてが香港から輸入されています。香港ではシラスウナギ漁は行われていないことなどの状況証拠から、これらのシラスウナギは、台湾や中国本土から香港へと密輸されたものであることが強く疑われます。

2015年漁期に日本国内の養殖場に池入れされたシラスウナギの内訳:輸入された3トンは全て香港からの輸入で、密輸が色濃く疑われる。国内漁獲のうち6割を超える9.6トンは密漁や無報告漁獲など、違法な漁獲。



「違法なウナギ」に遭遇する確率は50%以上?
国内の密漁や無報告漁獲と合わせると、2015年漁期に国内の養殖池に入れられたシラスウナギ18.3トンのうち、約7割にあたる12.6トンが、密輸、密漁、無報告漁獲など違法行為を経ていると考えられます。これら違法行為を経たウナギと、そうでないウナギは養殖場で混じり合い、出荷される段階では、業者でも判別できません。このため、老舗の蒲焼き店でもチェーンの牛丼店でも、また、高級デパートでも近所のコンビニでも、国産の養殖ウナギであれば、同じように高い確率で違法行為を経ているウナギに出会うことになります。

国内で養殖されたウナギだけでなく、海外で養殖され、日本に輸入されたウナギにも問題があります。中国、韓国ではヨーロッパウナギやアメリカウナギの養殖が行われ、日本にも輸出されています。しかし、ヨーロッパとアメリカでは、シラスウナギの密漁、密売、密輸が相次いで摘発されています。アメリカで行われた「Operation Broken Glass」と名付けられた捜査では、4百万ドル相当のシラスウナギの密売に関わったとして、15人が訴追されています(捜査を伝える記事)。ヨーロッパでは「Operation Lake」という大規模捜査が行われ、2017年3月までに17人が逮捕されました。ヨーロッパではこの漁期だけでも、一千万ユーロ相当のシラスウナギが中国へ密輸されたと考えられています(捜査を伝える記事)。Pramod et al.(2017年)は、日本が輸入しているウナギのうち、中国から輸出されるウナギの45%から75%、台湾から輸出されるウナギの22%から35%に、違法または無報告の可能性があると報告しています。

以上の状況を総合すると、国内養殖であっても、国外で養殖されたウナギを輸入した場合であっても、同様に高い確率で違法行為の関わったウナギが混在していることになります。これらのウナギから適法なものと違法なものを区別することは不可能であり、ある記事が主張するような、安いから密漁された可能性が高いとか、高いお店だから違法行為の関わっているウナギが少ない、ということはありません。養殖ウナギである限り、どのようなお店で食べても、または購入しても、高い確率で違法行為の関わったウナギを食べることになります。消費のほとんどを占める養殖ウナギについて、違法なウナギを避ける確実な方法は、現在のところ、「ウナギを食べない」以外にありません。

密漁は反社会的組織が行なっているのか
密漁や密売は、反社会的勢力が主に行なっているのでしょうか。高知県の取り組みを紹介する記事のように、暴力団が関与しているケースは実際に多く見られるようです。しかし、必ずしもすべての違法行為に、暴力団などの反社会的勢力が関わっているわけではありません。アメリカの事例では、シラスウナギが最も盛んなメイン州において、最古参の、最大取引量を占める業者が、密売で検挙されています(メイン州の「シラスウナギ王」の訴追を伝える記事)。同様に日本でも、ごく普通にウナギの流通や養殖を手がけている個人や組織が、裏で密漁や密売に関わっていると考えられます。私が直接見聞きしたケースでは、九州のとある大きな養殖業者が、他県の漁業者を使嗾し、シラスウナギの密漁をさせていました。完全な裏社会の組織よりも、シラスウナギの採捕や取り扱いの許可を持ち、ウナギの知識のある個人や組織の方が、密漁や密売のシラスウナギを扱いやすいと考えられます。シラスウナギの密漁や密売は、ウナギの業界ではごく当たり前のことであり、シラスウナギをスムーズに入手させてくれる「必要悪」だと信じられています。暴力団の関与はもちろん解決すべき課題の一つですが、ウナギ業界の構造や考え方、シラスウナギ採捕と流通のシステムそのものが、大きな問題を抱えていることを認識し、対応する必要があります。

密売を促進するシステム「受給契約」
密漁は特別採捕許可を受けずにシラスウナギを採捕する行為です。これとは別に、許可を受けた採捕者や取り扱い業者が採捕数を少なく報告し、一部のシラスウナギを密売するケースが多くあると考えられています。これは密漁と同様に、法律に違反する行為です。なぜ、過小報告が行われるのか、その背景について考えてみます。

特別採捕許可を得ている漁業者が、実際の採捕量よりも少なく報告を行うインセンティブとして、「所得隠し」と「販売価格の差」が考えられます。所得隠しについては、脱税や社会保障の継続など、様々な目的が考えられます。しかしこれらはシラスウナギ採捕に関わる特別な現象ではなく、社会に一般的な問題の一つです。これに対して、シラスウナギの流通システムが生じさせる販売価格の差が原因となり、採捕量を過小報告する事例が大きな割合として存在すると考えられ、早急な対策が求められます。

ウナギ養殖が盛んな県では、捕獲されたシラスウナギの県外への販売を制限している場合があります。業界紙である日本養殖新聞の調べでは、千葉県、静岡県、和歌山県、愛媛県、大分県、宮崎県、鹿児島県において、何らかのかたちで県外へのシラスウナギ販売が制限されています。一般的には、県内で採捕したシラスウナギを、指定業者に販売することを義務付ける規則です。県内の業者が指定業者となるため、結果的に県外への販売が禁止されることになります。

これらの県において、県内のシラスウナギの流通価格は、全国の市場価格よりも低く設定されます。例えば今期は採捕が不調でシラスウナギの価格は高騰し、キロあたり400万円とも言われています。それにもかかわらず、静岡県は指定業者への販売価格を70万円から130万円と設定しています。シラスウナギを採捕して販売する側としては、規則に則って指定業者に販売するよりも、規則を破って他の業者に売った方が、高い利益を得ることができます。規則に違反して販売する場合、その漁獲量が行政に対して報告されることはありません。指定業者以外へ低価格で販売する規則が、シラスウナギ漁獲量の過小報告を促進していることが、強く推測されます。

これら、指定業者への販売と価格調整のシステムは「需給契約」と呼ばれ、県行政が規則を作成しています。しかしながら、販売先を限定し、市場価格よりも低い価格での販売を強制する規則は、健全な競争を阻害している可能性が強く疑われます。受給契約は、シラスウナギの価格が安かった時代に、市場価格よりも高く買い取る契約によって、シラスウナギの供給を確保するためのシステムだったと言われています。しかしながらその後、シラスウナギの採捕量が減少し、価格が高騰したことによって、シラスウナギを安く買い取るシステムに変貌し、結果的に密売と過小報告という違法行為を増大させていると考えられます。

密輸の背景
シラスウナギ密輸にも、日本国内の受給契約に似た背景が存在します。台湾から香港を経由して日本にシラスウナギが密輸されていることは、報道でもたびたび指摘されています(例えば2016年12月1日放送のNHKクローズアップ現代)。台湾から香港を経由する密輸が盛んになったのは、2007年10月に台湾がシラスウナギの輸出を制限した後のことと考えられますが、実は、先に輸出を制限したのは日本でした。2007年以前、すでに日本はシラスウナギの輸出を制限していましたが(12月から4月末までの期間禁輸、平成18年3月31日付け平成18・ 03・23貿局第2号・輸出注意事項18第12号)、2007年に、輸出制限を継続する決定を発表しました。その同年に、台湾が同じくシラスウナギの輸出を制限しています。台湾による輸出制限直後に「日本養殖新聞」のブログ記事に掲載された台湾関係者の発言から、台湾が輸出制限を開始した背景を伺うことができます。

『再三にわたる問いかけにも日本の養鰻業界からは協力が得られなかった。大手の単年養殖業者から“なんとかしてほしい”といわれてきたが、業界のトップ及び行政の方が動いてくれないのでしかたない。(中略)いかに台湾のシラスが貴重であるか、その段階で理解されるだろうし、本当に困ると思う』

日本の輸出制限以前、来遊時期の早い台湾で漁獲されたシラスウナギは、購買力のある日本へ輸出されていました。台湾の養殖業者は、日本で遅い時期に漁獲されたシラスウナギを台湾が輸入できるよう、日本の輸出制限の緩和を求めていましたが、2007年に日本は輸出制限を継続する決定を下しました。上記「台湾関係者の発言」からは、台湾によるシラスウナギの輸出制限が、日本が輸出制限の継続を選択したことに対する報復措置であった可能性を、強く示唆しています。

台湾から香港を経由し、日本に密輸されるシラスウナギの背景には、日本による資源の囲い込みと台湾による報復があるようです。これらの規則は違法行為を増大させ、適切な報告を減少させるため、資源管理に大きな害を及ぼします。両国とも輸出制限を見直すと同時に、採捕量が適切に報告される国際流通システムを構築する必要があります。現在日本は台湾に輸出制限を互いに撤廃すること提案していますが、話し合いは順調ではないようです。この話し合いについては、輸出制限を撤廃した後にどのような取引規則に移行するのか明らかにされていないため、私は賛成できません。輸出制限撤廃後、いかにしてトレーサビリティを確保した取引システムを構築するのか、議論はそこから始めるべきです。

新しいシラスウナギの採捕・流通制度
ここまで見てきたように、現在の日本のシラスウナギの採捕・流通制度は明らかに破綻しており、早急に適切な制度を考案し、トレーサビリティが確保できる制度に移行させる必要があります。

基本的な考え方は、正規の許可を受けて採捕され、適切に報告されたシラスウナギの量を、流通量の上限とすることです。現在は、特別採捕許可の採捕報告量、及び税関へ申告された輸入量(これも原産国から密輸された可能性が高いのですが)を大幅に超えるシラスウナギが、国内の養殖場に池入れされています。このような異常な現象が生じないようにするためには、採捕者が報告した採捕量よりも、流通量が多くならないシステムが必要です。現在は紙媒体で報告がなされているため、流通量が報告量を上回っているかどうか、リアルタイムでチェックすることができません。シーズンが終わった後に、全国のデータが集まって初めて、「やはり今年も膨大な量の密漁と密売が行われた」ということが確認されるのです。対応策としては、スマートフォンなどを通じた電子データによって、リアルタイムの報告を行うことが考えられます。電子報告を通じて採捕量と流通量を把握することで、流通量が採捕報告量を上回ることがないか、リアルタイムで確認することが可能になります。

リアルタイムのチェックを可能にすることと同時に、違反者を正確に割り出すため、全ての取引に報告義務を課すことが必要です。都府県によって規則は異なりますが、多くの場合、はじめにシラスウナギを採捕する採捕者または採捕組合と、最終的に池入れする養殖業者以外に報告義務は課せられておらず、「シラス問屋」と呼ばれる中間流通業者はチェックの対象になっていません。このため、違法なシラスウナギがどの時点で混入したのか、検証することができません。採捕から池入れまでのあらゆる取引の報告を義務付けることで、適法な採捕量を超える売買がなされていないのか、確認することが可能になるはずです。中間流通業者が、適切に仕入れたシラスウナギの量を超えてシラスウナギを販売した場合、超過分は違法なシラスウナギと断定できます。

電子報告の導入と、全取引の報告義務化によって、違法行為が摘発されるリスクは大幅に高まります。あわせて罰則を厳しくすることによって、「シラスウナギをめぐる違法行為のリスク」を高めることができれば、違法行為を通じて得られる利益の期待値はマイナスになり、個人や組織は密漁や密売に手を出さなくなるのではないでしょうか。

さらに、シラスウナギに「適切に採捕、報告された印」をつけることも可能です。魚類の内耳には耳石(じせき)と呼ばれる炭酸カルシウムの塊があり、他の器官と異なり構成物質が代謝されることなく、死後も残ります。この耳石に化学物質を取り込ませ、後で検出することが可能です。例えば、ストロンチウムという物質はカルシウムと科学的に類似しているため、耳石に取り込まれやすい性質を持っています。スウェーデンでは年間250万個体のウナギを放流していますが、2009年以降はすべてのウナギがストロンチウムによる耳石標識を施されています(Håkan 2014)。シラスウナギの流通においては、採捕されたすべてのシラスウナギを一箇所に集め、数日間薬浴させて耳石標識を施したのち、流通に回すことが考えられます。耳石標識は成長後も、死亡後も残されるため、飼育段階でも消費段階でも、正規のプロセスを通って流通したものかどうか、耳石を取り出して分析することによって、確認することができます。使用する化学物質とその安定同位体の種類、及びそれらの組み合わせは数十から数百通り考えることができるため、闇流通組織が偽の耳石標識を製作することを困難にすることも可能です。例えば高知県では、全県で採取されたシラスウナギを一度、しらすうなぎ流通センターに集荷しています。このような方式を各県が採用し、集荷されたシラスウナギに耳石標識を施すことで、「正規流通のウナギ」を違法なウナギと識別することが可能になります。輸入されるシラスウナギについては、税関を通過後に同様の施設で薬浴させることになるでしょう。

このような新しいシステムは、全国一律の規則である必要があります。現在、ウナギの管理は都道府県に任せられており、シラスウナギの採捕と流通も、県ごとが独自の管理制度を運用しています。都府県ごとに異なるルールが、密漁や密売の生じやすい状況をつくってしまっている可能性は高く、早急に全国共通のルールを策定することが必要とされています。

適切なルールの設定によって違法行為のリスクを高め、合法的にシラスウナギの採捕・流通を行うことは可能です。改革が進まない主要な要因は、現行制度における利害関係が固定化し、現在のルールで利益を得られる個人や組織が、ルールの変更に反対していることと考えられます。違法行為が蔓延している現在のシステムで利益を得ている個人や組織こそが、ウナギの保全と持続的利用を実現するための、最大の障壁と言えるでしょう。

引用文献
Pramod, Ganapathiraju, Tony J. Pitcher, and Gopikrishna Mantha. “Estimates of illegal and unreported seafood imports to Japan.” Marine Policy 84 (2017): 42-51.
Wickström, Håkan, and Niklas B. Sjöberg. “Traceability of stocked eels–the Swedish approach.” Ecology of Freshwater Fish 23.1 (2014): 33-39.

この記事は、拙著「ウナギの保全生態学」(共立出版)と過去のブログ記事の文章を基礎に、新たに再構成したものです。アジアにおけるウナギの流通については、TRAFFICレポートに詳しく記載されています。

今後の予定
次回は「2018年漁期 シラスウナギ採捕量の減少について その7:行政と政治の責任」を3月12日の月曜日に公開する予定です。なお、ニホンウナギの基礎知識については、「ウナギレポート」をご覧ください。

「2018年漁期 シラスウナギ採捕量の減少について」連載予定(タイトルは仮のものです)

序:「歴史的不漁」をどのように捉えるべきか(公開済み)
1:ニホンウナギ個体群の「減少」 〜基本とすべきは予防原則、重要な視点はアリー効果〜(公開済み)
2:喫緊の課題は適切な消費量上限の設定(公開済み)
3:生息環境の回復 〜「石倉カゴ」はウナギを救うのか?〜(公開済み)
4:ニホンウナギの保全と持続的利用を進めるための法的根拠(公開済み)
5:より効果的なウナギの放流とは(公開済み)
6:新しいシラスウナギ流通(公開済み)
7:行政と政治の責任(3月12日)
8:ウナギに関わる業者と消費者の責任(3月19日)
9:まとめ 研究者の責任(3月26日)

2018年漁期 シラスウナギ採捕量の減少について   その5より効果的な放流とは

2018年漁期 シラスウナギ採捕量の減少について
その5 より効果的な放流とは

中央大学 海部健三
国際自然保護連合(IUCN) 種の保存委員会ウナギ属魚類専門家グループ

要約

  1. 日本の河川や湖では、漁業法で定められた「増殖義務」の履行として、大量のウナギが放流されている。
  2. ウナギの放流は、外来種の侵入、病原体の拡散、性比の撹乱、低成長個体の選抜などを通じて、ウナギ個体群に悪影響を与えるリスクが想定される。
  3. 放流された個体が外洋における再生産を通じて、ウナギ資源量を回復させる効果は、ほとんど明らかにされていない。
  4. リスクを考慮した時、新しくウナギの放流を始めるべきではない。また、環境学習の素材として利用すべきではない。
  5. 既存のウナギ放流を改善する場合、推奨されるのは組み上げ放流、組み下げ・買取放流、シラスウナギから3g程度までの短期飼育個体の放流。
  6. 外来種の放流、食用サイズのウナギの放流、選抜と操作を受けた個体の放流、海域への養殖ウナギの放流、完全養殖ウナギの放流は、避けるべき。
 

放流とは
日本の多くの川や湖では、魚や貝、甲殻類の放流が行われています。日本の河川や湖沼では盛んに放流がおこなわれている理由は、漁業法(昭和24年12月15日法律第267号)という、漁業に関する規則を定めた法律にあります。

「第127条 内水面における第五種共同漁業は、当該内水面が水産動植物の増殖に適しており、且つ、当該漁業の免許を受けた者が当該内水面において水産動植物の増殖をする場合でなければ、免許してはならない。」

第五種共同漁業とは、内水面において漁業者が行う、養殖業以外のさまざまな漁業の総称です。法律によって、河川や湖沼で漁業権を行使する内水面漁業協同組合は、漁業権の対象となっている動植物を増やすための努力を義務付けられています。この「増殖義務」を果たす手段としては、漁獲量の削減のほか、生息域の保全や回復、産卵場の造成、産卵親魚の保護などが考えられますが、一見最も直接的で、効果を測りやすいと信じられているのが、放流です。このため、漁業法に基づく増殖義務の履行として、一般的に水生動物の放流が行われてきました。

ウナギの放流
日本各地でウナギの放流が行われています。遠くマリアナの海で生まれたニホンウナギが、シラスウナギとなって沿岸域までたどりついたところを捕獲し、養殖池に入れて育て、食用として出荷するのがウナギの養殖です(詳しくはウナギレポートへ)。そして、養殖されたウナギを購入し、河川や湖沼に放すのが、一般的に行われているウナギの放流です。

増殖義務に基づく放流について、全国の約800の内水面漁業協同組合のうち、130組合に対して全国内水面漁業協同組合連合会が行ったアンケート調査によると、2011年から2013年にかけて、合計で年間10tから17tのウナギの放流が行われています。それでも近年は養殖ウナギの価格が高騰しているため、放流用ウナギの購入が難しく、過去の放流量と比較すると減少しているということです。2016年の国内の内水面におけるウナギの漁獲量は68tであり、放流がウナギに与える影響は小さくありません。ほかに、養殖業やシラスウナギ漁業を営む組織が行う自発的な放流や、調査研究のために行われる放流が存在しますが、規模が大きいのはやはり、内水面漁業協同組合の行う増殖義務に基づく放流です。

放流が抱えるリスク
生物多様性の保全について考えたとき、生物の放流には一般的に、分布域の改変、遺伝的撹乱、病原体拡散の3つのリスクがあります。
  1. 分布域の改変 国内からであれ、国外からであれ、外来種が侵入すれば、既存の生態系のバランスが崩れるおそれがあります。例えば、アメリカ大陸から持ち込まれ、日本各地に放流されたアメリカザリガニ、ルアーフィッシングの対象として放流されることの多いオオクチバスやコクチバスは、本来の分布域とは異なる水系に定着し、侵略的外来種として既存の生態系に大きな影響を与えています。国内在来種であっても、放流によって分布域が改変される場合があります。オイカワは、琵琶湖産アユに混じって全国各地に放流され、以前は分布していなかった東北や四国の一部などにも、国内外来種として分布域を広げています(高村 2013)。
  2. 遺伝的撹乱 地域ごと、水系ごとに遺伝的に異なる局所個体群が形成される魚種の場合、放流を通じて生き物を移動させることによって、長い時間をかけて形成された、地域に固有な遺伝的特性を失わせる可能性があります。また、飼育下で孵化から産卵までを行う、完全養殖で育てられている養殖魚の場合には、養殖魚が何世代にもわたって人工的な環境で飼育されることによって、群れやすいなど飼育下の環境に適した遺伝的な特性が選択的に維持される場合があります。このような個体を河川や湖沼に放流することは、自然環境下に生息している野生個体群の遺伝的組成に影響を与える恐れがあります。
  3. 病原体の拡散 放流のために生物を運搬すれば、その体内に存在する寄生虫や細菌、ウイルスなどの病原体も、ともに移動します。日本では1990年代に、放流用の稚アユの輸送にともなって冷水病が全国に広がりました。また、2000年代には、やはり放流を通じてコイヘルペスウィルス病が全国に拡散しまた。
ウナギの放流に想定されるリスク
一般的には上記三つのリスクが考えられますが、ウナギの放流の場合はどうでしょうか。特にニホンウナギの放流について、想定されるリスクを考えてみます。
  1. 外来種の侵入 かつて日本国内の各地で、外来種であるヨーロッパウナギが盛んに放流された時期がありました。1996年から1998年にかけて、新潟県の魚野川において行われた調査では、産卵に向かう銀ウナギ292個体を捕獲して調べたところ、その93.6%をヨーロッパウナギが占めていました(Miyai et al. 2004)。2015年にも、利根川の上流域でヨーロッパウナギが確認されています(Arai et al. 2017)。ヨーロッパウナギは現在、ワシントン条約によって輸出入が規制されており、また、日本国内ではほとんど養殖されていないことから、今後大量に日本の河川に放流されることはないと考えられます。しかし、東南アジアのビカーラ種や北アメリカ大陸のアメリカウナギなど、ニホンウナギとヨーロッパウナギ以外のウナギ属魚類の養殖が試みられているため、外来のウナギが放流されるリスクがなくなったわけではありません。
  2. 遺伝的撹乱 ウナギの放流について、遺伝的撹乱に関する問題は、純淡水魚と比較して、それほど重要ではないと考えられます。ニホンウナギは単一の交配集団を構成しており、遺伝的に異なる局所個体群に分割されません。現在の理解では、ニホンウナギは全て遺伝的に同じグループに属するため(Han et al. 2010)、ある河川の個体を別の河川に移したからといって、本来混じり合うべきではない集団の遺伝子が混合されてしまうことはないと考えられます。
  3. 病原体の拡散 外来のウナギが日本の河川に放流されることによって、新しい病原体や寄生虫が拡散する可能性が十分に考えられます。また、ニホンウナギの放流であっても、養殖場から全国の河川や湖へと、感染性の病原体を拡散している可能性は十分にあります。日本では研究例がありませんが、北ドイツでは2015年と2016年に放流したウナギの多くが、ヘルペス性鰓弁壊死症を引き起こすanguillid herpesvirus 1(AngHV-1)に感染していたことが報告されています(Kullmann et al. 2017)。高密度で生き物を飼育する養殖場は、感染症が発生、拡大しやすい環境です。養殖場で育った個体を自然界へ放流することは、これらの感染症を自然の環境へ解き放つことにつながります。
  4. 性比の偏り ウナギの放流でしばしば指摘されるのが、性比の問題です。一般的に、養殖場で育ったウナギの多くはオスです。これに対して、自然の河川で採集されたウナギの性比は、メスに偏っている場合が多く見られます。本来のウナギの性比がどのような割合なのか、たとえば河川で採集したウナギの性比がメスに偏っている現状が適切なのか、判断することは困難です。しかし、養殖場で飼育されたウナギを河川へ放流することが、自然環境下で育った個体とは大きく異なる性質を持つ個体を自然の中に戻す行為であることは、確かなようです。
  5. 低成長個体の選抜 放流されるウナギは、養殖場で育ったウナギのなかでも、特に成長の悪い個体です。2013年に養殖が盛んな4つの県をめぐり、合計20の養殖場を訪問して聞き取り調査を行ったところ、放流用のウナギを販売したことがあると答えた養殖場のほとんどが、成長の悪い個体を選別して売ったと回答しています。ウナギの成長は個体による差が大きいため、成長の速い個体から順次食用として出荷されます。食用として出荷されずに残った成長の悪い個体が、放流用として売られるのです。もちろん、養殖場で成長の悪いウナギでも、自然環境下での成長が悪いとは限りません。注意すべきは、成長の悪い個体を人為的に選抜することにより、ニホンウナギ個体群に何らかの遺伝的な影響が生じる可能性がある、ということです。
  6. 生態系への影響 ウナギ放流が与える影響は、ウナギにのみとどまるものではありません。ウナギは淡水生態系の食物網では、最高位に位置する捕食者です。ウナギの放流を続けることによって、特定の生物が捕食されて減少するなど、既存の生態系のバランスを大きく崩してしまう可能性も考えられます。ニホンウナギの個体数回復だけでなく、水辺の生態系全体に対する配慮も必要とされます。
放流でウナギは増えるのか?
放流された個体が外洋における再生産を通じて、ウナギ資源量を回復させる効果については、ほとんど明らかにされていません。ウナギの放流に関する研究が進んでいるヨーロッパでは、国際海洋探査協議会(ICES)のウナギ放流部会(WKSTOCKEEL)が『放流による総合的な利益を評価するための知見は、限りなく弱い』と報告しています(ICES 2016)。ウナギ放流が資源量回復に与える効果が曖昧な理由は、放流したウナギが成長・成熟した後に外洋の産卵場までたどりつき、再生産に参加していることの確認が困難を極めるためです。

産卵に寄与しているかどうかは不明としても、河川内では放流によってウナギが増えているのでしょうか。実は、現在日本が行なっているウナギ放流で、河川や湖に生息するウナギの数を効果的に増やせるのかどうか、疑問が提示されつつあります。鈴木ら(2017)は、秋季に平均24.3±17.2gの養殖ウナギ200個体を2つの小河川に放流し、再捕獲調査を行ないました。採捕率及び成長率はともに低く、漁場外への逸脱もあり、この調査で行なった形式の放流では、内水面漁業に貢献するような十分な効果は得られないと考えられた、と結論づけています。

放流とは一体どのような行為なのか
ウナギの保全と持続的利用という視点から見たとき、必要とされることは、人間がウナギを利用する速度を、ウナギの再生産速度よりも低く抑えることです。このためには、利用速度の低減と再生産速度の増大が必須です。利用速度の低減は適切な消費上限の設定を通じて(詳細は過去の記事)、再生産速度の増大は生息環境の回復を通じて実現することが可能です(詳細は過去の記事)。それでは、放流という行為は、どのように位置づけることができるでしょうか。

利用速度の低減と、再生産速度の増大は、共に「ウナギ個体群に対する人為的な悪影響を低減すること」です。過度な消費によって個体数が減少することは、人為的な悪影響です。この悪影響を緩やかにするために、適切な消費上限を設ける必要があります。開発によって河川や沿岸域の環境が劣化し、ウナギの生残と成長が阻害されることもまた、人為的な悪影響です。河川や沿岸の環境を回復させることによって、この悪影響を低減することができます。

生き物は、長い進化の歴史の中で、子孫を増やすためのさまざまな戦略を適応進化させてきました。短期的な時間スケールで考えた時、人間の干渉がなければ、生き物は自分たちの力でその数を維持、または増加させることができるはずです。つまり、生き物がスムーズに子孫を増やすことのできる環境を整えることができれば、河川や湖沼の魚や貝や甲殻類は、その数を維持し、回復させることができるはずなのです。「生き物がスムーズに子孫を増やすことのできる環境」とは、生物が適応進化を遂げてきた環境、シンプルに言えば、人為的な環境改変が生じる以前の環境です。ウナギの数を増やし、維持するためには、人為的な悪影響を低減させる対策、つまり、過剰な消費と劣化した環境に対する対策が必要になります。

ウナギの放流は、人間の手で飼育した個体を自然の環境へ放す行為です。「食べられるはずだった生き物を自然に戻す」と考えると、人為的な悪影響の低減と解釈することができますが、「飼育下でオスに偏り、感染症に罹患した、特別に低成長の個体を自然環境に放す」と考えると、ウナギ個体群への人為的な悪影響そのものです。ウナギに限らず、放流という行為は、トータルとして人為的な悪影響を低減させるかどうか不明であり、保全と持続的利用に資するとは、必ずしも言えないのです。

これからのウナギ放流
現在日本で行われている放流については、多くのリスクが想定できますが、再生産に寄与しているとは断定できない状況です。今後、ウナギの放流はどうあるべきでしょうか。

まずは、これ以上ウナギの放流を拡大させないことが重要です。現在行なっている放流を取りやめる必要があるところまで、ウナギ放流の悪影響を示す具体的な証拠はありません。しかし、想定されるリスクと、再生産への寄与が確実ではないことを考慮した時、少なくとも、新しくウナギの放流を始めるべきではありません。また、ウナギの放流を環境学習の素材として利用する例が散見されますが、これまで述べたように、ウナギの放流は決して「良いこと」と手放しに言えるものではありません。放流の孕むリスクを適切に伝達できない場合は、ウナギ放流を環境学習の素材として利用すべきではありません。

内水面漁業協同組合のように、放流を止めることが難しい場合は、想定されるリスクをなるべく小さくすることが求められます。上記「ウナギの放流に想定される悪影響」で示したリスクはすべて、人間の関わりによって生じます。このため、「リスクの少ない放流」とは、「人が手をかけない放流」です。このため、最善の策は「採らない」になります。それでも放流を行う場合、注意すべきは(1)移動を最小限にすること、(2)飼育期間を短くすること、の二点でしょう。

まず移動について。水系をまたいでウナギを移動させることによって、産卵場への帰り道がわからなくなる、との考え方が、一部のヨーロッパの研究者にあります。この問題は論争になっており、結論は出ていません。一応このリスクにも対応しようとすると、水系をまたいでウナギを移動させないのが理想です。

次に飼育期間ですが、大きく育ったウナギは環境変化に弱く、放流後の生き残りが悪いことが知られています。Wakiya et al.(2016)によれば、ニホンウナギが大きく生息域を移動するのは、最大で全長240mm程度までです。これ以降は環境変化に対応しにくくなることが考えられるため、放流は大きくても全長200mm程度(体重10g程度)までに限定するべきです。現在、多くの地域で10gから30g程度のウナギが放流されているようですが、ヨーロッパウナギの研究では、3gと9gの養殖個体の放流後の加入あたり漁獲量を調査し、9g群より3g群が優れていると結論づけています(Pedersen & Rasmussen 2015)。3gであれば、まだ性は決定していないと考えられるため、オスに性比が偏ることも回避できるでしょう。また、養殖場では、大きく成長するほどサイズ選別が進むため、小さいサイズでの放流によって、低成長個体が選別される問題もある程度回避できる可能性があります。病原体の拡散についても、飼育期間を短くすれば、感染症に罹患するリスクは低減します。以上の注意点を踏まえると、現時点で推奨できるのは、以下のような放流でしょう。最もリスクが低く、メリットを期待できるのは、(1)の組み上げ放流と、(2)の組みおろし放流・買取放流です。
  1. 組み上げ放流 ダムなどウナギの遡上を阻害する構造物の下流側で捕獲した個体を、障害物を越えて上流側へ移送する形式の放流です。構造物上流への移送を行うにあたっては、移送した個体の降河回遊の安全性を確保することが重要になります。特に水力発電用のダムが存在する場合は、降河回遊時に発電用タービンに巻き込まれないよう、対策することが必要です。
  2. 組みおろし放流・買取放流 産卵回遊へ向かうウナギについて、降河を阻害する構造物の上流側で捕獲した個体を、障害物を越えて下流側へ移送する放流が、組みおろし放流です(「上流」という表記になっていたものを「下流」に修正しました。2018年2月26日)。買取放流では、漁業者が捕獲したウナギを買い取り、産卵回遊へ迎える水域で放します。浜名湖で行われています。
  3. 短飼育・無飼育個体の放流 シラスウナギから3g程度までの個体で、飼育を経ていない、またはごく短い期間のみ飼育した個体の放流です。
反対に、以下のような放流は害が大きく、積極的に避けるべきです。ニホンウナギの保全と持続的利用を考えた時、毎年行なわれてきた放流であっても、中止を検討するべきです。
  1. 外来種の放流 論外であり、絶対に行ってはいけません。
  2. 大きなウナギの放流 食べられるサイズにまで育ったウナギは、自然環境下で生き残れる可能性が非常に低いと考えられます。貴重な資源を有効に利用するため、食用になるまで育ったウナギは、放流するよりも食べましょう。
  3. 選抜や操作を受けたウナギの放流 低成長の集団、オスの多い集団、または意図的にメス化させた集団など、人為的な選抜や操作を受けた個体を自然界に放すことは、人為的な悪影響を増大させる可能性が高く、避けるべきです。
  4. 海域における養殖ウナギの放流 養殖場で大きく育てた個体を、「より産卵場に近い」という理由で海に放流する取り組みは、推奨できません。鹿児島県ウナギ資源増殖対策協議会の行なった行動追跡調査では、放流された個体は異常な行動を見せ、適切に産卵場へ向かうとは考えられない状況でした。
  5. 完全養殖ウナギの放流 完全養殖の技術が進んでも、その技術で生まれた個体を放流に用いてはいけません。完全養殖ウナギは継代飼育されているため、現在の養殖ウナギよりもさらに人為的な影響を強く受けます。将来、飼育しやすい個体(通常、自然環境下では適応度が低い)が育種によって生み出される可能性も高く、そのような個体が天然の個体と交配すれば、天然の個体群に回復不可能なダメージを与える可能性があります。
今後、放流を続けていくのであれば、放流による個体群回復のメリットが、前述のリスクを含む様々なデメリットを上回っていることを明確に示す必要があります。現在のところ、放流によってニホンウナギの個体数が増加しているのか、ほとんど情報がありません。繰り返しになりますが、想定されるリスクを考慮すると、現時点では、少なくとも現在以上に放流を拡大することは、避けるべきです。

引用文献
Arai, K, et al. “Discovering the dominance of the non-native European eel in the upper reaches of the Tone River system, Japan.” Fisheries Science 83.5 (2017): 735-742.
Han, Yu-San, et al. “Population genetic structure of the Japanese eel Anguilla japonica: panmixia at spatial and temporal scales.” Marine Ecology Progress Series 401 (2010): 221-232.
ICES (2016) Report of the Workshop on Eel Stocking (WKSTOCKEEL), 20–24 June 2016, Toomebridge, Northern Ireland, UK. ICES CM 2016/SSGEPD:21.
Kullmann, B., et al. “Anthropogenic spreading of anguillid herpesvirus 1 by stocking of infected farmed European eels, Anguilla anguilla (L.), in the Schlei fjord in northern Germany.” Journal of fish diseases 40.11 (2017): 1695-1706.
Miyai, Takeshi, et al. “Ecological aspects of the downstream migration of introduced European eels in the Uono River, Japan.” Environmental Biology of Fishes 71.1 (2004): 105-114.
Pedersen and Rasmussen. “Yield per recruit from stocking two different sizes of eel (Anguilla anguilla) in the brackish Roskilde Fjord.” ICES Journal of Marine Science: Journal du Conseil (2015): fsv167.
高村(2013)「琵琶湖から関東の河川へのオイカワの定着」 in 見えない脅威“国内外来魚”日本魚類学会自然保護委員会編, 東海大学出版会

この記事は、拙著「ウナギの保全生態学」(共立出版)の第三章第二節「現在の対策 放流」の文章を基礎に、新たに再構成したものです。

今後の予定
次回は「2018年漁期 シラスウナギ採捕量の減少について その6:新しいシラスウナギ流通」を3月5日の月曜日に公開する予定です。なお、ニホンウナギの基礎知識については、「ウナギレポート」をご覧ください。

「2018年漁期 シラスウナギ採捕量の減少について」連載予定(タイトルは仮のものです)
序:「歴史的不漁」をどのように捉えるべきか(公開済み)
1:ニホンウナギ個体群の「減少」 〜基本とすべきは予防原則、重要な視点はアリー効果〜(公開済み)
2:喫緊の課題は適切な消費量上限の設定(公開済み)
3:生息環境の回復 〜「石倉カゴ」はウナギを救うのか?〜(公開済み)
4:ニホンウナギの保全と持続的利用を進めるための法的根拠(公開済み)
5:より効果的なウナギの放流とは(公開済み)
6:新しいシラスウナギ流通(3月5日)
7:行政と政治の責任(3月12日)
8:ウナギに関わる業者と消費者の責任(3月19日)
9:まとめ 研究者の責任(3月26日)

2018年漁期シラスウナギ採捕量の減少について    その4 ニホンウナギの保全と持続的利用を進めるための法的根拠

2018年漁期 シラスウナギ採捕量の減少について
その4 ニホンウナギの保全と持続的利用を進めるための法的根拠

海部健三
中央大学法学部
国際自然保護連合(IUCN) 種の保存委員会ウナギ属魚類専門家グループ

要約

  1. 複数の国に分布する国際資源であるニホンウナギを保全するには、関係各国が国内法を整備するための根拠となる条約が必要
  2. 第67条「降河性の種」を含む国連海洋法条約は、ニホンウナギの保全と持続的利用の推進に資する可能性が高い
  3. ニホンウナギの漁獲量の管理、および成育場環境回復に関する対策は、国連海洋法条約を遵守しているとは考えにくい
保全の先進国EUと東アジアの違い
ウナギの保全に向けた取り組みが最も進んでいるのは、ヨーロッパウナギが生息しているEUです。ヨーロッパウナギは1970年代より激減し、IUCNによって絶滅の危険性が最も高いとされる「Critically Endangered(絶滅危惧IA類)」に区分され、「絶滅のおそれのある野生動植物の種の国際取引に関する条約」(Convention on International Trade in Endangered Species of Wild Fauna and Flora, 略称「CITES」、通称「ワシントン条約」)によって、国際取引を行うには輸出国による許可が義務付けられています。輸出許可には、当該取引が個体群の維持に悪影響を及ぼさないことを科学的に証明する必要があります(Non-detriment findings, 無害証明)。EUは、ワシントン条約よりも厳しい判断を下し、無害証明の有無に関わらず、ヨーロッパウナギの域内取引を全面的に禁止しています。

ヨーロッパウナギの保全を目的として、EUは2007年にCOUNCIL REGULATION (EC) No 1100/2007「establishing measures for the recovery of the stock of European eel」を定めました。英国環境庁(Environment Agency)は、この法律を根拠として「The Eels (England and Wales) Regulations 2009」を定め、2010年より施行しています。この規則では、例えばイングランドとウェールズに存在する、24時間で20㎥以上取水するあらゆる取水施設を対象として、ウナギの迷入を防ぐ「ウナギ・スクリーン」を、施設管理者の全額負担で設置することを義務付けています。この規則に従い、テムズ川流域の上下水道を供給管理するテムズ・ウォーター社のウォルター取水口には、産卵のために河川を下る銀ウナギの迷入を防ぐため、ハイドロロックス社の「ウナギ・スクリーン」が設置されています。ウォルター取水口の改築にかかった総費用、約7,000万円は、全額テムズ・ウォーター社が負担しており、最終的には水道料金に添加されます(詳しくは過去の記事をご覧ください)。

EU各国は、EUの法律を根拠として国内法を定め、ウナギの保全と持続的利用へ向けた取り組みを進めています。一方、ニホンウナギが生息する東アジアにおいては、日本、中国、韓国、台湾による「ニホンウナギその他の関連するうなぎ類の保存及び管理に関する共同声明 」によって、ウナギ養殖に用いるシラスウナギ(ウナギの稚魚)の利用量を制限する努力目標が掲げられています。しかしながら現在のところ、ウナギの保全を目的とした、国をまたぐ条約など、強制力のある法規則は存在しません。複数の国に分布する国際資源であるニホンウナギを保全するにあたり、関係各国が国内法を整備するための根拠となる条約が存在しないことが、本種の保全と持続的利用に関する取り組みを阻害している可能性が想定されます。

 

テムズ川のウォルター取水口に設置されたウナギスクリーン。奥がテムズ川、手前が取水施設側。メッシュは1.5mm。全自動洗浄によって目詰まりを防止するシステムになっている。



国連海洋法条約とは
海洋法は、第二次世界大戦後に「海洋法に関する国際連合条約」(United Nations Convention on the Law of the Sea, 略称「UNCLOS」または「国連海洋法条約」)として1982年に採択されました。日本は1983年2月に署名、1996年に批准し、同年7月20日(国民の祝日「海の日」)に発効しています。2017年3月までに、168の国などが批准しました。

「序」には『(前略)海洋資源の衡平かつ効果的な利用、海洋生物資源の保存並びに海洋環境の研究、保護及び保全を促進するような海洋の法的秩序を確立することが望ましいことを認識し、(後略)』と記載されており、海洋水産資源の保全と持続的利用が条約の目的に含まれています。また、第67条には、「降河性の種」として、ニホンウナギを含む降河回遊生態を有する生物の保全と持続的利用について定めています。このため、ニホンウナギの保全を目的とした国内法を整備するための根拠として、この条約を位置づけられる可能性があります。

ウナギ属魚類を含む回遊性の生物に関する国際条約としては、国連海洋法条約の他に「移動性野生動物の保全に関する条約」(Convention on the Conservation of Migratory Species of Wild Animals, 略称「CMS」)が存在し、回遊魚、渡り鳥、ウミガメや大規模な移動を行う哺乳類など、移動性の動物の保全の根拠を提供しています。「移動性野生動物の保全に関する条約」には120以上の国などが批准していますが、現在のところ、日本は批准していません。

第67条 降河性の種
第67条は国連海洋法条約第5部「排他的経済水域」に含まれ、以下のように記載されています。
  1. 降河性の種がその生活史の大部分を過ごす水域の所在する沿岸国は、当該降河性の種の管理について責任を有し、及び回遊する魚が出入りすることができるようにする。
  2. 降河性の種の漁獲は、排他的経済水域の外側の限界より陸地側の水域においてのみ行われる。その漁獲は、排他的経済水域において行われる場合には、この条の規定及び排他的経済水域における漁獲に関するこの条約のその他の規定に定めるところによる。
  3. 降河性の魚が稚魚又は成魚として他の国の排他的経済水域を通過して回遊する場合には、当該魚の管理(漁獲を含む。)は、1の沿岸国と当該他の国との間の合意によって行われる。この合意は、種の合理的な管理が確保され及び1の沿岸国が当該種の維持について有する責任が考慮されるようなものとする。
排他的経済水域(Exclusive Economic Zone, EEZ)については、『排他的経済水域とは、領海に接続する水域』(第55条)であり、『領海の幅を測定するための基線から200海里を超えて拡張してはならない』(第57条)と定められています(1海里は1,852m)。第67条は第5部「排他的経済水域」に含まれることから、条文が適用される範囲は、EEZ、つまり領海の外側からEEZの外側の限界までの範囲とも読み取れます。

「降河性の種」とは、ウナギ属魚類のように、成育場である河川などの淡水域から、産卵のために海洋へ移動する必要のある動物種を指し示します(Tilman & Levin 2001)。このため、実際に降河性の種の管理が必要とされている水域、すなわち定着して成育期を過ごす水域は、領土と領海に限られており、領海の外側にあるEEZは回遊経路でしかありません。このため、第67条がEEZのみに適用されると解釈すると、この条文の存在意義は大きく損なわれ、『海洋資源の衡平かつ効果的な利用、海洋生物資源の保存並びに海洋環境の研究、保護及び保全を促進するような海洋の法的秩序を確立することが望ましいことを認識し、』と記された序文の趣旨にも反します。国連海洋法条約の趣旨を尊重し、第67条はEEZのみならず、領土及び領海にも適用されると解釈するべきでしょう。同様に、降河性の種に関しては、EEZ内の生物資源の保全と利用について定めた第61条及び第62条についても、領土及び領海にも適用されると考えるべきです。そのように考えなければ、領土と領海における人為的な環境改変や過剰な資源の利用によって、『回遊する魚が出入りすることができるようにする』という目標を達成することが困難になる可能性があるためです。

降河性の種の管理責任
ニホンウナギの産卵場はマリアナ諸島西方海域であり、生活史の大部分を過ごす成育場は東アジアにあります。このため日本、中国、韓国、北朝鮮、台湾の五ヶ国・地域のうち、国連海洋法条約に批准しているは日本、中国、韓国の三カ国は、ニホンウナギについて、第67条第1項の定めるところの『降河性の種がその生活史の大部分を過ごす水域の所在する沿岸国』に相当し、『当該降河性の種の管理について責任を有』することになります。

2016年に開催された移動性野生動物の保全に関する条約(CMS)のヨーロッパウナギに関するワークショップで作成された文書では、ヨーロッパウナギの管理責任を有するのは、当該種がその生活史の大部分を過ごす水域の所在するヨーロッパ諸国及び北アフリカ諸国であるとした上で、『当該降河性の種の管理について責任を有し、及び回遊する魚が出入りすることができるようにする』という、国連海洋法条約第67条第1項の文言について、『これらの国々はウナギの生息域に影響を与える脅威を軽減させ、漁獲を制限しなければならないと言い換えられる』としています(Spijkers & Elferink 2016)。ニホンウナギについても同様に考えると、日本、中国、韓国の三ヶ国は、ニホンウナギの管理について責任を有し、その生息域に影響を与える脅威を軽減させ、漁獲を制限しなければならない、と解釈できます。

漁業管理と環境保全の責任
第67条の「降河性の種」の他に、国連海洋法条約では、EEZ内の生物資源の保全と利用に関して、第61条「生物資源の保存」、第62条「生物資源の利用」が存在します。第61条第2項には、『沿岸国は、自国が入手することのできる最良の科学的証拠を考慮して、排他的経済水域における生物資源の維持が過度の開発によって脅かされないことを適当な保全措置及び管理措置を通じて確保する』と定められています。これらの条文より、日本、中国、韓国はニホンウナギについて、最良の科学的証拠を考慮した漁業管理と環境保全の措置を進める責任を有している、と解釈することが可能です。

漁業については、第62条第1項に『沿岸国は、前条の規定の適用を妨げることなく、排他的経済水域における生物資源の最適利用の目的を促進する』とあります。つまり、日本、中国、韓国はEEZの内側に存在するニホンウナギを漁獲する権限を有するが、第61条第2項に基づいて『排他的経済水域における生物資源の維持が過度の開発によって脅かされない』ように、『入手することのできる最良の科学的証拠を考慮して』、『適当な保全措置及び管理措置』を講じなければなりません。現在日本、中国、韓国、台湾の四カ国・地域の「共同声明」によって定められている、養殖に用いるシラスウナギの上限量(78.8トン)は、共同声明が発効した2015年以降の実際の漁獲量(2015年:38.1トン、2016年37.7トン)の2倍程度もあり、漁獲量を制限する効果を発揮していません(詳しくは過去の記事)。78.8トンという、漁獲可能量を大幅に超えた上限量を決定する過程には、科学的な知見が用いられていません。ニホンウナギの漁獲量の管理は、国連海洋法条約第61条第2項を遵守しているとは考えられない状況にあります。

漁獲量の制限だけでなく、生息環境の改善にも同様のことが言えます。2014年に台湾と香港の研究者らによって発表された論文(Chen et al. 2014)によると、日本、中国、台湾、韓国の16河川において、1970年から2010年の間に有効な成育場の76.8% が失われたとされています。2014年、2015年に、中央大学らが環境省の受託事業として行なった調査では、調査対象河川のニホンウナギの分布を決定づける最大の要因は、堰やダムなどの河川横断工作物であると結論づけています(環境省 2015 & 2016)。この調査結果は、専門家による検討会を経て、「ニホンウナギの生息地保全の考え方」(環境省 2017)として公表されました。しかし、ニホンウナギの成育場の環境を劣化させている主要な要因が、河川横断工作物であることが明らかにされているにもかかわらず、行政によって推進されているのは、河川横断工作物への対応ではなく、科学的な根拠に乏しい「石倉カゴ」の設置です(詳しくは過去の記事)。この状況も、国連海洋法条約第61条第2項の趣旨に反している可能性が高いと考えられます。

ニホンウナギの保全と持続的利用を目指して
現在のところ、ニホンウナギの保全と持続的利用に向けた取り組みは、適切に進められているとは言い難い状況です。この状況を打開するためには、関係各国の協力と、対策を進めるための国内法の整備が不可欠です。国連海洋法条約、特に第67条及び第61条、第62条は、その根拠を与えるものではないでしょうか。さらに、条約の第118条「生物資源の保存及び管理における国の間の協力」には、国際協力について次のように記されています。『いずれの国も、公海における生物資源の保存及び管理について相互に協力する。二以上の国の国民が同種の生物資源を開発し又は同一の水域において異なる種類の生物資源を開発する場合には、これらの国は、これらの生物資源の保存のために必要とされる措置をとるために交渉を行う。このため、これらの国は、適当な場合には、小地域的又は地域的な漁業機関の設置のために協力する。』

国連海洋法条約の条文とその精神は、ニホンウナギの保全と持続的利用の推進に資する可能性が高いと考えられます。この記事は保全生態学の立場から、条文の文言についてのみ考察を進めてきました。今後、法学及び政治学的な知見を加え、条約の起草過程からの議論を精査することによって、より包括的な解釈を進めることが必要とされます。

引用文献
Chen J-Z, Huang SL, Han YU (2014) Impact of long-term habitat loss on the Japanese eel Anguilla japonica. Estuarine, Coastal and Shelf Science 151, 361-369.
環境省(2015)「平成26年度ニホンウナギ保全方策検討委託業務報告書」
環境省(2016)「平成27年度ニホンウナギ保全方策検討委託業務報告書」
Spijkers O, Elferink AO (2016) Potential for a new agreement on the European eel. UNEP/CMS/Eels WS1/Doc.3
Tilman, D., & Levin, S. A. (2001). Encyclopedia of biodiversity. Encyclopedia of Biodiversity.

今後の予定
次回は「2018年漁期 シラスウナギ採捕量の減少について その5:より効果的なウナギの放流とは」を2月26日の月曜日に公開する予定です。これまでTBDとしてきた第7回以降は、それぞれ「行政と政治の責任」、「ウナギに関わる業者と消費者の責任」、「まとめ 研究者の責任」の内容について記載することとしました。なお、ニホンウナギの基礎知識については、「ウナギレポート」をご覧ください。

「2018年漁期 シラスウナギ採捕量の減少について」連載予定(タイトルは仮のものです)
序:「歴史的不漁」をどのように捉えるべきか(公開済み)
1:ニホンウナギ個体群の「減少」 〜基本とすべきは予防原則、重要な視点はアリー効果〜(公開済み)
2:喫緊の課題は適切な消費量上限の設定(公開済み)
3:生息環境の回復 〜「石倉カゴ」はウナギを救うのか?〜(公開済み)
4:ニホンウナギの保全と持続的利用を進めるための法的根拠(公開済み)
5:より効果的なウナギの放流とは(2月26日)
6:新しいシラスウナギ流通(3月5日)
7:行政と政治の責任(3月12日)
8:ウナギに関わる業者と消費者の責任(3月19日)
9:まとめ 研究者の責任(3月26日)